第4話 土の神殿

「これが、『土の神殿』……!」

「すごいのです……!」


 ティナとリズが、目の前の異様な建造物を見上げて、口を開けている。

 かくいう俺も、目の前のものがまるで現実離れしていて、驚くしかないのだが。


 バルバロ大洞穴の最奥、ぽっかりと広がった巨大な空洞にあるそれは、巨大なピラミッド状の建造物にみえる。

 『土の神殿』は全て黄水晶でできているのか、暗い洞穴の中にあってうっすらと輝き、神秘的で荘厳な雰囲気を醸し出していた。


「これが、『土の神殿』だ。最奥にある、『大地の水晶』に触れれば、試練は完了となる。この先は的に心配もない、みんなで行ってくるといい」

「アシュレイさんはこないのです?」

「ああ。私はここで待たせてもらう。中は……前に一度見てるからな」


 リズに答える黒騎士の言葉に、少し胸が痛む。

 あんな言葉を口にするべきではなかった。


「ヨシュア、早くいこう。ボクは内部を見てみたい」

「ああ、わかった。いこう、ナーシャ」

「そうです、ね。では、行ってまいります、アシュレイさん」


 ナーシャの言葉に軽く手を振って頷く黒騎士を残し、俺達は『土の神殿』の内部に足を踏み入れる。


「壁も、床も全部黄水晶でできてるなんて、これを作ったのは一体どんな人間だったんだろう?」


 ティナが興奮気味に、周囲を見回す。

 黄水晶の輝きで内部は明るく、それでいて神聖な雰囲気に満たされていた。

 ここであれば、勇者の力の一端があると言われてもそうだろうと頷くしかない。


「ねぇ、ヨシュア。さっきのはさ、流石に意地悪だったと思うよ」

「うん。ヨシュ兄、あれはよくないと思うのです」


 何度も折り返す階段を上がっている最中、しびれを切らしたのかティナとリズがそう切り出した。


「わかっちゃいる。あれは俺が悪い……」


 謝罪はすべきだとわかっている。

 だが、どこか意固地になっている自分もいるのも確かなのだ。


「わかっているなら、きちんと謝ってね。ヨシュア」

「すまなかった」

「わたしじゃなくて、アシュレイさんに」

「ああ。戻ったら、そうするよ」


 そう返事しながら、どうしてナーシャがそうもあの黒騎士を気にかけるのかと、再び嫉妬してしまう。

 もしかすると、やはり昨晩ナーシャはアシュレイについて何かをつかんだのかもしれない。

 なにか、俺達に伝えられない理由でもあるのだろうか?


「なぁ、ナーシャ……」


 そう声をかけようとしたところで、視界が開けた。

 さほど大きな空間ではないが、その部屋の中央には黄金色に輝く『大地の水晶』が静かに浮遊し、ゆっくりと光を反射しながら回っている。


「きれい……!」

「神秘的だね」


 ナーシャとティナが、魅入られたようにそれを見る。

 そして、俺は呼ばれたような気がして、それにゆっくりと近づいた。


「これが、『大地の水晶』。地の試練で俺が得る、勇者の力の片鱗……?」


 ゆっくりと回転しながら俺に近づいてきたそれが、ふわりと胸に吸い込まれる。

 そして、手の甲がにわかに熱くなり……勇者の証に『大地の紋章』が刻まれた。

 瞬間、体に力がみなぎるのを実感する。


「これは……!」


 体が軽い。鎧の重みも全く感じない。

 大地の加護は体に関するものだと、聞いた事がある。

 おそらく、この試練は勇者の体を強靭にするためのものなのだろう。


「試練は終えた。戻ろう……アシュレイが待っている」


 ネガティブな気持ちを振り払うかのように、俺は告げる。

 こうして、土の試練はつつがなく終わった。アシュレイのおかげだ。

 戻ったら、謝ろう。


 そう考えて、俺は仲間たちと共に来た道を戻るのだった。



「……ッ!?」


 『土の神殿』から戻った俺達が目にしたのは、屍となった巨大な地竜。

 そして、その傍らに座り込む黒騎士の姿だった。


「アシュレイ!」

「戻ったか、勇者殿」


 竜の返り血にまみれた黒騎士が、剣を支えに立ち上がりこちらを振り返る。


「なにがあった?」

「魔王軍の追撃があった。君らの邪魔をさせるわけにはいかんのでな、こちらで処理しておいた」

「何て無茶をする!」


 怒鳴る俺の肩を叩いて、鉄仮面の向こうでアシュレイが低く笑う。


「首尾よくいったようで何よりだ」

「あんた、もしかしてそのために残ったのか? 襲撃があると予想して? どうして、教えてくれなかったんだ!」

「なに、こいつには個人的な恨みもあってね。独断を詫びるよ、勇者殿」


 これまで見ないほどに、ボロボロになった黒騎士が騎士の礼を取る。

 その姿に、俺は歯を食いしばって何かを言おうとし、言わなかった。

 何に怒っているのか、自分でもよくわからなかったからだ。


「アシュレイさん! 怪我は?」

「問題ない。さぁ、ここは危険だ。早いところラバーナの町へ戻ろう」


 アシュレイに駆け寄るナーシャ。

 それを見て、何に怒っているのかが少し見えた。

 この役回りは、本来俺がするべきものだったのだ。

 魔王軍とたたかい、ボロボロとなるのは……俺の仕事のはずなのに。


「あんたはどうして……ッ!」


 ないまぜになった感情で、俺は黒騎士に詰め寄る。


「勇者ヨシュア。お前は、魔王を倒さねばならない」

「わかっている!」

「ならば、些事に囚われるな。私は案内人だ……必要であれば、露払いだってするさ」


 それだけ告げて黙ってしまった黒騎士は、静かに俺達を帰路に促した。

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