第201話 永劫回帰のキルシウム9完

 小人に捌かれていく魔人を見る。血が飛び、肉が散り、悲鳴が木霊する。以前から漫画で読んでいて考えていた時止め対策が上手い具合に働いたようだ。俺自身にどの程度、時魔法が影響するか不明だった。事実俺はいつのまにか魔法を喰らっていたようだし、結構危なかったかもしれない。


 だから出来るだけ先手を打とうと仮に周囲の時間が静止しようとも関係なく、本人にのみ作用する猿夢を召喚したわけだが成功して何よりだ。時魔法に関してもどうやらもう1つの賭けも上手くいったようだし対応は可能だろ。



「とはいえ思ったよりこの猿夢って凶悪だな。はやく止めを刺すか」


 一足飛びに小人に蹂躙されている魔人に近づく、無事な個所がないほど切り刻まれ、眼球や鼻、指なども無事な個所はなく、かろうじて人の形を留めているだけの状態だ。すぐ息の根を止めようと魔力を込め即死させるつもりで拳を振り下ろし――。




「――も゛ぉれ」



 取れかけた舌で何か呟いた。そう思った瞬間、世界が逆行を始めた。先ほどと同じ軌跡を辿るように俺は後ろへ飛び、その場を着地する。そして僅かにしか動かせない身体で目の前の光景を見ていた。



 飛んだ肉が戻っていく、何もない白い床を赤く染めていた血が雫となり魔人の身体に向かって飛んでいく。そうして先ほど見ていた光景が動画の逆再生のように動き出し身体中を刻んでいた小人たちが少しずつ消え、最初に目撃したままの魔人が目の前に立っていた。



「はぁ……はぁ……」



 全身を動かし必死に呼吸を整えている魔人の姿に傷1つ見当たらない。それどころか憑依させていた猿夢すら消えている。いや猿夢に憑依する前の状態まで時を戻したのか。なるほど、流石に本人の時間を巻き戻されてしまえばどうしようもないか。


「そういう治癒の方法があるのは面白いな。だが街の様子を見ていた感じだと放っておけばその傷はまた開くんじゃないか?」

「――そうよ。一度刻まれたものは時間を逆行させてもまた同じように傷が開くわ。あの痛みが、恐怖がッ!! また私の身体に襲ってくる!!!」



 髪を振り乱し、狂気に満ちた眼光で睨んでくる魔人。



「許さない、絶対に許さない!! お前だけは絶対殺すぅ! 時よォッ!!!」



 目の前の魔人から魔力は放たれる。それに呼応するように俺も同じ魔法を放ち走り始めた。



「……は? なんで動けるのよぉお!!!」

「さて何でだろうな」



 この領域空間は区座里の伝承霊が人々を襲うために作った領域。それを俺が自前の魔力で無理やり乗っ取り、習得した術だ。自前で展開したのは今回で2回目。だがそれでこの領域の特性はおおよそ理解出来た。この領域の特性それは、”再現”だ。


 区座里は伝承を元に呪いという形をとってネットにある怪談や地域の伝承などを再現していた。この領域は言わば区座里の能力の集大成のようなもの。奴は知識として得たものを架空のものであろうと呪いの力を使って再現していた。それを俺は自分の魔力を使って同じ事をこの領域内で使う事が出来る。区座里自身をこの領域内で殺したためかあいつの伝承霊はすべて再現できる。



 しかもそれだけじゃない。ケスカを閉じ込めた時に確信した。この。やりはしないがこの場所なら血を使った攻撃だって出来るようになっている。


 元々は土の大精霊が暴れても被害が出ないようにするというのが最大の目的だったが、副次的な狙いとしてもし時魔法使い相手に手出しができない場合、あの首筋に星の痣がある高校生同様、俺自身も似た力を体得する必要があると考えたのだが、上手く行って何よりだ。



「いやぁああッ! なんで動けるの! なんで! なんで、なんで!!」

「言ったろ。初手で俺を殺そうと必死にならなかった時点でお前の敗北だ。もうお前の時間停止と時間逆行は通じない。覚えたからな」


 そういって俺は魔人の顔に向かって拳を振った。十分な速度と魔力を込め、間違いなく一撃で頭部を破裂させる威力。


「いやあああああッ!!! 助けて、カリオンッ!!!」


 あと数センチ。もう少しで終わらせることが出来る距離だった。だというのに、俺の拳は空を切った。



「ん?」



 拳を振った勢いを相殺できず思わず体のバランスを崩してしまう。一瞬理解できなかった。あの距離で俺が攻撃を外すわけがない。だがその混乱も目の前の光景を見て納得するしかなかった。



「――なんじゃこりゃ」



 

 白い空間が割れている。まるで卵の殻を強引に破壊したかのように亀裂が入り、空が見えていた。








「まったく……手間をかけさせるなレヌラ」


 風が駆け抜ける平原に2人の魔人がいる。1人は銀髪の魔人カリオン。そしてもう1人は震える身体を手で抑えるように身を屈めている魔人レヌラだ。



「くそ、くそ、くそ、くそ――あの男。あの男……」


 その様子を見てカリオンはため息を吐く。急にレヌラの魔力が感知できなくなり、キルシウムに侵入させていたファマトラのおもちゃからの通信で緊急事態を告げられた。それはレヌラが妙な結界に捕縛されたというものだ。

 カリオンの今後の計画にレヌラは必須だ。戻れと連絡してからすぐにこの報告が出たため、慌てて救出に来たのだ。



「はあ。一体何があった? お前がそこまで取り乱すなんて異常だぞ」

「くそ、くそ――カリオン。私は――」

「いや、話は後だ。あの結界ごと空間を切り取り、それなりに長距離を移動しているが、念のためすぐに移動するぞ」


 そういってカリオンはレヌラの腕を取り、もう一度魔法を行使しようとして空から感じる異常に気付いた。



「なんだ……?」




 凄まじい殺気を感じ咄嗟に遠距離転移をやめ、先ほどの場所から短距離の移動へ切り替え逃げた。その結果を見てカリオンは自分の判断は間違っていなかったと安堵する。なぜなら先ほどまでカリオンたちがいた平原、それが消え去っていたからだ。美しい平原だった場所は地平線の向こうまで届くかと思う程のが出来ている。


 もし、もう少し移動する距離が短かったら、もし、少しでも攻撃を察するのが遅かったら、果たして自分たちは無事だっただろうか。


 


「ひぃッ。――いやだ、いやだ。この魔力はまた奴が……!」


 レヌラは気が狂ったように暴れている。普段冷静なレヌラがここまで取り乱す所をカリオンは見た事がない。だがその反応を見てすぐに察した。この地形を変えてしまう程の攻撃をしてきた相手は先ほどまでレヌラが対峙していた人間なのだと。



「――馬鹿な。ここはキルシウムのあったリセイア大陸とは、ほとんど反対側の大陸だぞ。どうやって追ってきた……」



 また空に魔力が満ちていく。それも先ほど以上の魔力だ。空が輝き、すべてを奪う光が地上を照らし始める。



「くそ! 化け物め! 少々危険だが仕方ない、一気に跳ぶしかあるまい」


 そう忌々し気に言葉を零しカリオンはレヌラと共にまるでその場から切り取ったかのように周囲の草や木々ごと消え去った。








「逃げられたか」



 逃げた魔人を追って妙な転移魔法の使い手の後をおってここまで来たレイドだったが、周囲に人間がいない事を利用して遠距離からの攻撃魔法を仕掛けたのだが、どうやら間に合わなかったようだった。



「遠目だったが、周囲を巻き込んでの転移魔法なんてあったか? いやこれも天外魔法の1つって奴なのかね」



 レイドは考える。



 極光霊耀きょっこうれいようはターゲットを閉じ込め、戦うための術だ。そのため内側ならともかく外からの攻撃には弱いだろうと思っていたが、こうも簡単に砕けるとは思わなかった。



 

「ともかく当初も目的の人命救助は完了って事でいいのかな。キルシウムの街は殆ど崩壊状態だが幸い消えていた人間たちもあの魔人が逃げた瞬間急に現れ始めたしな……。とりあえずあの2人を見つけて帝国へ戻りますかね」

 

 



ーーーー

これにてキルシウム編は終了です。

仕事過多になりはじめ、更新が安定しそうになかったので、

ちょっと駆け足で進行しましたが、おおよそ書きたい内容は書けたかなと思います。


少し短い話を挟んで次で異世界編は最後の章になる予定です。

よろしくお願いします。

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