第348話 相対する4

 ガラス代の請求に来たと思っていた天ヶ瀬という男は元魔王。それが従属の呪いを受けたねぇ。


 俺は話を聞きながらテーブルを指で軽く叩き、話を反芻する。この星の神ね。どこかで似たような話を聞いた気がする。ああ、そうだ。向こうの世界からこちらの世界へ戻る時、あのじじいが言っていた話だ。確か――。




 ――




 まさかそれか? アーデの方へ視線を送ると同じ事を考えていたのだろう。僅かに頷いている。



「信じられないのも無理はない。あちらの世界ならともかく、こちらの世界は国ごとに神が定められ崇められている。私自身も奴が本当に神なのかはわからない。だが奴自身の言葉を借りるのであれば……お前たちが神と呼ぶもの。星の端末だと言っていたよ」

「端末、ね。それが天ヶ瀬に呪いをかけたって事かい?」

「ああ。あの日、お前の蛇に喰われるまで私の自意識は操られていた」

「奴隷みたいなものですか?」



 アーデの質問に天ヶ瀬は首を振った。



「少し違う。目的を変えられたというべきか。あの神の目的を第一に動くように意思を操作された」

「目的ってのは?」

「奴が言うにはこの星を救うための浄化と――」

「それだ」



 俺がもう一度テーブルを叩き、天ヶ瀬を見た。




「ずっと気になっていた。ちょっと前に知り合いの学校がおかしな状況になった。その時襲っていた奴が色々言っていた」



 人という寄生虫の理性を奪い、強制的に業を与え、ただの獣の如く本能のみの生を強制させる! 人間だけを対象にした呪いであり浄化。



「あの呪いは人を対象にした呪いであり、浄化だと。確かあの時、お前も言っていたな。この星を救うためだと。……学校を襲ったあいつはお前の知り合いか?」



 天ヶ瀬を睨み、静かに問いかける。


 

「――――知座都か。ああ、確かにあれは私の仲間――ぐッ!?」


 俺はテーブル越しに腕を伸ばし胸倉を掴む。そしてそのまま身体を持ち上げた。



「礼土ッ!?」

「ちょっここで暴れないでよね!!」




 慌てるアーデとネムを他所に俺は天ヶ瀬を睨みつける。あの事件で多くの人が亡くなった。普通の霊被害じゃない。人災だったのだ。そして目の前の男はその主犯に近い立場だった男。本当に操られていたのであればこいつに責任はないのかもしれない。ただそれでも、胸の中を蠢く感情を殺し続ける事が出来なかった。



 緊迫した状況で天ヶ瀬がゆっくり口を開いた。




「どういう状況であれ、命令したのは私だ。私を殺すことでその怒りが発散されるならそれも致し方あるまい」

「……殺しはしない。多くの被害者が出たんだ。どんな形であろうが償ってもらうぞ」



 殺意を混じらせ天ヶ瀬を睨む。だめだ、殺すな。アーデの拉致とはまた状況が違う。こいつは主犯じゃない。操られていたかどうかの真偽は分からないが呪われていたのは確かだ。だが無関係でもない。家族を失った遺族たちへの償いをさせると考えるべきだ。


 

「――被害者?」

「……なんだ?」

「何を言っている。お前の身内は死んでいないだろう」

「ふざけるなよ。お前の仲間のせいで一体何人の被害者が――」

「おまえはッ!」



 突然大声を出し、立ち上がった天ヶ瀬は俺の腕を掴み、鋭い目で俺を睨みつける。



「お前は! そんな奴じゃない。魔人だろうが、人間だろうが! 無関係の奴には興味ももたない! 冷酷な兵器。それがお前のはずだ!」


 爪が食い込むほど俺の腕を強く掴んでいる。痛みはない。だが先ほどまで冷静だった天ヶ瀬がここまで豹変する。


「お前が、冷酷な勇者という魔人を殺すための兵器なんだと納得していた。魔人を差別し、人間だけを愛する男なら諦めもついた。だがなんだ! 被害者? お前とは関係のない人間だろう!? なぜ怒る! なぜそんな顔をする! お前はそんな奴じゃない。人間のフリをした化け物だ! そして――」


 天ヶ瀬はネムとケスカを睨み、また俺へ視線を戻す。


「そこの二人は元魔人だろう! なぜ仲良く暮らしている。なぜ、笑いあって話せる! どうして……魔人と人間が共に暮らせたかもしれない幻想を私に見せるんだ! お前が少しでも自分の力を自覚し、人間たちを統率していれば……同胞たちは、魔人狩りに……無残に殺されることもなかった!」


 涙を滲ませ堰を切ったように顔をゆがませる。

 

「ッ! 俺が言っているのは、今の話だ! どういうつもりであの男を向かわせた。あの狂人のせいで一体何人の犠牲者が出たと思っている」

「知座都をお前に殺させるためだ」



 俺に殺させるため? どういう意味だ。



「あの男はお前の怒りを買っていた。だから早めに処分する必要がでた。そうだ。お前なら大切な人間以外どうなろうと平気だっただろう? 居場所を察知され、周囲の人間諸共攻撃される可能性があった。だから切り捨てた!」


 その言葉を聞き、強くこぶしを握る。殺意が巡るがだめだ抑えろ。ただ暴力に頼って目の前の男を黙らせてはダメなのだ。



「お前は、善人なんかじゃ断じてない。全てをどうとでも出来る力を持ちながら、その行使する責任を放棄し他人に預けた。その結果があの魔人狩りだ。お前が本気を出せば魔人を滅ぼす事だってできたはず。勇者としての役割に徹することもせず、中途半端に我らを生かし、ただ言われた事だけの殺戮を行う。所詮お前は最低限守りたい人間だけを守っていただけの人間のフリをしたただ兵器――」



 パチンという乾いた音がなる。

 

「貴方が礼土の何を知っているというのですか!」



 アーデが天ヶ瀬の頬を叩いたのだ。



「5歳で魔王と戦わされ、そこから10年間洗脳に近い教育を受け、人間不信になった。あなたと戦った時の礼土はまだ15歳。ただしく導くはずの大人に歪められ、何が正しいのかもわからなくなった。そんな不安定な精神状態の当時の彼に人類を導くなんて不可能です。何も知らない貴方が、礼土の苦悩を知らない貴方が、礼土という男を語らないで下さい」



 初めて聞いたアーデの怒声に俺と天ヶ瀬は僅かに放心した。



「――今、あちらの世界では……魔王と勇者という束縛から解放されました。帝国軍と魔王軍が主導となり、少しずつ人間と魔人の交流が増えていく事でしょう」

「……馬鹿な。あり得ない!」

「本当だよ、アタシが多分最後の魔王だもん。あの感じならこれから少しずついい方向へ行くんじゃない? まあ火種はまだあると思うけどここからの努力っていうか歩み寄り次第じゃない」



 アーデとネムの話を聞き、天ヶ瀬は少し呆けた様子になり椅子に座る。

 


「天ヶ瀬。いやリオネ。お前の言う通りだ。あの時、もっと俺が多くの事に気を使えていれば何か違っていたのかもしれない。だから俺は同じ過ちを繰り返したくない。……でも時間がないんだ。教えてくれ」

 



 俺はまっすぐ天ヶ瀬を見て、心を落ち着かせて言った。




「あの事件で起きた呪星の事、そしてお前が言う神の話を」



 

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