第321話 業の蔵6

 護衛が始まって三日目。特にこれといった出来事はなく、平和な日常が続いている。何故か利奈の親戚から睨まれているが、その護衛である仁とはあれからも仲良く話すことが多い。


 

「次の授業で瞑想ってあるけどそんな授業あるの?」

「はい、別の教室に移動してそこで瞑想するんですよ」

「ふーん、何かすごいな」



 なんでも瞑想によって自分自身の潜在的な霊力を呼び覚ますことができるらしい。利奈曰く、これで上げられる霊力はほんの僅か程度しかないのだとか。ただ幾つかの実験でこうした精神修行をしている人としていない人では霊力が上がり方に差が生じるそうだ。

 瞑想といってもやり方は様々で座禅を組むもの、正座しているもの、中には腕を組んで寝ているようにしか見えないものもいる。窓ガラス越しにその様子を見ていると不意に声を掛けられた。




「よろしければ体験してみますか?」



 女性の声だ。隣には三つ編みで長い髪をまとめ、眼鏡をかけたスーツ姿の女性が立っている。年齢は俺よりも上だろうか。



「いや、ああやってじっとしているのは苦手なので」

「ふふ。そうですか。最初は疑う生徒も多いです。宗教か何かなのかってね。でも視界を遮断し、それ以外の五感を研ぎ澄ませるという行為は神秘の力である霊力の向上効果が見受けられます。とはいえ中々ランクⅣの壁を越えられないのは実情ですが……」



 そう話すと改めるようにその女性はこちらを向き、頭を下げた。



「初めまして勇実さん。私はここの理事をしております天羽一葉と申します」

「理事……?」



 あれ、具体的によく知らないけど、結構偉い人では?



「えーっと初めまして。あのどうしてここへ? 理事って結構偉い人ですよね」

「確かに多忙ではありますが、最近は落ち着きました。学校の行事は校長に預けておりますので。それに何事にも優先順位というものがあります」

「もしやここで俺と話すことが、ですか?」

「ええ。ここであなたと話すことが、です。呼び出しても良かったのですが、それよりは直接伺った方が印象もいいだろうと判断しました」



 えらくはっきりいうな。嫌いじゃないが。



「授業は始まったばかりです。どうでしょうか、チャイムが鳴るまで私の部屋で少しお話をしませんか。色々とお伝えしたいことがあるのです」

「そうですね……」



 さてどうしたもんか。別に怪しい人ってわけでもないしついていってもいいんだが、何か面倒そうな気配もするんだよな。




「ジャンボポッキーという限定商品も用意してますよ?」

「行きましょうか」



 ネット限定の巨大ポッキー。普通のポッキーの数倍の太さであり、チョコバットくらいの太さもある巨大ポッキーだ。買いたかったんだが即売れ切れであり、涙を流していた。ちなみに大量の転売商品がメルカルで流れており、殺意を覚えたね。転売屋ーを倒す旅に出ようか迷ったくらいだ。



 しばらく歩き、理事長室へ到着した。中は来客用に用意していると思われるソファーなどあり、壁には綺麗な花の絵が飾ってある。



「どうぞ、お座りください。紅茶とコーヒーだとどちらがよろしいかしら?」

「紅茶で」



 即答である。ソファーに体重を預け周りを観察する。特にこれといったものはない。なんというか普通だ。理事長というくらいだからもっと色々何かあるのかと思っていたがそうでもないらしい。流石に漫画みたいなぶっ飛んだやつはいないか。



 テーブルに紅茶とミルク、そしてジャンボポッキーが用意され、俺は早速このジャンボポッキーを1つ手に取り、口に咥える。うん、デカいポッキーだ。だがこれがいい。この一見子供が考えたかのような商品だが、満足度が非常に高いのだ。再販してくれないだろうか。



 そうして食べていると目の前に座った理事長が少し困ったような困惑したような顔でこちらを見ている。



「え……っと何か?」

「いえ。聞いていた印象と随分違ったので。やっぱり好物で釣ったかいがあったと思ったのです」



 やっぱりストレートに言ってくるな。そういう性格なのだろうか。



「以前、私の母が貴方に少々失礼な態度をとったようで申し訳ありませんでした」

「母?」

「天羽琴葉といいます。以前、霊能者の免許センターで会ったいると思いますよ」



 ああ。いたなそういえばそんな人。



「私たち天羽の家系は元々占いを得意としておりました。ただこの世界が変わり、ただの占いが未来予知に近いものへと変貌したのです」

「へぇそりゃすごい」



 あのおばさん、そんなすげぇのか。そんな風に見えなかったな。



「とはいえ、母以外、例えば私や私の娘などは才能に恵まれておらず、精々が数日以内に起きる出来事が稀に見える程度ですが……そして本題です。母がここ数年以内に起きる出来事としてとある予知をしているのです」

「予知ですか」

「はい。内容を知っている方はほんの僅か。我が家系の一部と生須家の当主くらいです。神城家の朱音様にお伝えするかどうかは聞いていませんが、近々お伝えはするでしょう」



 京志郎さんも知っている内容か。なんか嫌な予感するね。

 

 

「こちらがその予知の内容です」




 そういって1枚の用紙をテーブルの上に置いた。そこには箇条書きでいくつかの文章が書かれている。




 知恵の迷宮が奪われる。だがそれは始まりに過ぎない。

 

 人を殺め、それを束ねた悪意が生まれ、人は自ら天に堕ちる。

 

 死を望まれた者。その刻まれた印は感染する。

 

 自死を強制する病が流行る。


 悪意は凝縮され、野に放たれる。


 やがて星の毒は浄化されるだろう。





「さっぱりわかないです」

「まあそうですよね。幾つかここ最近の出来事と類似される出来事が起きてるんです。まず私の方で分かっている状況から」


 そして人差し指で1つの文章を指さした。



 ”人を殺め、それを束ねた悪意が生まれ、人は自ら天に堕ちる”


 

「ここですが、恐らく殺人霊の事を指していると思われます。勇実さんはご存じですよね」

「……ええ」



 確か殺人を犯した者が自殺することによって発動する厄介な霊だ。俺が知っている範囲だとお化け屋敷の霊、そしてスカイツリーがそれに該当していたはず。人を殺め、束ねた悪意って辺りはまんまそうだろう。天に堕ちるって部分は自殺を指しているのか。



「この殺人霊が最初に確認されたのは海外になります。そこから各国へ情報が共有され、殺人事件が発生した場合、犯人の自殺防止が最優先となっています。そして次がこちらです」



 ”死を望まれた者。その刻まれた印は感染する”



「これについて勇実さんはご存じではないかもしれません。ちょうどスカイツリー攻略中に発生した事件です。概要としては、呪いの動画と思わしき映像が拡散されたというものが発端です。最後は生須家当主とそのお弟子さんの尽力で解決したと伺っています」



 ネムが関わっていた事件か。そういえば、ネムが京志郎さんの弟子になったとか言ってたな。ただあの一件以降で警察関係者が変な会社と妙な関係になっているって京志郎さんも言っていた。

 印が感染ってのは動画を見た事を指しているとして、死を望まれた者ってのはわからんな。いや逆に考えると少し見える。あの一件、あんな風に死を望んだ奴がいるって事だ。



「そして――最後がこれです」



 ”自死を強制する病が流行る。”



「これが?」

「現在、海外であるが起きています。それは自殺動画の投稿です」

「それは……」

「そしてその動画を見た者が同じ死に方を相次いで発生しているという事でした」

「――似てますね」



 そうだ、似ている。ネムのあの呪い動画の一件と広まり方が一緒だ。



「はい。私もそう思います。この事件は未だ海外で多発しており、解決できていません。予防策として自殺の瞬間を見なければ回避できることが分かっているため、とにかく動画を見てもすぐ閉じるようにとしているそうです。幸いその手の動画は規制が強く、動画サイト、SNSサイトの運営によって投稿された瞬間、即アカウント削除されているそうです。ただこの一件がいつ日本にまでやってくるかわかりません」



 なんかどっかのウイルスみたいになってるな。というか待てよ。



「これはどうなんです?」



 俺はある一文を指さした。



 ”知恵の迷宮が奪われる。だがそれは始まりに過ぎない。”




「――そうですね。私もこれらの事件が起き始めてから調べてみたのですが……勇実さん、最近世間で脳が無くなった事件が発生している事をご存じですか?」

「脳が……?」



 まさか知恵の迷宮ってそういう意味か?

 

 

「はい。被害者の頭部が切り裂かれ、脳が無くなっているという惨殺事件が発生しています。警察の調べでは、一番最初の被害者が出たのが約9カ月以上前、母がこの予知をしたほぼ直後のようです。未だ犯人は特定できておらず、神城の能力を使っても犯人が見えていないと聞いています。恐らくですが――」




 利奈や栞の能力は触れたものの過去を視る力。普通であればその場で何が起きたのかすぐに理解できるはず。だというのにその力を使っても不明となると。



「犯人は神城の能力を警戒して準備を行い、犯行を繰り返している周到な人物、あるいは組織ぐるみによる犯行と思われます」

「その過去視の能力はどこまで認知されているんです?」

「ある程度地位のある方ならご存じです。知ろうと思えば難しくないレベルでしょう」




 ……脳。待て、そういえば少し前にそんな事を言っていた奴がいた。――そうだ。屋上で出会った妙な男。あいつが実行犯か!



「……い、勇実さん?」



 そう考えた場合、いつまでもそんな厄介な能力を持った人物を奴が放置するとは思えない。なら利奈も栞も危険な目に遭う可能性が高いわけだ。あの時、逃がしたのは失敗だった。もっと本気で追いかけるべきだった。俺のミスだ。あの2人を傷つけさせるわけにはいかない。誰であろうとだ。あの野郎、次会ったら容赦しない。必ず奴を――。


 


「い、勇実さん! 霊力を抑えてください!」




 叫ぶ声に反応して我に返った。どうやら俺の僅かな怒気に反応したのか指輪が震えている。中にいるあいつらペット達が怯えてしまった。そのため、抑えていた霊力があふれ出していたようだ。すぐに指輪の霊力を抑え込んだが少し遅かった。



「――も、申し訳ない」




 涙目になっている理事長と、割れたカップにヒビの入った窓ガラス。壁に飾ってあった絵は床に落ち、並んでいた本なども散乱していた。




 本当にごめんなさい。





 俺は誠心誠意謝罪した。これは流石に弁償だろうなぁ。


 



 


 

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