第196話 永劫回帰のキルシウム4

 退屈であった。永劫の時を過ごす身としてはどうしても刺激が足りない。そのため退屈しのぎに人間や魔人と契約を結ぶ事はよくやっていた。私を求める者が複数人いるのならその者たちを争わせ、そうやって退屈を凌いだこともある。

 

 私からすれば人間も魔人も大して変わらない。力に貪欲であり、支配欲があり、同族同士で争いを起こす愉快な生き物だ。それゆえ久方ぶりに契約のために訪れた人間の女より、契約を願われた時もどのような形で自分の力を使うのか、それだけが興味の対象でもあった。


 実際に契約し契約者の女は私の力を存分に使った。新しい契約者との日々は新鮮であり退屈続きであった私にはよい刺激でもあった。ただそれも長くはない。契約して数年が経過した頃だろうか。つまらないと感じるようになった。大精霊の力は強力だ、ただの魔物であろうと人間であろうと、それこそ魔人であろうと一方的な戦いにどうしてもなってしまう。戦う相手は違っても結果は大して変わらない。それがあまりにも退屈で早く魔人の王たる力が復活しないかと待っていた程だ。


 期待はある。どうやら次に生まれる魔王は歴代でももっとも強いとされているそうだ。それこそ大精霊の力をもってしても敵わぬ程に。楽しみだと感じる。それほどの強者と自身の力をぶつけるというのは経験がない。どれほどの強者なのか、早くその時が訪れないかと思うと娯楽に飢えていた心が満たされる。

 そうして訪れたキルシウムという人間の街。訪れた時に契約者の体内に侵入する未知の魔力を感知した。どうやら私の契約者も、オグンの契約者も気づいている様子はない。警告するべきかと一瞬だけ考えすぐ放置すると決めた。なぜなら永劫の時を生きる私でさえ、珍しいと感じる魔力だったからだ。この後どうなるのかを見て見たい。それを契約者がどのように対処するのかを見て見たい。その欲求が抑えられなくなった。



 繰り返される街。時の監獄ともいえるこの場所で何度同じ日を繰り返しただろうか。私と契約しているだけあって今の契約者は浸食されている魔力に抗い続けている。オグンの契約者の方は既に記憶の継続が困難になったようで、朝を迎える頃には同じ言動を話すようになった。それを何とか契約者は正気に戻そうとしていた。私に力を貸してほしいと乞われたが、私では元に戻せないと少しだけ嘘を混ぜて話す。

 元に戻せないのは本当だ。ただ対処できないわけではない。オグンの力を目覚めさせその魔力で身体を覆えばよい。大精霊ほどの魔力があればこの失われた魔法にも対処は出来よう。そしてそれは当然私にも同じことは言える。だが提案はしない。そこからどうなるのかを見て見たいからだ。


 契約者が飲まれた。決定的だったのは魔人と直に戦った時だろう。私は大いに悩んだ。




 本気で力を貸し魔人と戦うか。敢えて負けるよう誘導するか。




 前者を取れば失われた魔法の使い手と本気で戦うという面白い経験が出来るだろう。あの魔法に対し私の力がどこまで通じるのか大いに興味がある。恐らく街を犠牲にすれば勝つことは可能かもしれない。だがそれでも勝敗がどうなるかは未知数だ。

 では敢えて負けた場合はどうだろう。恐らくこのまま私が力を貸さなければ魔人との戦いは負ける可能性が高い。その場合、この檻に閉じ込められるのだろう。そうなると契約者がどのような反応を示すのか興味がある。今までと同じように記憶は継続されるのか。それとも完全に飲み込まれたらそれさえも覚えていられないのか。そうしてその状況を愉しむ事が出来る。


 そう考えて思い至る。ここはまず敗北へ促す。そして繰り返すこの時に飽きたらオグンのように契約者の身体を奪い、魔人と戦えば両方を愉しめるのではないだろうかと。


 オグンの契約者の方を見る。どういう訳かオグンの力を使わず自前の能力だけで戦っている。オグンのやり方に気付いているのかいないのか不明だがあれでは契約者の身体を奪う切っ掛けを作れないだろう。これなら狙い通りの道へ誘導は可能だ。






 あれから契約者は完全に街に飲まれた。同じ行動を繰り返し誰もいない場所へ魔法を放ち、同じ会話をオグンの契約者と行う。それを興味深く観察していた。そうやって繰り返す中でいくつか分かった事がある。まず消費した魔力も繰り返しが始まった時点と同等まで回復する。怪我も回復するし、驚いたことに死者も生き返る。

 そして必ず同じ事を繰り返しているわけではない。これは繰り返す街へ新たに侵入した人物によって若干行動が変わる者がいるからのようだ。だから完全に行動を繰り返しているわけではない。つまり完全に同じ事を繰り返しているわけではないという事が分かる。


 ただし例外もある。一度受けた傷は必ず同じ時間に発生する。その傷の原因となった要因がなくとも必ず傷を負うのだ。これは傷が回復するのと同じくその時間軸上で発生した要因は必ず再発生すると思われる。それゆえ、一度倒壊した建物も必ず同じ時間に破壊されるし、死ぬほどの傷を負ったのなら同じ傷を負うためにまた必ず死んでしまう。

 


 つまり生き返ったとしても一時的なものでしかない。繰り返す日の中で一度でも死んでしまったのならその死は回避できないのだ。そうして観察を繰り返しこの事象も見飽きてきた。そろそろ契約者を使って魔人と戦うべきか。そう別の関心を向けようとした時、ソレと出会った。




 一目見て理解した。アレは人の形をした人でないものだ。大精霊である私さえも超えた魔力量をもち、それを完全に制御している。興味深く面白い対象に私の興味はすぐに移った。この街を襲った魔人など最早どうでもよくなるほどに、目の前のモノが気になって仕方ない。



 既に擦り切れ始めていた契約者の思考を誘導するのはたやすい。幸いどういう訳か魔人の魔力を放つ物を保持していたようで簡単に狙った展開へ持っていくことが出来た。ただアレに興味を持ったのは私だけではなかったようで、オグンも気絶した契約者の身体を強引に奪い、不意打ちをするような形で攻撃を放った。



 私は静かにオグンに対し苛立ちを覚える。面白い対象との戦いをもっと観察したかった。流石にあれほどの魔力をもった存在とはいえオグンの攻撃を真面に受ければ損傷は免れない。そう考えていたがよい方向に裏切られた。



 一体この世界にいるだろうか。火の大精霊の一撃を受けて無傷の生物が。


 

 本当に面白い。そしてこちらの存在を言い当てる勘の良さ。アレが土属性の適性があればすぐにでも契約を乗り換えてよいと思えるほどの逸材。今まで感じたことがない程の高揚を覚える。



「――いいだろう。後悔させてやる」




 なんと強い言葉か。だがこれほどの力の持ち主ならそれだけの自信があって当然なのだろう。見て見たい。この者の力を。そのためなら契約者の命を差し出すことに躊躇いはないのだから。




ーーーー

申し訳ありません。

かなり仕事が積まれるようになり、しばらく更新が不安定になるかもしれません。

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