第185話 帝国へ

「おい、イサミ!」


 もぬけの殻となった宮殿内で俺はやたらと豪華な椅子に座り、調理場にあった食料を拝借していた。料理といっても肉を焼くくらいしかできないため、適当に保管されている肉を拝借し、いまいち使い方のわからないキッチンは無視して自前の魔法で肉を焼く。塩とか振りまきながら焼けば何とかなるだろうという安易な考えだ。


 空気中に薄く光の板を作成し属性転化によってその上に置いた肉が音を立てながら焼けている。程ほどに塩を上から振りまきながら久しぶりの食事を心待ちにしていた。



「おい。聞いているのか? って――何してんだ……」

「何って。食事を作っているんだが?」


 俺の横に座っているケスカは変わらずポッキーを咥えており、足が届かないためか両足をブラブラしている。ケスカも食べるか聞いてみたがいらないと言われたからまたポッキーを渡したんだが、本当にそれでいいんだろうか。

 そう考えているとため息をつきながら帝国騎士のリオドがこちらに歩いてくる。報告をしてくると言っていたが終わったのだろうか。



「リオドさん報告の方は?」

「ああ。一応終わったよ。ただイサミに色々聞きたい事があってな……」


 ずっと壁際でこちらを監視していたリコとリオドが話している。ただ視線だけはこちらをずっと向いているのが気になる。やはり帝国に報告する言っていたし、ケスカはだめなのかもしれん。



「それで聞きたい事ってなんだ?」


 目の前で焼いている肉をひっくり返す。うん、上手く焼けているな。もう少しで食べれそうだ。


「改めて名前を聞かせてくれないか。俺はリオド・オズベル。あっちはリコ・マツラだ」

「イサミ・レイドだ」

「レイド? 変わった家名だな。ああいや別にお前さんの家を貶めたいわけじゃないぞ」


 両手を振りながら答えているリオドを見て少し首を傾ける。何か妙な勘違いが起きているような気がする。ああそうか、こっちだと名前と苗字を逆にするのか。そういや俺の前の名前もレイド・ゲルニカだったしな。まあでもその勘違いをしてくれていた方が都合がいいか。


「別にその程度で怒ったりしないさ。それでケスカは連れて行っていいのか?」


 これをダメって言われると面倒なんだよな。ただ正直無理だと言われる可能性がかなり高い。その場合はこの2人とは別行動をとって独自に帝国へ侵入する必要があるか。そう思っていたのだが帰ってきた答えは少し以外なものであった。


「それがな、聖女様がすべての責任を取るのでお前さんとケスカが一緒という条件なら帝国へ来ても良いことになった」

「……そうか。やっぱりあいつがいるのか」


 多分いるだろうと思っていたがこれで確定になった。俺の事情含め説明して一番混乱が少ないのは多分アーデルハイトだろうし、早めに接触できるのはありがたいな。あいつのことだし魔王の居場所とか知ってるかもしれん。


「それでイサミよ。お前さん聖女様と知り合いなのか?」

「……そうだな。古い友人だ」


 リオドの様子から察するにアーデルハイトが報告の中で俺に気付いた可能性があるな。小さな町村程度なら兎も角あまり大きな国で俺の昔の名前を出すと面倒ごとが増えそうだからイサミの方で通そうと思っていたんだが、どこで気づいたんだろうか。


「それで納得しろと?」

「それ以外言いようがない。それとも報告の時に何か言われたのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだが――」


 何やら言いよどんでいる。ただ僥倖な事にアーデルハイトは俺のことに気付いただけで胸の内に留めてくれたようだ。もっとも、そのうちバラされるだろうな。となると少し面倒ごとが増えそうだ。


「ならあれこれ詮索しないでくれ。それでこれから帝国へ向かうってことでいいんだな?」

「はあ……。まあいいか。そうだな一応そのことについて説明させてくれ。ただその前にその肉。なんとかならないか?」


 おっと、そうだった。手に持ったフォークで肉を刺し焼き加減を確認すると少し焦げている。まあこのくらいなら食えるか。魔法で切断しそのまま口へ運ぶ。悪くないがやはり日本で食べた方が美味いな。



「ごほん。じゃ改めて今後の説明をさせてもらう。まずこのまま俺たちは一度帝国へ帰還する」

「はい。他の皆はどうなったか聞いていますか?」


 右手を挙げて質問するリコに対しリオドは答えた。


「ああ。ちょうどそれ絡みで報告もある。ミティス隊長の班はどうやら任務達成のようだ」

「わあ! 流石ですね!」


 知らん名前だ。隊長という事はリオドより上の人間なんだろう。俺の知っている帝国騎士ってアシドニア爺だけだからな。でもあの爺さん確かもう亡くなってるはずだし……こうなるとマジで知り合いがいないな、帝国って。


「そのミティスって人強いの?」


 この中で一番口の軽そうなリコに聞いてみた。すると案の定色々語り始めた。


 曰く、最年少で皇帝直属の騎士に任命されたという事。10歳で風の大精霊と契約を交わしており、20歳になるころには帝国の最強の剣として名を諸国に轟かせているそうだ。


「そりゃすごいね。もしかして結構若いの?」

「はい。確か今年26歳だったと思います」

「おいおい、リコちゃんその位にしないと後で怒られるぞ」

「あぁ!? ごめんなさい、忘れて下さい!」



 そこまで本気でリオドが止めてこないところを見ると別に隠すような情報じゃないってことか。となるとかなり有名な奴っぽいな。でも大精霊と契約したのか……すごいな。あんなうるさい奴、俺には無理だったぜ。




「まったく。それで脱線しちまったけど、ユーラの所がまだ苦戦してるらしい。だから俺は帝国までは一緒に行くが帝都に着く前あたりから別行動になる。リコちゃんはイサミと一緒に帝国へ行って詳細の報告をしてほしい」

「ユーラさんの所っていう事はユイトもいるんですよね。そんなに強い魔人なんですか?」

「それがさっぱりでな。妙な結界なのか、魔法なのかまだ詳細は分からないがとりあえず俺が援護に向かう事になっている。リコちゃんとイサミは多分帝都周辺の魔物退治になると思う。そっちも人手不足らいしからな」

「了解しました」


 さて一通り話はまとまったみたいだな。なら一応確認しておくか。



「なあ。聞いていいか?」

「どうした?」

「いやどうやって帝国行くんだ?」



 そうそれが疑問だった。まさか馬で移動とかじゃないだろうな。それなら飛んでいくとか走っていく方がまだ早い。


「ああそれは安心してくれ。帝国軍事機密だが今回はイサミに見せることも許可されているからな。まあ楽しみにしててくれ」


 そういってにやりと笑みを浮かべるリオド。なるほどそりゃ楽しみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る