第183話 狂乱水城のルクテュレア18完
領域を解除し外へ出て状況を整理するのに少し時間がかかった。破壊跡が残る街、暴れている水龍。それと戦う帝国の騎士。さてどうしたもんかと考えて俺の服を掴んでいる元凶を思い出す。
「おいケスカ。お前あいつらの事洗脳してる?」
「? いやしてない」
「いやしてるだろ。だからあいつら暴れてんじゃないのか」
恐らくだがケスカを助けようとしてあの水龍は暴れてるんじゃないのかと思う。
「覚えてない。でも今は何もしてないよ?」
「――何だって」
今のこいつが変に嘘を吐くとも思えない。どう判断したもんかと考えていると悲鳴が耳に入ってきた。そちらの方へ視線を向けよく見るとこの都市の住人が悲鳴を上げ逃げ回っていた。走って転ぶもの、家に閉じこもろうとするもの、船に乗り水路を利用してこの場から離れようとするもの。様々である。
それを見て少なくとも洗脳が解除されたのは間違いないようだと判断した。だが待ってくれ。そうなると何で水龍は暴れてるんだ?
「はぁはぁはぁ――見つけた!!! 大丈夫かいケスカ!」
声のする方へ顔を向けると水龍の近く、宙に浮く水を足場にして肩で息をしている男がこちらを見ている。誰やあいつ。
「――誰?」
「私だ! 君の婚約者のオルケズだよ。ああ俺の可愛い人、変わらず美しいな。――で私の婚約者の横にいる貴様は誰だ」
オルケズ。ってことはこの都市の領主か。だがおかしい。洗脳は解けてるんだよな。あの様子はなんなんだ。
「――俺の事か?」
「そうだ。貴様以外誰がいる! 汚らわしい手で俺の婚約者に触れないでもらおうか」
「……なあ。もう1回確認するけど洗脳とか全部解除されてるんだよな?」
凄まじく嫌な予感がする。これはあれなのか、あれなんだろうか。
「何もしてないよ。それに私はあの人知らない」
「何を言っているんだ! この都市を完全に捧げたら私と結婚しようと約束をしただろう!?」
「知らない。話しかけないで。なんか怖いから」
そうケスカが言い放つとオルケズは全身を震わせ、顔を真っ赤にしながら俺を睨んできた。実に嫌な予感がする。
「貴様のせいか。貴様が私の婚約者を毒牙にかけたのだな! 殺してやる。殺してやるぞ!! やれティルワス!!!」
そう激高し俺を指さしてくるオルケズ。するとずっと静観していた水龍が大きく咆哮し俺を睨み始めた。流石にここで襲われても街に被害が出るし面倒だ。仕方ない。
先ほどの悪ふざけで魔力を大分喰われたがまあ何とかなるだろう。こちらを襲い掛かろうとするティルワスに光を放ち、そのまま動きを拘束した。
「グル――ルルル――」
「なんだ!? どうした何を固まっている。さっさと奴を殺せ!」
唾を飛ばしながら声を荒げるオルケズの近くへ移動し目の前に立つ。俺に気付いたのか両手を前に出し慌ただしく動揺している。
「く、来るな! 何なんだお前は!」
「とりあえず寝てろ」
顎を叩き昏倒させ気絶させる。膝から崩れそのまま倒れそうな身体を支え、身体に魔力を流し込んでみる。確かに別の魔力の流れは感じない。どうやら本当に洗脳はされていないようだ。という事は――本当に
俺から離れ水龍の身体をぺたぺた触っているケスカを見る。確かに容姿は整っている方だと思うがあれはどう見ても子供だ。あれか、地球で言う所のロリコンって奴なのか。どうすればいいか判断に迷うぞ。
そう思っていると俺の近くに帝国騎士のリオドがやってきた。
「イサミ! どういう状況なんだ!?」
「知らん。俺が聞きたいくらいだ。それで例の結界の核って奴はどうなったんだ?」
「いやそれどころじゃなくてな。お前がケスカと戦っている間に何とか破壊したかったんだがその前に水龍に襲われて――」
そういって未だ拘束されている水龍をリオドは見上げた。
「……すごいな。お前がやったのか?」
「まあ動きを止める程度は訳ないからな。それより――」
「イサミ」
さっきまで水龍の鱗を触っていたケスカがこちらに戻ってきた。もう飽きたのだろうか。
「どうしたケスカ」
「はぁ!? ケスカだと!?」
すぐに距離を取り戦闘態勢に入るリオドを見て俺は事情を説明した。ケスカを閉じ込め脅かしていたという話は伏せて、適当に戦っていたという感じに変更し、頭を打った影響なのか記憶が完全に消えてしまったようだという所まで簡単に説明する。
「――本当なのか?」
「そうとしかいえん。それでどうした?」
俺は目線を下ろし俺の服を掴んでいるケスカに話しかけた。
「あの男との契約を切りたいって」
「契約? なんの話だ」
「ティルワス。無理やり命令されてもういやなんだって。可哀そう」
なんだって? そう思い水龍の目を見上げる。流石に龍の感情は読めないがどこか悲観的な目をしているような気がしないでもない。
「――そうだな。契約ね……」
倒れているオルケズの事を考える。この様子だと目を覚ましたらケスカを探すために必死になるだろう。その時間違いなくティルワスはその道具として使われるような気がする。ならば確かに契約を切ってしまった方がいい。だが流石にそういう縁切りみたいな技は持っていないし――仕方ない。少々裏技というか外道な方法を取らせてもらうか。
「ケスカ。オルケズを洗脳して契約を破棄させろ。出来るか?」
「ちょっと待て、イサミ! お前何をいってるんだ!」
「帝国は黙ってろ。また目が覚めてそこの水龍に襲われてもいいのか?」
「それは……」
「それより、今のうちに例の核って奴を捜索した方がいいんじゃないか? ほらあそこにお前のお仲間もいるみたいだぞ」
ここから数百mほど離れた場所で例の日本人の女がこちらを見ている。近づいていいのか分からず困惑しているのだろう。それを見たリオドは少し考えその場を離れた。
「いいか、お前には話を聞きたい事がある! そこを動くなよ」
「面倒なんだけど……」
「嫌そうな顔をするな。頼むから大人しくしててくれ。流石にお前ほどの戦力は今後を考えると放っておけないんだ。出来れば一緒に帝国へ来てほしい」
帝国か。どうするかな。
「確か鉄仮面聖女がいるんだったか」
「その呼び方は不敬過ぎる。やめてくれ……」
「悪かったよ。そうだな。あいつには一度会っておく必要があるし同行してもいいぞ」
「そうか!」
「ただ、多分こいつが付いてくるが構わんか?」
そういってケスカの頭に手を置いた。すると何が楽しいのか俺の指を掴み動かそうと一生懸命になっている。何が楽しいのか。
「仕方あるまい……」
「あ、あともう1人いるんだが――」
「おい、まだいるのか?」
そういやネムの事を忘れてたな。あいつまだついてくるのか?
「いやそっちはよくわからんから後で話す」
「とりあえず承知した。では待っていてくれ」
そういうとリオド達は走っていった。さてとりあえず、こちらもやってしまおう。
「ケスカ。いけるか?」
「うん。大丈夫」
「契約を破棄させた後は適当に寝室に戻って寝てろと命令してくれ。その後は洗脳を解除だ。いいか?」
「まかせて」
そういうとケスカはオルケズの腕にかみついた。赤い魔力のようなものが身体に流れ込んでいくのが俺にも分かる。すると目を覚ましたらオルケズは虚ろな表情で立ち上がった。
「ティルワスとの契約を解除して」
「わかりました」
そういうとオルケズは自分の指を噛み、血を流す。そして歩きながらティルワスの方へ近づいて行った。その時点で俺はティルワスの拘束を解除する。多分もう暴れたりしないだろう。
動けるようになったティルワスはゆっくり顔をオルケズに近づける。血の付いた指でティルワスの頬に触れたオルケズはゆっくりと呟いた。
「誓いの破棄を宣言する。我らは既に友ではなく、隣人となった」
その言葉を聞き届けたティルワスは天に向かって慟哭する。それに呼応するように雨が降り始めた。それはあの龍の涙なのだろうか――。
そうしてゆっくりとティルワスはその巨体を湖の中へ沈め消えていった。
「いやあ面白いもの見れたよ!」
知っている声が聞こえそちらを見ると俺のTシャツを着たネムがいた。
「どこにいたんだ?」
「遊んでたわ! 知ってる? ここの住民ってみんな洗脳されたせいか知らないけど飲食全部無料だったんだよ?」
「え? マジ?」
「マジマジ! だから食べ歩きしてた! まあ飲み物は不味いから飲まなかったけどね」
そうだったのか。俺も何か食べればよかったな。
「――それで何でケスカがそこにいるのよ?」
何故か声のトーンが下がった気がする。
「いやなんか脅かしたら記憶を無くして幼児化したんだ」
「何それ? 真祖のくせにそんな簡単に記憶なくなるわけ? あ、叩けば治るかも」
そういうと凄まじい速度でケスカの頭を殴打しようとするネム。俺はそれをケスカの頭の上で受け止めた。
「ちょっと、邪魔しないでよ」
「いや加減しろ。今の威力だと頭が吹き飛んじまうぞ」
「再生すれば治るんじゃない?」
「いやいや、今はこっちの方が面倒がすくないんだ。また人間を襲われても面倒だし」
「ふーん。イサミはケスカの味方なの?」
そういって唇を突き出しながらこちらを睨んでくる。なんなのださっきっから。そうしてしばらくすると今度は笑い始めた。こいつ変なもの食べたんじゃないだろうな。
「ふふふ。でもやっぱりイサミは強いね」
「急にどうした。気持ち悪いな」
「酷いわね。でもさっきの攻撃を簡単に止められるのは多分イサミだけだと思うわよ」
「そうか?」
「そうよ。――さて悪いけど仲間から戻ってこいって連絡あったから一旦お別れね」
仲間。魔王軍の連中だろうか。
「そういやお前は魔王側だもんな。流石に次会ったら敵になるかね」
「どうかしらね。でもワタシはそれでもいいって思うわ。一度本気のイサミと戦ってみたいもの」
そういうと楽しそうな笑顔を見せた。
「1つ質問してもいいか?」
「何よ突然。答えられる範囲ならいいわよ?」
「魔王はお前より強いのか?」
俺がそう投げかけるとネムは驚いたような顔をした。そしてまた笑いだしこう答えた。
「ええ。そうね。デュマーナは強いわよ!」
「――そうか。それは大変そうだ」
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