第242話 霊能者試験11

 ――勇実礼土 視点――



「坊や?」

「ああ。ごめんなさいね。昔から年下の子にはそう言っちゃう癖があってね」



 そういうと長い着物の袖を口持ちに当てて笑っている。だが目は笑っていないようだ。変な奴が来たな。



「出来れば坊や呼びはやめて頂きたいですね」

「ごめんね、。これから気を付けるわ」

「……おちょくってます?」

「ええ。貴方イジると面白そうなんだもの」


 

 うわ、めんどくさ。こういうどう扱っていいか分からない人って困るんだよな。そう考えているとアーデが一歩前に出た。



「1つお伺いしたいのですが」

「あら、何ですかお嬢ちゃん」

「貴方はここの職員ですか?」


 アーデがお嬢ちゃんか。これはあいつも怒ったりするのか? そう思って顔を見るとこちらも負けじと張り付いた笑顔を見せている。



「いいえ。あたしの本業は占い師よ」

「では、部外者では? これから検査が始まりますしご退場頂いた方がよいかと思いますが」


 そういうとアーデはここまで案内してくれた職員の方を見た。いきなり話を振られて職員の人も困っている様子だ。



「あ、ええっとですね。この方はちょっと偉い方でしてね。普段中々お会いできない方ですし、皆さんも顔を覚えて頂くチャンスといいますか……」

「ああ。変に隠そうとしない方がいいわよ。このお嬢ちゃんはそういうの嫌いみたいだし。あたしはここの人たちに呼ばれたのよ。霊力測定の2次検査で異常霊力が感知されたって。一応そういう人が出た場合は連絡が来ることになっているの」



 ああ。心臓が痛い。これって病気じゃないだろうか。



「異常霊力ですか? 2次検査が発生するたびにわざわざ連絡が行くと?」

「そんなわけないでしょ。ランクⅤ、Ⅵくらいならたまにいるもの。でも今回は違うわ。出力された霊力は最低でもランクⅧ。免許取得時点でこの数値ってちょっと異常なのよ。だからあたしたちに連絡がきたの。何かあった時対処できるようにってね」

「まさか……」



 そういうとアーデが俺を見た。反射的に俺は視線を外してしまう。仕方なかったんや。



「――はぁ。いいでしょう。どうやら身内の不手際のようですし」

「ええ。では早速始めましょうか。といっても実はあなたたちを待っている間に桐島の坊やの検査はもう終わっているのよ」



 桐島君の測定が終わっている? まさか先に移動してきたのはそのためか。



「では早速始めましょう。勇実礼土さん。ご自身の能力は把握されておりますか?」

「え、ええ。大丈夫です」

「ではそちらの円の中心へ移動してください。そちらで能力を披露していただく形になります」



 この建物の中心に白い円が描かれている。広さは大体直径50mくらいだろうか。その円を中心にカメラと何かの測定器がこちらに向けられている。やりにくい。適当に光魔法を披露してさっさと終わらせよう。そう考えて俺は指示された円の中心へ移動した。



「今回は他の人がいる前でやるんですか?」

「いいだろう。どうせ免許を取得した場合、免許を取得した霊能力者の力は記録され、誰でも見れるようにオープンの情報になる。なら早いか遅いかだと思わないかい?」

「なるほど。ならそれで結構ですよ」



 いまいち何を考えているか分からん奴だ。できれば見る人は少ない方がいいんだが、何とか誤魔化せることを祈るとするか。



 

 



「ああ。そうだ坊や」




 どんな魔法にしようか。そう考えていた時、天羽が何か思いついたようにつぶやいた。

 



「なんですか」

「いや、何大したことじゃないんだけど、1つお願いしたいことがあってね」

「……お願い?」

「そう。お願い」



 なんだ。先ほどと同様に人をからかうような態度だが、やはり変わらず目は座っている。まるでこちらを値踏みするように。


 


「何ですか」

「ああ。測定する前に、




 


 この女。まさか気づいたのか。




「どうしたんだい。随分怖い顔をしているね。実はさ、この部屋に坊やたちが来てからずっとその指輪が気になってね。それ何か霊力を増幅する力があったりするかい? あんまりそういう装飾品の存在は聞いたことがないんだけどやっぱりこれは測定だからさ。できれば坊やのちゃんとした力が見たいわけなんだよね」




 

 天羽だったか。ほとんどの人たちが気づかないから大丈夫かと思っていたが甘かったか。あの女から感じる霊力は大した事ない。恐らく桐島君と同じ程度だ。なら単純な観察力、いや経験的なものか? それとも別の何かか。



 

「どうしたんだい。まさかそれに頼っているなんて事はないんだろう?」



 いつもと同じ表情のアーデだが心なしか心配そうな目で俺を見ている。さてどうしたもんか。今日一日を振り返ってみると色々とガタガタだったな。全員に笑われているような視線を我慢し、捕まえたペットたちの躾をして、それでも上手く霊力を抑えきれず、アーデの指示も守れなかった。






 ――ああ。もう本当に面倒くさいな。





「あたしの声が聞こえていないのかい? その指輪を――」

「いいだろう。ただその前に約束しろ。これは俺からの警告だ」

「おや。何を約束しろってのかしら」

「これを外した結果生じたものはすべてお前の責任だ。それを飲むなら外そうじゃないか」



 俺はあの女をまっすぐ見てそう言った。



「あら。年上の女性にお前だなんて。怖いわね。でも何故あたしがそんな事を? そもそもその指輪は今回の試験で不正なものの可能性があるのよ。それを外さないのなら今回の試験は――」

「失格か? ならそれでもかまわん」




 天羽の目が鋭いものに変わる。だが、もう関係ない。いい加減誰かの顔色を伺うのは面倒だ。



「いいのかい? 免許が取れないと困るのは坊やの方じゃないのかしら」

「ああ。問題ない。俺は免許があれば便利そうだと思っただけだ。無いならないで別に構わん。なんだ固執してるとでも思ったか?」

「ここであたしが不正により失格とすれば今後もう免許は取れないよ」

「だったらそれでも結構だ。帰るぞアーデ」



 そういって俺は天羽との視線を切り、出口へ向かって歩き始めた。アーデは少し考えてから少し頷き、一緒に歩き始めた。




「待ちなさい。いいわ。すべての責任はあたしが取りましょう。そこまで勿体ぶる貴方の力を見せてほしいわ」



 足を止める。安い挑発だと思ったが、やはり帰るそぶりを見せたら折れたか。あのままあいつの指示通りに動くと見えない力関係が付く可能性があった。直観的にそれは不味いと思い、適当に拗ねてみたが果たして正解だったか。




 俺は天羽の方をじっと見て左手で右手にハマっている指輪を摘まむ。少し動いたけどまだ円の中だ。別にいいだろう。





 俺は心の中でアーデに謝る。どこで間違えたか分からんが、多分あの邪神像を作った時点でもうアウトだったんだろう。なら変に縮こまって小さく見られても面倒だ。精々見ておけ。




 ゆっくりと指輪を引き抜く。その時中に入っているマサ、キィ、コン。。指輪に入れる事が出来るなら身体に入れる事だって出来るはずだ。とはいえ意識がる異物を体内に入れるんだ。あまり気持ちのいいものでもないし、どうなるかもわからんぶっつけ本番。とはいえ言質は取った。




「――来い」




 指輪を引き抜き、3体の霊をすべて体内へ押し込んだ。その移動の僅かな瞬間に魔力で押し込み続けていた霊力の一部が洩れた。そして……。




 フロアの照明がすべて落ちた。いまだ日中だというのにただ照明が落ちただけでフロアは闇に沈んだ。


 


 ある者は異形ともいえる人間を見た。



 ある者は巨人のような猿の幻覚を見た。



 ある者は4つの尾を持った巨大な狐を見た。





「ぎぁああああああッ!!」




 室内に一瞬獣臭が漂ったその瞬間、何人もの絶叫が上がる。混乱したフロア内を無視しながら俺は上をゆっくり指さし呟いた。




「やれ。マサ」

 



 天井より異音が響く。鼓膜を切り裂くような金属が出す悲鳴にも近い。それがフロアを満たすように鳴り響き、落ち着きを取り戻したところで落ちていた照明が明滅しながら付き始めた。そこにはフロアの天井に張り巡らされた壁、むき出しの鉄骨、窓、そのすべてが飴細工のようにねじ曲がり、無事な姿をしている場所が殆どない。辛うじてその姿を保っている、そんな状態だ。そして無事に立っている人間は僅かしかいない。職員すべて泡を吹きながら倒れており、桐島君も胸を抑えて床に伏せ嘔吐している。



 アーデが無事なのは当然として――ふむ。




「おやおや。これは……想像以上だね」




 先ほどのような貼り付けた笑みではなく、心の底からの笑みを浮かべている天羽の姿があった。



「お前。まさか――」

 


 そう話そうとした所、閉めていた扉が勢いよく開いた。そこへ視線を向けると――1人の男が立っていた。



 和服を着た高齢の男性。長髪を後ろで束ね、狸にも似た顔つきだがその人相は初めてみた人なら悪人にも見えるだろう。そして以前と違うかなり痩せている。気のせいか少し頬もコケているような印象さえあった。この地球で数少ない俺が尊敬している人。




「大蓮寺さん!?」

「勇実殿ッ! よかった。無事だったのだな!」




 驚いたのはその霊力だ。以前は殆どその力を感じなかったが今ははっきりわかる。下手したらこの人1人で俺の手持ちを祓えるんじゃないかと思えるほどの霊力を帯びている。そう色々な意味で驚いているとこちらに近づいた大蓮寺さんは俺の身体を確かめるように数度触り、そして両肩に手を置いた。



「本当に良かった。ずっと探しておったのだ。君が無事で本当によかった」

「……ご迷惑をお掛けしました。はい。おかげ様で無事に日本へ戻れました」

 

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