第197話 永劫回帰のキルシウム5

 一歩足を踏み込む。するとユイトの身体を支配しているオグンの笑みが強くなる。それを見て俺は直観で動いた。大精霊が本気で攻撃してきても恐らくダメージを受けない自信はある。だがその攻撃に果たして周囲は耐えられるのだろうか。相手は火の大精霊。ならその熱は俺を焼くだけに留まるわけがない。



 魔力を広げ人がいるかを感知する。周囲1キロに生き物はいない。それを感知した瞬間に光の結界を張る。その瞬間、視界が歪む。サウナの扉を開けた時のような熱風を感じた。ただあくまでそれは俺の感覚だ。実際はそんな例えじゃすまない量の熱である。その証拠に周囲の建物が溶け始めている。石材で出来た建物が溶ける。それがどれ程の熱量によるものか分からない。だが俺が結界を張るのが後少し遅かったらこの都市にまだ残っている人間は全員死んでいた可能性が高い。



「加減をしろ」


 思わずそう零す。俺が結界を張らなかったらどうするつもりだったんだ。



『異なことを! 我の本気の魔力を受けて形を保っているどころか汗しかかかぬとはなんと異常な事か』


 視線を横に向けるとオプスも同じく笑みを浮かべて手を合わせた。すると溶岩のようになった岩たちがオプスを中心に集まり数mを超えた球体へ変わっていく。何をするつもりだ?



『さあ、強き者よ! どこまで耐えられるか』



 そういうとオグンは全身を炎のように揺らめきながら消えた。その瞬間に炎が走る。赤や青、そして紫といった多彩な色に変化している。結界内の温度が上がっていき既に周囲は溶岩だらけのようになり始めた。そして炎はそのまま上空へ飛び上がっていった。

 土の大精霊の方は動いていないようなので一旦無視し周辺被害が酷い火の大精霊に視線を向ける。恐らくユイトの肉体ごと火へ転化された状態なのだろう。その状態なら確かにほとんどの攻撃は通じない。しかも相手は火そのものになっている。普通であれば触れることさえできず一方的にこちらがダメージを受けるような状態だ。


 飛び回る巨大な炎を見る。今もその色を変化させつつ、地上に火の欠片を落としている。そうして落ちた欠片たちはそれぞれ集まり4つ足の動物のような形へ変化した。どこかで見た事があると思ったがなるほど狼の姿だ。ただし普通のサイズではない。1体1体が普通の建物を簡単に踏み潰せそうな大きさになっている。



 巨大な炎の狼が3体。



 それが一斉にこちらに向かって突進してくる。熱で空気が歪み、走った箇所は蒸発していく。狼は噛みつくわけでもなく、ただ俺に向かって体当たりをするかのようにこちらへ来た所を俺は殴りつけた。



『ほう』



 殴った狼は火の粉をまき散らし粒子となって消えていく。



『誠に奇怪な生き物よ。どのようにして実体無き炎を消したのか』

「お前の魔力が軟弱なだけだ」



 どれだけ凄まじい炎であろうともこれは決して自然に発生したものではない。あくまで魔力を用いた現象に過ぎない。であればより強い魔力で霧散させてしまえば消えるのは道理って訳だ。本気で纏った俺の魔力を殴ったと同時に放出する。そうやって相手の炎を俺の魔力で塗りつぶした。



「で、今ので大体わかった。この程度ならこれで十分だ」



 魔力を手のひらから放出した。空気中の魔力をすべて塗りつぶしていくように放った魔力を浴びて残りの狼たちは息を吹きかけた蝋燭の火のように姿が揺らめきそして火の粉となって消えていく。


 


「おら、降りてこい。この程度じゃ――ん?」




 そう言った瞬間、先ほどまで感じていた熱がすべて消えた。一気に熱が下がったせいか涼しささえ覚える。そのまま油断せず上を見ているとさらに巨大になった炎が渦を巻いていた。

 ああ、なるほど。先ほどまで放っていた熱も、すべて一カ所に押しとどめているのか。であれば次の攻撃は流石に全力になると見ていいだろう。どちらにしても都合はいい。力が一カ所に集まるのはこちらとしても好都合だ。



『ならこれならどうか?』

 

 上空を渦巻く多彩な色に変化する炎は次第に一カ所に集まり爆発した。熱風が上空から地面に叩きつけられるように発生し膨れ上がった炎は螺旋状に突出した炎が俺に向かって落ちてくる。空気がすべて火炎になったかのような凄まじい熱量へ変化し落ちてくるそれを俺は魔力を全力で込めた手で受け止めた。



『なに!?』


 衝突した衝撃で地面は割れ、溶けた岩たちも吹き飛んでいく。その衝撃の中心にいる俺は手のひらから数センチほどの距離で止まった炎を睨んでいる。本命の攻撃なだけあって随分濃い魔力密度だ。だがそれでもまだ俺には届かない。



『き、貴様! 我に何をしている!』

「まだ何もしてないさ。こっからだろ?」


 そういってさらに力を込めた。ぐにゃりとした感覚を手に感じながら炎の中に手を入れていく。指先が入り、手が入り、肘まで炎の中へ腕を入れていった。



『やめよ! 我に入ってくるな!!』

「うるさいぞ。――よし捕まえた」



 炎の中へ入れた手でソレを掴み引きずり出した。炎から1人の男が出てくる。ユイトだ。すると先ほどまであった螺旋の炎はすべて火の粉となり消えていった。オグンは俺に腕を掴まれていても必死に離れようと魔法を放ってくる。あれだけの攻撃をしたというのに衰えている様子もない。その辺りは流石大精霊といった所か。



『離せ! 離さぬならこのまま消し炭に――』

「知ってるか? 大精霊を構成しているのは、ほとんどは魔力なんだ。高密度に集まった魔力に意思が宿った存在。それがお前たち大精霊だ。さて問題だ。そんな魔力で構成されたお前たちにどうなると思う?」


 

『ッ! 待て! せめて貴様の力で我を――』

「アホか。お前を満足させるためだけにユイトを殺すわけないだろう」


 ユイトの身体に魔力を込めた。地球で霊に憑りついた人へ行うような繊細な魔力ではない。大精霊以上の魔力を流しこむ。当然ユイトにとってかなりの苦痛を伴うだろう。他人の魔力を加減なく注ぎ込まれるのだ。だがそれ以上に大精霊にとっては深刻だ。構成された魔力が別の魔力に浸食されていく。ましてや俺の魔力の属性は光。火であれば特上の栄養にでもなったかもしれないが違う属性の魔力故自我を保つことは困難。そうなれば必然的に……。



『くッ! 我が魔力を浸食してくるだと? ありえぬ!』



 ユイトの身体から大精霊が飛び出してきた。その姿は狼のような姿をしている。ルクスは人型だったが、やはり精霊によってその姿は違うのか。

 

「あり得ないなんてありえない。ある場所では有名な言葉だ」

『待て、今度は何を!?』

「邪魔だから大人しくしてろ」



 その狼を囲うように結界を展開する。そしてそれを徐々に小さく圧縮していった。元々肉体がない大精霊の大きさは基本自由自在だ。だから飴玉サイズまで小さく圧縮しても死ぬことはない。もっともこれ以上圧縮し完全に俺の魔力で潰してしまうとケスカと似たような形で火属性の魔力がある場所に自動で復活するはずだから完全には始末せず、このまま封印処置を行うに留めておく。



 宙に浮かんだ光る飴玉サイズの球体を掴みポケットに入れる。そして完全に気絶状態になったユイトに俺の魔力で包み込みそのまま結界の外へ放り投げた。流石に守りながら戦うのは少々骨が折れる。一応俺の魔力で保護しているから怪我はしないはずだ。



「さて、見物は終わりだ。次はお前だぞオプス」

 

 

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