第188話 レイド
「改めてご苦労だったなミティス卿、リオド卿、そしてリコ殿」
帝都内にある対魔人軍防衛作戦本部内にて近衛団長のアベル、6柱騎士のミティス、リオド、リコが中で今後の件について話し合いを進めていた。室内には情報部たちが24時間体制で配備されており、結界の境界線にいる魔物を常に監視していた。だがその魔物も既に肉塊へ変わり、現在はすべて燃やす形で帝国軍が活動をしている。
「防衛のための場所にしては思ったより大がかりだな。ってことは――」
「ああ。リオド卿の推察通り、帝都の結界は後数日持つか怪しいところだったよ」
実際のところ、帝都はあと一歩のところで魔物の侵入を許す結果になりそうであった。もちろんミティスが向かっていた事は把握しているため、籠城戦に近い形での戦闘になるとアベルは踏んでいた。だからこそ帝都内の兵をすべて集め、冒険者ギルドにも声をかけ、出来るだけ戦闘出来る者を集めていたのだ。
そのためミティスがどれだけ早く到着出来るかが勝負の鍵を握っているとアベルは当時考えていた。ミティスとの挟撃をして出来るだけ大規模な魔法を使っての殲滅戦を想定していた。
しかしそこに待ったがかかった。それはリオドの報告を聞き一時的に情緒が不安定になっていた聖女アーデルハイトである。彼女は言った。「リオド様と一緒に来るイサミという男が到着すればすぐにこの戦いは終わる」と。確かにケスカと戦い本当に手なずけたとすれば大きな戦力になる。だがそれでもあの数万にも届きそうな魔物の軍勢を相手に、すぐに戦いが終わるとは強く出たとその場にいる全員が考えた。
だがその聖女の言葉を皇帝がよしとした。そこからリオド達が戻るまで出来るだけ結界の維持を務めるようにし、リオド達の到着を待った。そうしてみた光景は言葉を失うものであった。
「リオド卿。もう一度細かく報告をしてほしい。アレは何者なんだ」
「それは正直私も気になります。あそこまで強い人は久しぶりにみました」
アベルとミティスの言葉にゆっくり頷き、ルクテュレアでの騒動についてもう一度詳細を話し始めた。謎の魔人との衝突。イサミとの出会い。ケスカとの戦い、そして水龍との戦いだ。
「はっきり言おう。イサミとは何かしらの形で帝国へ縛った方がいい。金でもいいし貴族爵位でもいい。あれほどの戦闘能力をもった人間が普通にぶらついているのは恐怖以外の何物でもないぞ」
リオドはそう言葉を綴った。正直リオドは得意な夜であろうともイサミ相手に生き残れる自信がない。勝つか負けるかですらない。逃げられるか、そうでないか。そういうレベルなのだ。
「それはそうだろうな。一応陛下には私からも相談させて頂くが――」
「いいえ。それは悪手かと思います」
ミティスの声がアベルの話を遮った。
「どういう意味だいミティス卿?」
「そのままの通りです。一度彼と対峙して分かりましたが彼が権力や財になびくタイプとは思えません。それよりは友好関係を築くべきでしょう。どういう訳か聖女様と懇意のようですからね」
それもそうかとリオドも納得する。だがそうなると色々疑問が残る。
「あのよろしいでしょうか」
「どうしたリコ殿」
「はい。彼は日本から来たと言っていましたがそれはどうなるのでしょうか」
リコの言葉にアベルとミティスは驚愕した様子を見せる。
「どういう意味ですかリコさん」
「はい。帝国の飛行船を見てUFOみたいだって言ったんです」
「UFO?」
「はい。私たちの世界にある未知のというか架空の乗り物というか。とにかくすごく有名な乗り物にこの国の飛行船は酷似しているんです。正直私も最初みたい時はUFOみたいと思っていました。そうなるとやっぱり私はあの人が地球から来たっていうのは本当だと思います」
「だがそうなると辻褄があわないって言っただろ? それなら聖女様とあそこまで仲が良い理由がわからん。あの雰囲気は聖女様が帝国へ来る前からの付き合いに感じる」
リオドの言葉で作戦室に静寂が訪れる。しばしの沈黙の後ミティスが言葉を零した。
「――レイド」
全員がミティスの方へ視線を向ける。
「聖女様はそう仰っていましたね。リオド、彼の名前は?」
「イサミ・レイド。そう名乗っていた」
「そうですか。では私だけでしょうか。その名を聞いて違う想像をしたのは」
「というとなんだいミティス卿」
ミティスの次の言葉を全員が待っている。そして彼女はゆっくり口を開いた。
「彼は……イサミさんは似ていると思いませんか?
その言葉を聞き、リオドとアベルだけは何を言いたいのか理解した。しかしリコは分かっていないのか頭を傾げている。
「あの彼というのは?」
「リコさんが知らないのは無理もありません。もっとも彼を直接見た事がある人は帝国では限られているでしょう。アベル団長は彼を見た事は?」
そういってミティスはアベルに問いを投げた。
「――いいえ。彼が帝国へ来たのは1度だけ。その時も先代近衛騎士団団長であらせられるアシドニア閣下だけがお会いになったと伺っています」
「あの……アシドニア様というのは――」
リコが周囲を伺いならゆっくり確かめるように話す。それに呼応するようにミティスが頷いた。
「そうです。アシドニア・ルダール。私の師でもあり、
アシドニア・ルダール。先代帝国近衛騎士団団長であり、雷霆という二つ名で有名であった騎士。風の大精霊と契約をし、風と雷を自在に操り、その剣の一振りは数百の魔物を屠ったとされる当時帝国最強の騎士だった。
「私は一度だけ会ったことがあります。まだ幼い頃ですが、……父と模擬戦をした彼を」
「レイド・ゲルニカ」
「急にどうした?」
いきなり名前呼ばれてビビったわ。
「――でいいんですよね?」
「どういう意味だ? ちなみに今の名前はイサミ・レイドなんでその辺よろしく」
あの後、俺とケスカはアーデルハイトの私室へ案内された。訝しむ教会の人間の視線をどこか懐かしく感じながらも部屋に入った第一声がそれだったのだ。
「イサミという名前になったの?」
「イサミってのは家名だ。どういう訳か家名が変わったんだ。元々ゲルニカもヴェノにつけて貰った家名だし名前さえそのままなら別にいいかなって感じだな」
「そう。――それにしても」
そういって顔を近づけてくるアーデルハイト。綺麗な瞳がまっすぐに俺の顔を見つめている。そしてゆっくり手が伸び、俺の頬に触れそうになって――そのままノーモーションでビンタされた。
「あぶねぇな!?」
「あら躱されたわ」
当たり前だ。あの一瞬で随分魔力込めてビンタしてきたな。
「やっぱり本物みたいね。それにしてもその姿はどういう事かしら」
「どうってのは?」
「見たところ最後に貴方と会ってから変わっていないように見えるわ。10年経過しているとは思えない程変わっていない」
なるほど、やっぱりそれも気づくか。
「そういうお前は……なんていうか……大人っぽくなったな」
「あら。老けたっていいたいんでしょう」
「とんでもない。俺がそんな悪口言う訳ないだろう」
「あら。裏で私の事を鉄仮面聖女と言っているのを私が知らないとでも?」
なにぃぃ!? どこで洩れた。一度も俺はこいつの前で言った事はないはずだぞ。いやそうか。
「まさか俺がリオドに言ったそれで気づいたのか?」
「ええ。それがある程度決定打になったわ。私相手にそんな事をいう人は今まで貴方だけですもの。ちなみに鉄仮面聖女呼びを教えて下さったのはザズよ」
あの糞爺ッ!! あいつが犯人か。
「ザズは敬虔な教徒ですからよく教会に来るのよ。その時よく話してくれたわよ。レイドの馬鹿がまた私を鉄仮面聖女と呼んでおりましたぞってね」
もう誰も信じられない……。
「それにしても――随分変わったわね。レイド」
「そうか?」
「ええ。最後に会った時はまるでむき出しの刃のようだったもの。そんなに穏やかな貴方を見たのは初めてかもしれないわ」
そうなのだろうか。確かに丸くなった方かなとは自分でも思うが。
「それでこの10年何があったか話してくれるのよね?」
「……そうだな。お前には説明しようと思ってたし、とりあえず聞いてくれ」
そうして俺は地球へ転移した件について話はじめた。
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