第22話 再会の抱擁


 難破から一週間がたった。

 俺たちは毎日『風の神殿』へ行って、その入り口で仲間の姿を探していた。

 ダマヴンド島にある集落には、遭難者の情報も続々と入ってくるが仲間たちの安否についてはようとして知れない。

 死亡報告が上がってこないことに胸をなでおろしつつ、いまだ合流できないことに不安を募らせながら、俺とナーシャはただただ待った。


 あの嵐で多くの死亡者が出たせいだろうか。

 『風の神殿』には風となった者の安寧と再会を願う人々が詰めかけ、神殿の前は人であふれかえっていた。


「今日も、いないか……」

「きっと大丈夫よ。もう少し待ちましょ」


 日が落ちるころまで待って、俺はうつむく。

 ナーシャの励ましにうなずいて、集落に続く大階段を下っていく。

 リズは無事だろうか。ティナも、アシュレイも、ここまで姿を見せないとは予想外だった。

 まさかとは思うが、俺とナーシャ以外はもう……という、暗い妄想すら湧きあがってくる。


「ヨシュア! ナーシャ!」


 大階段の中腹に差し掛かるころ、突然進行方向から声がかけられた。

 うつむいて足元しか映していなかった視線をふと上げると、そこには少し日に焼けたティナが、笑顔で手を振っていた。


「……ティナ……!」


 階段を数段飛ばしで駆け下り、ティナを抱きしめる。


「わわっ。もう、びっくりするじゃないか」

「よかった、無事で……!」

「なんだい? ボクがあの程度のどうかなるとでも?」


 俺に抱擁を返しながら、ティナがどこか不敵に笑う。


「ナーシャも待たせたね」

「大丈夫よ。信じてたからね」


 小さく笑いながら、ナーシャもティナを抱擁する。


「お待たせしたね。リズとアシュレイは?」

「それがまだなんだ」

「夜になったらボクが魔法で探してみるよ。月と星が見えていれば探査魔法が使えるからね。安心してよ、きっと無事さ」


 にこりと笑うティナにうなずいて、三人で大階段を下りていく。


「ティナはどうしてたの?」

「ボクは〈水中呼吸〉の魔法を使って何とか耐えたよ。そのあとは船の破片と一緒に流されてね。流れ着いた島の住民に船を出してもらってここに向かった」

「ずいぶん時間がかかったのね?」

「あちらにも都合があったし、ボクの頼みを聞いてもらうために少し手伝いをしなくちゃいけなかった。持ちつ持たれつさ」

「大変、だったのね」


 ナーシャにティナが苦笑する。


「まあね。でも、こうして合流できた。結果オーライとしようじゃないか」

「そうね。ティナが無事で本当にうれしい」


 『風の神殿』の麓にある集落についた俺たちは、身を寄せている宿に向かう。

 あらかじめアシュレイが鳩を飛ばして確保しておいてくれたため、このように人があふれた状態となっても、何とか部屋を確保することができたのは、ありがたいことだった。


「勇者殿」

「ヨシュ兄!」


 宿に戻った俺たちを待っていたのは、そのアシュレイとリズだった。

 俺を見るなり駆け寄ってきて飛びついてくるリズを抱き上げる。


「リズ……!」

「ただいま合流なのです! お待たせしたのです」

「そんなことはいい! 無事でよかった。本当に、心配したんだぞ……」

「ごめんなさいなのです。でも、アシュレイのおかげで通りピンピンしてるのです」


 頬ずりしてくるティナの額に小さくキスして、俺は心底安心する。


「遅くなった、勇者殿。少しばかり厄介な場所に流されてな」

「いいや、アシュレイ。リズを助けてくれてありがとう」

「仲間は助け合うものだよ」


 遭難したというのに相変わらず鉄仮面をかぶったままの黒騎士が、肩をすくめる。


「ナーシャもティナも無事で何よりだ」

「わたしはヨシュアと一緒だったから」

「ボクは、ちょっとばかり大変だったかな」


 笑顔のナーシャと苦笑するティナ。それにうなずくアシュレイ。

 仲間たちが、戻ってきた。

 それに安堵した俺は、大きく息を吐き出してリズを抱きしめる。


「全員揃ったし、いよいよ『風の神殿』かな? もしかしてもう試練しちゃった?」


 ティナの言葉に俺は首を振る。


「まさか、そんなことするもんか。行けるわけないだろう」

「そりゃよかった。せっかく頑張ったのに終わってたらどうしようってちょっと不安だったんだ」

「全員で行くんだ。最後まで」

「……!」


 決意の言葉を口にする。

 だが、それに対するみんなの反応は少し遅れた気がした。


「そうだね。全員で、最後まで行こう」

「なのです」

「最後まで一緒よ、みんなね」


 仲間たちがうなずく中、アシュレイだけが黙して立つ。


「アシュレイ?」

「ああ。いや、少しばかり君たちがまぶしくてね」

「なんだよ、それ。少しおっさん臭いぞ」


 アシュレイの老成した雰囲気に思わず吹き出す。

 そう年寄りというわけでも無かろうに。


「ふっ、君たちよりは年を食っているさ」

「だろうな。でも、俺はあんたも大切な仲間だと思ってるよ、アシュレイ」

「ありがたいことだ、勇者殿。ご期待に添えるよう、案内役を全うさせてもらうよ。最後までね」


 珍しく上機嫌な様子のアシュレイにうなずき、宿の中に入る。


「今日明日はゆっくりして、明後日に試練に挑もう」


 俺の提案に全員がうなずく。

 宿の階段を上がり、用意された部屋に消えようとする黒騎士に、ティナが振り向く。


「あ、アシュレイ。君に少し相談があるんだ。いいかな? 体の調整も必要だろ?」

「ああ、構わない。好きな時間に部屋に来てくれ」

「うん。よろしくね」


 うなずいたアシュレイが扉を閉める。


「相談って?」

「ちょっとね。おっと、嫉妬はするんじゃないぞう? ボクにだって幼馴染に知られたくない秘密くらいはある。アシュレイはああだからさ、愚痴るにはいい相手なんだ」

「なるほど」


 少しだけ気持ちがわかる。

 アシュレイはいつだってフラットだし、口が堅い。というか、必要以上に無口だ。

 俺も愚痴を言ったことがあるが、同情も否定もせず相槌とアドバイスだけくれる彼は、確かに相談しやすい相手だと思う。


「そうか。もし力になれるときは、俺にも愚痴ってくれ」

「もう。そうやって張り合わなくてもそうさせてもらうよ」


 軽く笑ったティナが、俺に軽く手を振って部屋へと入る。

 閉まる扉が少しだけ止まって、中からティナの声だけが聞こえた。


「ありがとうね、ヨシュア」

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