第320話 業の蔵5

 星申学院高等学校。現在日本でもっとも倍率の高い高校であり、特殊な空間を形成している場所でもある。

 世界が変わったとしても教育の在り方まで急激な変化をもたらすことは少ない。特に日本という国はそうだ。変化を嫌い、安定を好む。だからこそ、学業と一緒に霊力までも身につけるという発想に至っても実行できる所は実のところ多くない。精々が部活動やクラブ活動という体で触れる事が精一杯だ。


 だが思春期の子供たちは、特別を好む。そしてその以前とは違う特別を手に入れた事に歓喜し、それを育てたいと思うのは必然でもあった。だからこそ、星申学院高等学校には県外から通う生徒、1人暮らしをして通う生徒など多く存在する。



 

 その星申学院高等学校では大きく分けて2種類の生徒が存在している。




 1つは一般的な入試試験を受け、2回の面接を突破し、合格を掴んだ生徒。そしてもう1つは――特殊な事情により、推薦で入学した生徒である。

 推薦で入学した生徒。それのほとんどは寄付金を多く積んだ、所謂一定の立場、権力を持った人物の子供。もしくは、極めて特殊な能力を持つ子供などである。


 学校側は一般入試であろうが、推薦であろうが、入った時点で区別はせず同じようにクラスを平均化して分けていき、同じように授業を行っている。だが、生徒たちはそうでない。一般で入った学生は、推薦組をライバル視し、推薦で入った学生は、一般組を下に見る。そんな図式が生まれていた。さらにそれを加速させる要因が1点ある。それは推薦組にのみ許されたある特例だ。




「あれ、神城さんか?」

「え、ええ。でも横の人誰かしら……」




 それは、一部の特殊な生徒にのみに対応した保護者の同伴である。表向きは保護者となっているが、実際は要人のための護衛だ。学校側が認可した生徒のみ、校内に保護者という立場で部外者が立ち入る事を許している。当然、同伴を許さる者は学校側から審査され、問題ないと判断されてようやく中へ入る事が可能となる。




「へぇ。ここが学校か。思ったより広いんだな」

「そうなんです。購買とか、食堂とか結構すごいんですよ!」

「ピザとかある?」

「それはないかもですね」

「ならカレーは?」

「それはもちろん!」

「なら昼はそれかな」




 護衛と楽しそうに話す利奈の姿は同級生たちからは驚きの一言であった。彼らの知る神城利奈とは、名家の血筋であり、確かな能力を継承している人物。校内でトップレベルの容姿に、男子生徒なら思わず目を引いてしまうプロポーションの持ち主。そして常に一歩引いた態度とあまり笑顔を見せない事、なにより大の男嫌いとして有名だったのだ。

 だが、推薦組であるにも関わらず、一般組にも対等に接し、推薦組特有の自己意識の高さもないため、彼女は分け隔てなく、すべての男子生徒から注目の的だった。

 そして数々の男子生徒が彼女に挑み、そして校舎裏で涙を流し続けていた。冷たい表情で『興味ないので』と一言で切り捨てる彼女はあまりに有名だ。




 そんな神城利奈が男を連れて歩いている。




 しかも腕を絡め、まるで恋人のような距離感で。そして見たこともないような笑顔を見せて話している。



 利奈に好意を寄せていた男たちは、怨恨の視線を男に向け、そして女生徒たちは、見たこともないイケメンの男の正体を知るため、利奈が一人になるのを待っていた。






 




 


 

「何か視線を感じる、それも強い恨みだ。なるほど……危険な場所のようだね」

「へえ怖いですね。それにしても勇実さん、なんで茶髪なんです?」

「テレビに出てから、今まで以上に人が集まるようになって外が歩けなくてな。最近は変装してるんだ」



 魔法による簡易的な変装として、髪の色、瞳の色をすべて変えている。俺からすれば、数千の魔物に囲まれるよりも数十人のファンに囲まれる方が最近では厄介になっていた。何せ対処方法がないのだ。魔物はいいさ。倒せばいいんだ。でもファンは違う。こちらからは何もできない。逃げるしか方法がない。たまに無遠慮に触ってくるやつすらいるくらいだ。どうなっとるんだ一体。



 

 

 護衛としての初日。基本的に俺が許されているのは、共同スペースの立ち入りのみ。授業を行っている教室なんかには入れない。だから授業中は教室の外で待機している。好奇の視線と謎の怨恨の視線を感じながら、教室へ入っていく利奈を見送り、俺は廊下の端の方で壁に体重を預けていた。




「やあ。おはよう」

「ん? おはようございます」



 ニコニコと笑顔でこちらに近づく男が来た。歳は俺と近いくらいだろうか。少し癖っ毛であり、少しダボっとした服装だが、不思議と清潔感はある。



「そうか。今日からなんだね。ああ、そうだ。自己紹介、自己紹介」



 そういうと男は右手を俺に差し出してきた。




「初めまして、でいいのかな。僕は神城仁。隣のクラスに所属している神城和哉、あと1つ上の階にいる神城麻理亜の保護者……もとい護衛だよ」

「そうですか。俺は――」

「ああ。知ってる知ってる。君有名だもん。どう? よかったらちょっと中庭のベンチで話さない?」




 神城か。という事は利奈の親戚か? なんか妙に軽いやつだな。まあいいか。利奈にはコンを預けてるし問題ないだろ。何気にコンが一番霊力のコントロールが上手いらしく、指輪から不用意に霊力を漏らすようなことも少ないのだ。



「ああ。いいですよ」

「お! よかった。護衛中はここから離れないってタイプかなって思ってたよ。結構いるんだよね、ほら2つ向こうの教室の前。仁王立ちしてる男がいるだろ」



 仁の視線の先を追って俺も見てみる。すると教室の前の壁で腕を組み仁王立ちをしている男がいた。目を瞑っているようだが、隙だらけというわけではなさそうだ。恐らくあの状態でも俺たちの事はある程度気を配っているんだろう。



「前に話しかけた時、仕事中に持ち場を離れるとは何事かって怒られちゃってね」

「正論では……?」

「考えてもみてよ。そうだな。例えば学校をテロ組織が襲うなんてあると思うかい?」



 そういえばそういう漫画もあった気がする。



「ゾンビが溢れて襲ってきたり、それこそこの異世界の魔物が突然襲ってきたり、普通はないよ。僕たちが警戒するべきは、同じ人間だ。それにこの学校って警備員の数が結構多くて、校舎に入る人間は必ず顔写真付きの証明書を見せなきゃいけない。仮に騒ぎが起きても、真っ先に警察は来るし、その間に僕たちはここへ戻ってくればいい。ここで話していると教室にまで聞こえるだろうし、出来れば親睦を深めたいんだ」



 そういって笑う仁。俺はそれを見ながら考えていた。学校でテロ組織やゾンビ、そして魔物の発生。――全部漫画で読んだことがあるシチュエーションだ。もしやこの男、俺の知識量を試しているのか?



「いいよ、俺も君に興味が出てきた」

「お、いいね。僕相手に敬語とかいいよ。っていうか歳いくつ?」

「25だ」



 ん、そろそろ26になるのか? 妙な時差があるからさっぱりだな。

 

 

「お、若干上だね。僕は23だ。でもこの口調でいいかな」

「ああ。もちろんだ」



 確かに漫画を読み始めたのは最近だ。だが舐めて貰っては困る。俺は常に話題の漫画を読み知識をアップデートしているのだ。










Side 神城仁



 

 昨日は本当に酷かった。最後まで意識を保てず、結局親父に叩き起こされて目が覚めた。聞けば、あの勇実さんが登場した瞬間、一族の9割以上がその場で気絶したそうだ。不幸中の幸いだったのは、その最初で気絶した連中は皆その時の事を何も覚えていないという事だ。

 だから僕にとっても幸運だったのは、真っ先に和哉君達が気絶してくれたことだろう。幸い自分に何が起きたのかまったく覚えていない様子だ。きっと覚えていたら怒りに燃えていただろうし、面倒この上ない。



「仁。今日から例の男が来るのか?」

「ああ。そうみたいだよ」

「ふん。利奈の周りに虫が沸くのは気に入らんな。仁、少し捻ってやれ」

「無茶いうな。ほらいくよ」

「まあ。仁さんったら、自信がないのかしら」

「麻理亜ちゃん。僕は護衛なの。君たちの自己顕示欲に付き合うつもりはないよ。ほら乗った乗った」



 車を回し和哉と麻理亜を乗せ学校へ。車を駐輪し、俺は懐からプラスチックケースを取り出し、そこから数本のを取り出し、投げた。



「じゃ、頼んだよ僕」

「ああ。行ってくるよ僕」




 僕の霊能力は、分身を創造すること。でもただの分身ではない。常に思考や視界なんかもリアルタイムで共有しており、実体もある。媒介に必要なものは自分自身。媒介の質量によって分身の精度も上がる。

 髪の毛だと精度は低いが、数本も使えば護衛くらいは問題ない。こうして僕は二人分の護衛を任されている。



 神城家の能力はなく、正直ほっとした。親父からも良かったなと言われた。過去視の能力は確かに強力だけど、敵も多い。神城家が警察関係の仕事しか受けないのもそれが理由だ。

 例えば政界。高額な依頼はいつも大量に来るらしい。だがそれらはすべて断っている。理由は、依頼の内容がすべて私欲によるものがほとんどだからだ。政治家は常に少ない椅子の奪い合いをしている。当然そのために相手の弱みは握りたい。なら神城の能力は握れば強大な武器になるが、自分に向けられる可能性を考えれば恐怖しかないだろう。

 だから身を守る意味でも、公に事件などによる警察からの依頼しか受けないと定めているそうだ。最近はそれに加えて海外の動きも怪しいと来たもんだ。そんなドロドロとした一族なんて僕はごめんだ。僕はもっとシンプルに生きたい。だから山城側の仕事を望んだ。襲ってくるものをただ払いのける。分かりやすくて僕好みだ。




「ん」




 教室の前にいるのは話題の人だ。せっかくだ。挨拶しよう。有名人だし、人となりも興味ある。それにしても本当に凄まじい霊力だ。先日の一件から考えればそよ風みたいなものしか感じない。だからこそ恐ろしい。あの凄まじい霊力をここまで抑えるなんて普通じゃない。多分今の彼に会えば和哉君たちは簡単に下に見る。どうにかして相手の力量を養ってほしいもんだ。いっそ自分のその能力を使えばどれだけやばい人なのかすぐわかるだろうに。


 それに、立ち振る舞いに隙が全く無い。いくら考えても攻撃が成功するイメージすら沸かないなんて。本当に化け物みたいな人だな。適当に口実を作り中庭の空いているベンチに座り、さっそく色々質問をぶつけてみた。




 

「勇実さんは普段から何を?」




 どんなトレーニングをしているんだろうか。



「ん、普段か。種類ジャンルの話かな?」

「はは。聞き方が雑だったね。格闘技とかは?」

「ああ、そういう。もちろん、一通りは嗜んだよ。中々興味深いね」




 一通りか。それはすごいな。



「最近は特にに注目してる」

「す、相撲!?」

「ああ、そうだ。知ってるか? 本物の力士が本気で拳を握るとダイヤが作れるんだぜ?」

「えええ!? そんな馬鹿な、初めて聞いたよ……相撲にそんな力が……」

「ああ。国技って言われるだけの理由があるって事さ」

「知らなかった。すごいんだね、相撲って」

「ああ。文献によれば、東京の地下で最強を決めるためのトーナメントがあり、そこで活躍していたそうだ」


 知らない話だ。だが元力士が格闘技に移る話は聞いたことがある。でもそれほどの力があっただろうか。



「なあ、勇実さん」

「疑問は分かる。実際そのトーナメントでも力士は敗北した。だが後日こう語っていたよ。相撲に徹していれば勝てたと」

「中途半端に別の格闘技に移ったのが失敗だったと?」

「ああ。全身筋肉といってもいいあの巨体を僅か数分の戦いのために使う。弱いわけがないって事だ」




 ……やっぱり知らない話だ。表では語られない裏の歴史ってやつか。どうして勇実さんはそんな裏の話を知っているんだ。……いやこれ以上は聞くのは危険だ。きっとこの人は僕を試している。残念だが僕はまだそのレベルに達していないらしい。

 








 仁が相撲に興味を持つ中、翌週の木曜日に相撲連合が破れ、勇実は相撲から興味を失っていたのはまた別の話。


 

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