第249話 恐慌禁死のかくれんぼ2
「ちょ、どうしたの、端野! 顔いつも以上に腫れてるじゃん」
「あ、はは。ちょっと怪我しちゃいまして……」
「いや怪我っていうかそれ殴られた痕に見えんだけど」
「いやほんと大丈夫です。はやく着替えちゃいますね」
翌日、朝になったら父はリビングで寝ていた。それを起こさないようにゆっくり、そして静かにビールの缶や散らかったおつまみや弁当箱を片付ける。そのあとあまり音が出ないように注意しながらシャワーを浴びて、すぐに家を出て職場であるお化け屋敷へやってきた。
幸田さんに変な顔で見られたけどそれを隠すようにすぐに更衣室へ入り、いつもの衣装に着替え、ワイヤレスイヤホンを耳に装着。軽くメイクをして、包帯などの小道具を装備して現場へ出た。
「おう、おはよう」
「「おはようございます!」」
毎朝の朝礼だ。その日の連絡事項。注意点なんかがあれば店長からいつも指示が出る。
「えー有難いことに、最近SNSでうちを取り上げてくれたネット記事が広まったみたいでお客さんが増えてる。今日も人が多い事が予想されるんで休憩や交代はスムーズに行うように。特に誘導スタッフは制限時間を超えた客が10分以上経っても出口へ来なければ必ず迎えに行くこと。偶に迷子になる人もいるからね。はい、じゃ今日もがんばろう」
「「はい!」」
「なあ、端野」
「え、なんですか幸田さん」
「さっき店長が言ってたネット記事読んだ?」
「いえ――スマホとか殆ど触らないので初めて聞きました」
スマホはいつも鞄にしまったままだ。以前ポケットに入れていた際、それを見つけた父がスマホを使って殴り始めた事があり、その結果故障している。一応ネットは使えるけどマイクとかが完全に壊れてしまったので今では時計を確認する程度にしか利用していない。
「ああ、そうなんか。ほらこれ見ろよ」
そういうと幸田さんが持っているスマホを操作し画面を僕に見せてきた。
「新感覚アトラクション型お化け屋敷……って奴ですか?」
「そ、ほらここ見ろよ。特に霊安室周りが怖いって呟いてるスクショが多いだろ。これって端野の範囲じゃん。お前やっぱ才能あんじゃね?」
「あ、ほんとですね」
少し心が温かくなったのを感じた。何をやってもダメな僕だけど、こんな形で評価されるなんて思いもしなかった。自分なりに頑張ってよかった。そう思える。
「やっぱ端野すげぇよ。俺なんて特殊メイクのマスクしてもいまいちなのに、包帯と軽いメイクだけで一級品のゾンビだもんな」
「……え」
「おし! 今日もどんどん脅かしてやろうぜ」
本当にたまに幸田さんの冗談はわからない。多分本人に悪意はない。それはわかる。だから僕も大好きな場所で空気を汚さないように注意しないと。
「……はい。頑張ります」
そう小さな声で言った。
「はい。今日もお疲れっした!」
今日も無事乗り越えた。店長の言う通り確かにいつもより人が多かったように思う。殆ど休憩が取れずぶっ通しだったから流石に疲れたな。
「おう、端野お疲れ」
「あ、店長。お疲れ様です」
「今日も良かったな。みんな悲鳴上げてたぞ」
「ははは。よかったです」
「今日も飲み会するけど、どうよ」
「――すみません、かえって家事をしないと行けなくて」
下を見ながらそう伝える。本当は参加してみたい。一度もそういう集まりに行ったことがないからだ。あまり明るい場所に行きたくないけど、みんなと一緒なら大丈夫なんて思ってしまう。でも早く帰らないと。お酒を飲んでいる日はだめだけど、飲まない日は基本父は僕に無関心だ。でも帰りが遅くなり家事をしないと確実に怒る。
「そっか。まあ気が向いたら参加してくれや」
「はい。ありがとうございます」
外へ出るともう日が落ちている。早く帰ろう。そう思って電車に乗ろうと駅まで行くと鞄が震えているのが分かった。一瞬何だろうと思い驚いたけど、鞄の中を見ると放置していたスマホがバイブレーションをしながら光っていた。
「着信……父さんから?」
通話ボタンをタップするしようとするが指が動かない。父から電話なんて今まであっただろうか。あまりの同様にその場で固まってしまう。そうしていると着信が切れ、留守電が入った。恐る恐る留守電のメッセージを聞く。
『てめぇなんで電話に出ないんだ? さっさと帰ってこい。話がある』
心臓が一気に縮んだ。間違いない、この声……また酒を飲んでいる。
連日飲むなんて今までなかった。何かあったのか?
早く帰らなくちゃ。でもその反面、帰りたくないという気持ちも沸いてくる。今帰れば確実に殴られる。
「そうだ――父さんが酔ってるならすぐ寝るはずだ。それまで帰らないで我慢すれば……」
そうだ、そうしよう。バイトでそうしても外せない用事があったって言えばいい。それに僕のスマホはマイクが壊れていて、通話ができない。どのみち取れやしないんだ。いい訳は十分出来る。
そう思ったら僕はスマホを鞄の一番底へ入れた。本当は電源を切りたいけどそうするのは何か不味いように思ったからやめておいた。でもどこで時間をつぶそうか。
「そうだ。せっかくだし今からでも飲み会にお邪魔してみようかな」
場所は知っている。職場のすぐ近くにある居酒屋だ。よくあそこに集まっているのは聞いているから多分そこだと思う。みんなに変に思われるかもしれないけど、今からお邪魔しよう。そう考え僕はすぐに駅から踵を返し走った。
「はぁ、はぁ」
息を切らせながら職場の近くまで辿り着いた。例の居酒屋には明かりがついており、外まで話し声が聞こえてくる。
「でよー」
「はっはっは! 店長もうやめて下さいよ」
みんなの声だ。そう安堵し、店の入り口まで行ったその時だ。
「やっぱあの生粋のゾンビ顔の端野が受けてんじゃねぇかな?」
「そりゃ天然もんですからね。メイクじゃどうしたって敵わないっすよ」
「だろう? あいつがいる霊安室ってちょっと明るさ工夫してるからあいつの顔が結構ばっちり見えるんだよな。だから余計怖さが出てんじゃねぇかな」
足が止まる。暗い街の中から、明るい店内を凝視した。
「マジで街であいつ見かけたとき、すぐスカウトしたあの時の俺を褒めたいね」
「ひっどいなぁ。人間顔じゃないっていつも言ってるじゃないですか」
「そうだぜ。あいつは人間の顔じゃないだろ?」
「出た鉄板ネタ! はっはっは! もうやめて下さいよ。その流れマジで好き!」
息が苦しい。みんな僕の容姿をいじっているのは知っている。でもそれは場を盛り上げるための冗談だって思っていた。
でもこれは本当にそうなんだろうか。
ただ容姿が醜い僕を食い物にしているだけなんじゃないのか。
心の中で黒いものが湧き上がってくる。視界が明滅し、吐き気がこみあげてきた。僕はゆっくりとその場を後にする。とにかくそこを離れたい。少しでも遠くへ行きたい。
道を外れ、路地裏を歩く。室外機が並び、壁にはスプレーの落書きだらけ。そんな場所を歩き、駅へ向かっていくと黒い影が見えた。
「――霊?」
霊避けの紋様がない大通りを外れた。だから浮遊している霊がいても不思議じゃない。でも黒い霊は初めて見た気がする。でもその黒い霊は少し僕を見ていたような気がしたがすぐに別の方へ漂い始めた。
「なんだよ、霊のくせにお前まで僕を怖がるのか」
なんでだろう。思わずそう言ってしまった。するとまたあの黒い霊が止まり僕を見る。僕もその霊を見た。何故だろう。不思議とそこまで恐怖を感じない。そう思っていると霊が僕に近づいてきた。何だろうか、そう不思議に思って自分の霊能力を思い出す。
共感した霊を従える使役型の霊能力。ただ霊力自体はランクⅡ程度しかなく何の役にも立たない力だ。霊力が高ければもっと強い霊を従える事も出来るらしいけどランクⅡ程度の力しかない僕では精々浮遊霊が精いっぱい。
「もしかして友達になってくれるのか?」
言葉はない。でも何となく分かる。多分こいつは同類だ。今まで友達なんて出来た事なかったけどまさか最初の友達が幽霊なんてなぁ。
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