第184話 聖女

 帝国内にある作戦室。壁には各国の状況などが細かく刻まれており、それぞれ魔人の侵攻などについて最新の情報が加えられている。作戦本部にて指揮を執っているのは近衛騎士団長であるアベルだ。

 本来であれば前線に出て自身も戦いたいと考えている所であったが、今回の大規模作戦において皇帝直属部隊である6柱騎士が全員動いているためにどうしても直接報告を受け取れる人物が限られてくる。それゆえの人選でもあった。



 様々な情報が多数流れてくる。だがどれもが新種の魔物による被害であり、それに冒険者、軍などが駆り出されている。そんな中、初めて帝国内に朗報が届いた。

 


 

 城砦都市テセゲイトを奪還。



 マロリヤ大陸西部にある大規模な都市であり、キロルと名乗る魔人、そして同じく正体不明の飛行型魔物の被害に襲われていた都市である。新種の魔物は非常に厄介でありオグマナ共和国軍と冒険者たちはかなり苦戦を強いられていた。

 しかしその状況が大きく変わる。それはその都市に派遣した6柱騎士隊長のミティス、そしてヤマトの2組の力であった。到着の報告があり、僅か1日ですべての魔物を殲滅し、魔人キロルと交戦。残念ながら殺害は出来なかったらしいが、相当な傷を与え逃げ去ったとの事であった。




「ミティス卿は既に?」

「はっ。ヤマト様を残し単独でこちらに帰還していると報告をいただいております」


 部下の報告を聞き、壁に貼られたテセゲイトの地図に×をつけた。目標であった結界の核のうち1つを破壊した。残り2つ。水上都市ルクテュレアとの首都キルシウムだがこちらはかなり難航している。

 ルクテュレアは相手が真祖という事もあり、一番困難が予想されている。アベル自身としては戻ってきたミティスを応援に向かわせるべきだと考えている。そしてもう1つ。キルシウムだがこれが予想以上に難解な事になっていた。



「ユーラ卿の報告は?」

「……はい。5日目までは問題なかったのですが、現在は――」




 あの首都キルシウムの異常性、派遣した6柱騎士のユーラとユイトの報告から判明した事実。それは……キルシウムではという事だった。


 

 まったく同じ時間に現れる魔人。同じ時間に報告をしてくる諜報部隊。同じ時間に、同じ行動をとる住民たち。破壊された建物なども翌日には綺麗に戻っている。あまりに異常な状態である。未知の危険という意味では真祖のいるルクテュレア以上だとアベルは考える。どう手を打つべきか。そう思案していた時、1人の女性が作戦室へ訪れた。その姿を見て自然とその場に詰めていた兵士は全員緊張が走る。



「アベル様」

「ん。これは聖女様。どうされましたか?」

「はい。何か手伝えることはないかと思いまして。私も治癒魔法なら心得があります」


 その申し出はアベルにとってありがたいものであった。どうしても治癒魔法の使い手は少なく希少性が高い。それに加え帝都には別の問題も浮上している所であったからだ。



「帝都を囲むように群れを成している魔物。あれの討伐も容易ではないでしょう?」

「――はい。その通りです」



 そう帝都全域を囲うように結界が張られているのだが、その境界線に魔物が迫っている。大小様々な魔物たちでありそのどれもが見た事がない異形の姿をしている。現在は帝国軍全体でその討伐に当たっているのだが問題の魔物がほぼ無尽蔵に増えており、また大型の魔物の数が増えてきている。現状はまだ結界を破られる心配はないが流石に放置出来る問題ではない。


「では聖女様。負傷した兵を寝かせている仮設治療院があります。そちらにご案内をしますね」

「はい。ありがとうございます」


 そういうと1人の兵士に案内を命じる。聖女は一度頭を下げてからその兵士と共に部屋から外へ出ようとした時――通信が入った。




「アベル様! リオド様より通信です!」

「ッ! こちらに回せ」

「はい、お待ちください。――どうぞ繋がっています」



 テーブルの上に並べられた魔道具たち。その1つに手を触れ魔力を流し込んだ。すると作戦室全体に届くようにリオドの声が響いた。



『こちらリオド。聞こえるか?』

「ああ。聞こえる。こちらアベルだ。その声色から察するに朗報と考えていいのだろうか」

 

 前回の通信に比べるとリオドの声色が随分明るい。そのため自然とアベルは期待する。


『ああ。期待してくれていい。こちらルクテュレアの結界の核を発見、そして破壊した』



 その言葉に作戦室が湧いた。これで2つ。作戦が大きく前進したのだ。この報告はアベルにとっても大きい。成功報告自体は当然としてこれでミティスを帝都に残したとしてもリオド達を少し休ませた後にユーラの元へ救援を送れるからだ。



「素晴らしい報告だ。お見事ですリオド。して被害は? そちらにはリコ殿もいる事だし大丈夫かと思いたい所だが……」

『安心してくれ。消耗はしているが目立った怪我はない。少し休めば動けるぞ』

「ありがたい。実はユーラ卿が向かったキルシウムで異変が起きている。可能であればそちらに向かってもらう事は可能だろうか?」


 ユーラたちの報告から察するにあまり時間がないとアベルは考える。そのため出来るだけ早く追加の戦力を投入したかった。


『なんだと、そんなにまずいのか?』

「ああ。実は5日前に同行しているユイトが街に飲まれている。ユーラはまだ大丈夫だと言っていたが段々記憶があやふやになっていると報告が上がっているんだ」


 魔力が高い者であれば繰り返す街に飲まれないようだったが5日目でユイトが取り込まれたと報告があった。そして次第にユーラ自身もいつ街に来たのかあやふやになりつつあるとされている。正直時間の問題になっていた。



『そうか――ちょっとタイミングが悪いな』

「何か不都合があったか?」

『ああいや……実は現地で協力者を得てな。そいつがケスカを倒したっていうかなんていうか』


 リオドにしては随分あやふやな報告にアベルは困惑する。しかしそれを聞いていた聖女がリオドに声をかけた。



「リオド様。お疲れ様でございます」

『聖女様? なぜそこに』

「先ほどここへ訪れて何かやれる事を伺っていたのです。それでケスカがどうしたのですか?」


 その場にいる全員は真祖の魔人の恐ろしさを知っている。特に聖女であるアーデルハイトは過去に勇者マイトへ討伐命令を出した場に居合わせたこともあり余計気になった。


『なんといいますか。信じられない話になりますがいいですか』

「事実をおっしゃって頂ければ問題ありません」

『では。ケスカとは今回の任務に協力して頂いた者が交戦。その後ケスカを仲間にして一緒にいるんです』



 騒がしかった作戦室に静寂が訪れる。アベルも何を言っているのかその言葉の意味を咀嚼するのに困難を極めた。



「待て、リオド卿何を言っている?」

『事実だよアベル団長。どういう訳か戦闘の影響で記憶を失ったみたいでな。その協力者の後ろをまるで子供みたいについて歩いてるんだ』

「待て待て、意味がわからん。そもそもその協力者は誰だ? 真祖の魔人と戦って生きているのか?」

『ああピンピンしてる。というかだ。俺の所感になるがあいつはミティス隊長より強いと思う』

「はぁ!?」



 思わず大きな声をアベルは出した。だがそれも無理はない。ミティスといえば帝国最高戦力の1人なのだ。それより強い人がいるなんてそれこそアベルには勇者くらいしか想像がつかない。しかし勇者マイトはミティスよりも戦闘能力で劣っている。それゆえ現在の人類最強はミティスだと疑っていなかったのだ。


「――リオド様。その方のお名前は?」

『ああ。失礼しました。イサミと名乗っております』

「フルネームは?」

『え、フルネームですか。申し訳ありません、緊急時故名前しか伺っていませんでした』

「では容姿は?」


 矢継ぎ早に質問を投げる聖女にアベルは小さな違和感を覚える。どこか常に一歩下がり俯瞰視している印象がある聖女が妙にその協力者を気にしている。


『上半身裸に黒いローブだけを着ています。身長は俺と同じ程度で、少々目つきが悪い感じでしょうか』

「――髪の色は?」



 

です』




 そのリオドの言葉を聞いた聖女の顔をみてアベルは驚愕した。常に小さな笑みを浮かべ人間離れした容姿も相まって神聖な雰囲気を守っている聖女アーデルハイトが大きく目を見開き、瞳を揺らしている。小刻みに震え、手で口元を抑えていた。



『ああ。そういえば奴が妙な事を言っておりました。聖女様の知り合いかもしれません』

「リオド卿少し待て、聖女様の様子が――」

「なんて仰っていたのですか」



 アベルの言葉をかき消すように聖女の言葉が室内に響いた。



『少し不敬なのですが、よろしいでしょうか?』

「構いません。そのまま何て言っていたのかを教えて下さい」




 アベル、その場に詰めている兵士たち、そして誰よりも次の言葉を聞き逃さぬように真剣な顔をした聖女が声のする通信機に目を向ける。




『鉄仮面聖女が帝国にいるのか。ならあいつとは一度会っておく必要がある、そう言っておりました』



 その言葉を聞きアベルは疑問が浮かび、呆れた。聖女に対しあまりに不敬な言葉であり、聖女にはあまりにそぐわぬ蔑称のように聞こえたからだ。だがそうした考えも聖女の顔を見て一瞬で書き消えた。





「――馬鹿。生きていたのなら……どうしてもっと早く……」




 見た事がない程、感情を表にだし大粒の涙を流す聖女アーデルハイト・ラクレタの姿があった。



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