第19話 火の試練

 入り組んだシギ山の内部を、俺達は注意深く進んでいく。

 途中何度かサラマンダーに遭遇したものの、いずれも危なげなく撃退することができた。


「そろそろだな……」

「ああ。さすがだな勇者殿」


 俺のつぶやきに、立ち止まって頷いたアシュレイが、前方を示す。

 そこには、簡素な佇まいながら巨大な建物が姿を現していた。

 壁に彫り込まれるようにして存在する『火の神殿』からは、かなり強烈な『竜炎の水晶』の気配が漂ってくる。


「ここの試練は……なんだろうな」


 『火の神殿』を前にふと呟いた俺に、アシュレイが小さく指をさして示す。

 『試練』は目の前に、いた。


「あれだ。私が足止めする。君達は神殿へ急ぎたまえ」

「……ドラゴン……!?」

「炎竜ヘルカイト。『火の神殿』に踏み込むものを焼き尽くす正真正銘のドラゴンだよ」


 その姿は以前にアシュレイが『土の神殿』で仕留めた地竜よりもなお大きい。


「またあんたはそうやって……ッ!」

「勘違いするなよ、勇者殿。足止めだけだ。君達が『竜炎の水晶』を手に入れてくれば、すぐに撤退するとも」


 そうは言うが、あのような巨大な生物相手にアシュレイ一人を残していくわけにはいかない。

 この男の無茶無謀は二度の全霊で以て証明されているのだから。


「全員で戦うべきだ、アシュレイ」

「現実的ではないな」


 譲らぬアシュレイの表情は鉄仮面に隠されてわかりはしないが、纏う空気は緊張したものではない。

 死を覚悟したもの特有の張り詰めた空気は見当たらず、ただの作戦立案をするいつものアシュレイといった様子だ。


「……大丈夫なのか?」

「ちょ、ヨシュア? 彼を囮にするつもりかい?」


 ティナが、俺と黒騎士の間に割り込んでくる。

 二人の事は誤解だったと説明されたが、ティナのアシュレイに対する態度はどこか柔らかく、女の気配を帯びたものだ。

 そう、リズが俺に向けるものと同じように思える。


「ナーシャ、アシュレイに強化魔法を山盛りに。俺達はその横を抜けて『火の神殿』へ向かう。……それでいいんだよな、アシュレイ?」

「そうだ。時間稼ぎに注力すれば、私一人で充分に対応できる」


 頷く黒騎士が、ティナに向き直る。


「ティナ、心配をかけるが私の〝性能〟は君が一番理解しているはずだ」

「もう、わかったよ。無茶はダメだからね?」

「無理はしないよ」


 ややかみ合わぬ返答を返した黒騎士が、白い剣を抜く。


「初手で釘付けにする。急いでもらうぞ、諸君」

「可能な限りの強化魔法は付与したわ。アシュレイ、ご武運を」

「ありがとう。さぁ、いくぞ……ッ」


 右手に長剣、左手に魔法を構えたアシュレイが、岩陰から矢のように飛び出してヘルカイトに肉薄する。

 魔法が直撃した爆発音を合図に、俺達は『火の神殿』へ向けて、全力で駆けた。



 『火の神殿』は見た目通りのシンプルな造りだった。

 長い通路のような神殿の奥に赤く輝く『竜炎の水晶』を目指しひた走る。

 俺達が早く戻れば、アシュレイの危険もそれだけ少ない。


 『火の試練』が俺……いや、俺達にいかなる力をもたらすのかはわからない。

 だが、これを得れば俺の勇者としての力はさらに高まるはずだ。

 あの場でアシュレイの足手まといになるくらいならば、これを手に入れて戦線に加わる方がずっと好ましい状況になる。


 最奥に辿り着いた俺に、『竜炎の水晶』が瞬く。


「これで、三つ目だ」


 水晶がふわりと光となって溶け広がり、俺の胸に吸い込まれていく。

 それは、奇妙な感覚だった。

 魔力とも性質の違う何かが、俺の体に満ち満ちている。


「なんだ、これ……」


 『土の試練』で手に入れた力に似ている気もするし、まったく違うようにも思う。

 体の質が変わったような、そんな気がする。


「これ……〝気〟なのです」

「〝気〟?」

「リズのような、獣人族が魔力の代わりに多く持つエネルギーなのです。体を鉄のように固くしたり、風のように疾く動いたりできるようになるものなのです」


 なるほど、言われて納得した。

 これは、魔力に比べれば俺向きなもののように思える。

 俺の本質そのものに巡り、漲り、強化する力なのだろう。


「行こう。撤退にせよ、応戦にせよ急がないと」

「なのです。アシュレイさんを援護するのです!」

「だね。この力は、魔法の力も増幅するみたいだ……! ボクだってもっとやれる」

「強化魔法はもう付与し終わったわ。判断は、ヨシュアとアシュレイに任せるわね」


 四人で頷き合って、『火の神殿』の出口に向かって駆ける。

 〝気〟の巡った体は脚力を増し、先ほどとは段違いの速度で景色が流れていく。

 今の俺達は、きっと馬よりも早い。


「出口、見えた!」


 赤い溶岩洞の光が差し込む、出口から飛び出して剣を抜く。

 ……が、すでに戦いは終わっていた。


「アシュレイ……?」

「勇者殿、お帰りか。首尾よくいったかな?」


 落ちたヘルカイトの首の横、へたり込んでいた様子の黒騎士がこちらに顔を向ける。


「倒したのか? ヘルカイトを」

「ごらんのとおりにね。思ったより大した相手ではなかった。ナーシャのおかげでね」


 そう言うアシュレイだが、満身創痍に見える。

 ウィズコの時よりはまし、という程度だ。

 またしても俺は、この男に危険を任せてしまった……と、歯噛みする。


「キミはまた無理をしてッ!」


 駆け寄るティナが、しゃがみこんでアシュレイを覗き込む。

 ナーシャも同じく回復魔法をアシュレイに施し始めた。


「くそ、俺は……!」

「そう気にすることはない、勇者殿。少しばかり欲を出した私が悪いのだ。こいつも、私にとっては因縁の相手でね。自分の手で仕留めてやりたくなったのさ」

「そういうことは先に言えよ、アシュレイ。俺はまた自分が情けなくなる」


 俺の苦言に、黒騎士が小さく笑った気がした。

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