第180話 狂乱水城のルクテュレア15

「気分はどうだ?」

「……えっと。はい。ただ妙に身体が重いです」

「意識の方は?」


 目を覚ましたリコをやや警戒しながら言葉を続ける。


「少し頭がぼうっとしてしまいます。ただじきに収まると思いますが……」

「記憶の方は? どこまで覚えてる?」

「えっと……。リオドさんを安全な場所に運ぼうとして、廃棄された船を見つけて魔法を使って動かそうとして――ごめんなさい、そこまでしか覚えてません」


 なるほど。あのイサミという男の話から察するにこの都市の水に干渉すること自体が洗脳の切っ掛けになるんだったか。触れるだけなら恐らく大丈夫なのだろう。実際俺も水には触れている。ただそうなると泉の水だけじゃなく、水路の水も、いやこの都市の水は全部口にするだけでかなり危険だろうな。恐らく泉の水を飲まなくても口に含むだけで俺でさえも洗脳に落とされる可能性が高い。


「イサミという男を覚えてるか?」

「え――どなたですか?」


 洗脳時の記憶はない、か。

 

「なるほど。おおよそ理解した。いいか、とりあえずあったことを説明するぞ」



 リコが洗脳されていた時の状況を説明する。誰かを庇っていた事、追いかけたイサミという男と交戦になりそうになった事。そしてその男と手を組みこの都市を攻略する事。

 簡易的だが状況の説明をした。俺の話を理解しようと手を口元に当てながらリコは話を聞いている。そうして暫しの沈黙。必死に今の話を整理して頭に叩き込んでいるのだろう。そしてリコは口を開いた。



「その……イサミという男性は真祖と戦える程強いのですか?」

「そうだな。所感だが――ミティスと同等か、それ以上だと思う」

「それほどですか!?」


 そりゃ驚くだろう。数か月前、リコ達3人が6柱騎士として任命され一度本格的な模擬戦が行われた。

 それは6柱騎士隊長であるミティスとの模擬戦。それも1対1ではなく、1対5の集団戦だ。結果は惨敗だ。まともに最後までやり合えていたのはヤマトくらいだったか。まったくいつの間にか抜かれちまったからな。

 

「あのミティス隊長と同等以上の戦力を保有した人物ですか。確かにそれなら可能性は十分ありそうですね。どのような形で連携を?」

「とくに決まってない。ただ間違いなく分かるだろう。なんせあの真祖との戦いだ。恐らく大規模な魔力が展開され――ほらな?」



 強大な魔力の波を感じる。間違いない戦闘が起きているだろう。リコと目で合図を行い素早く行動を開始する。一応頭の隅にリコの洗脳が完全に解けていない可能性だけ残し、急ぎ魔力の反応がする場所へ移動した。

 屋根へ飛び移り、広大な都市をそのまま駆けて移動していると、先ほどまで感じていた魔力が収まっている。まさかもう戦闘が終わったのか、と疑問に思う。



「――どうしましょうか」

「まさかあのイサミって奴。あそこまで大口叩いておいてもう負けたとかじゃないだろうな。とりあえずギリギリまで近くへ行くぞ」

「はい」



 相手は不死の真祖だ。長時間の戦闘は予想されこそすれここまで早く終わる事はまずありえない。となるとあの男の敗北が濃厚になるわけだが……。



 そう思い魔力を感じた広場へ到着した。遠目から確認した所何故か広場の住民全員が倒れている。僅かに残る残滓からここで戦闘があったことは間違いないようだ。だが戦闘が起きたにしては随分と綺麗過ぎる。それに――。



「……死体がないですね」

「ああ。そうだな。妙な戦闘現場だ。痕跡はかなり少なく、死体が残っているわけでもない。ということは、相手を消滅させるほどの威力がある魔法でも使ったとかか」


 仮にそうだとしてももっと被害が出てもおかしくない。どうするか。これ以上ここを見ていても何も得るものはないか。そう考え、何気なくさらに奥にある宮殿へと視線を向け――固まった。





「な……」





 声が出ない。この周囲を、いや都市さえも覆う程の強大な魔力を感じた。いや感じたというレベルではない。魔力に飲まれたというべきだろうか。一瞬で暴力的な量の魔力に包まれ、質量さえ感じるかと錯覚するほど重く圧し掛かる。すぐに理解した。この魔力は次元が違う。ここまで大きな魔力を俺は感じたことなんてない。




「リ、リコ」




 僅かに震える声を出来るだけ自制しつつ、隣にいるリコへ視線を向ける。しかしリコは肩を震わせ、両手で自分を抱き、膝を付いている。

 無理もない。俺ですら手が震えているんだ。ここまでの魔力は初めてだ。ただの魔力で人を殺せるのではないかとさえ錯覚する。


「ゆっくり深呼吸しろ。動けるか?」

「ごめんなさい。……もう少しだけ待ってください。すぐ動けるように頑張ります」

「一旦ここにいろ。俺が先行して様子を確認してくる。いいな」

「――はい。どうかお気をつけて」



 立ち上がり、自分に喝を入れもう一度魔力を漲らせ宮殿の方へ移動した。そうしてみた光景は――殿だった。



 

「なんだ――あれは」



 普通の結界魔法とは違う。あれはなんだ? あの中はどうなっている? 疑問ばかりが頭に浮かぶ。もっと近くへ移動するべきか。



 さらに近くへ移動した。そうして近づくと肌がチリチリするのが分かる。出来れば近づきたくないが幸い悪意を感じる代物ではないと判断する。だが問題はこれが誰の魔法なのかという事だ。ケスカだろうかと考えるが違うだろうとすぐに判断する。あの真祖の魔法は血を媒介としたのはず。


 

 ならこれは――。




「おいおい。お前か? 人の家に妙な魔法を放ったのはよ」



 声が聞こえる。しまったな、目の前のコレに意識を割かれ過ぎた。ゆっくり声のする方へ視線を向ける。



「お前は――」

「あん? なんだ他所もんだな。この都市で俺を知らない奴はいないはずだしな」

「……オルケズ・ルクテュレアか」


 水色の長い髪を手ですきながらにやにやした顔で俺を見ている優男。間違いないこの都市の領主だ。



「なあ。お前の仕業か? 俺の大事な婚約者を閉じ込めたのはよぉ」

「――さてどうだろうな」



 どういう意味だ。閉じ込められた? まさかケスカはあの中にいる? という事はこれは――イサミの仕業か!?



「俺の愛しい人。ここまで人を愛した事はないんだ。お前……俺の最愛を奪ったなぁああああ!!!」




 まるで狂ったように激昂したオルケズに同調するように巨大な水柱が立ち上がる。宮殿さえも超え、この一画を一飲み出来るであろうレベルの水柱が立ち、そこから現れた生物を見て思わず下唇を噛む。



 美しい蒼い鱗。二本の長い角が枝葉のように伸び、その巨体は天にまで上るような大きさ。その巨大な龍――水龍ティルワスがこちらを見下ろしていた。

 


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