第181話 狂乱水城のルクテュレア16

 水龍ティルワス。


 ルクテュレアの守護龍と呼ばれる伝説の存在。言い伝えによればまだ幼いティルワスが怪我を負っていた際に、当代のルクテュレアがそれを助けたのが契約の切っ掛けだったそうだ。



 ”友を忘れるな”。



 初代領主ルクテュレアの残した言葉である。友とは当然ティルワスの事だ。かの龍と人間であったルクテュレアは友情の証として契約を結んだとされている。そしてそれが代々続く長い契約の始まりとなった。本来知能が高い龍種であるが、ティルワスは幼い頃から独りであり、ノタリクテス湖から外へ出る事もなくなったため、どうしても他の龍と比べると幼さが残っていた。それゆえ、ティルワスと結んだ契約内容は非常に甘い。それは月に1度。一緒に過ごすという事だった。龍と結ぶ契約の中では破格ともいえる。

 

 だが、歴代のルクテュレアは違っていた。龍と友情を結んだのはあくまで初代であり、その息子、孫と続く子孫たちはティルワスを友と見る事が出来ていない。

 契約上の理由で月に1度、巨大な龍と共に過ごさなければならないというを払い、この都市を運営していると代を重ねるごとに意識が変わっていったのだ。とはいえ無理もない一面もある。なんせ相手は家を丸のみ出来る程の巨大な龍なのだ。いつ自分が殺されるか分からないという恐怖に苛まれもするだろう。


 もちろんティルワスにそんな気持ちはない。ただ友であるルクテュレアと共に過ごし、触れ合いたかっただけだった。言葉は通じなくとも声を聴きたかった。ただそれだけだったが、どうしても代を重ねるごとにティルワスは薄々気が付く。




 ああ。もう友はいないのだと。




 楽しみであった月に1度の触れ合いの時、だが歴代のルクテュレアはただ義務のように固い声で今月あった出来事を話すだけ。決してティルワスに触れようともしない。その時間がいつしか苦痛へと変わり始めた時だった。妙な力が水を通じて自分に浸食してくるのを感じたのは。







 リオドは駆ける。あの水龍が操られているのか、それともオルケズの命令で動いているのか分からない。ただこのまま同じ場所に居続ければ間違いなく攻撃を受ける。躱すことは出来る。だが都市の被害がどうなるかわかったものではない。



「ああ、くそ! これじゃ結界の核どころじゃないっての!」



 そう愚痴をこぼしながら武装し、考える。だがリオドは初手を間違えた。都市の被害を考えまず狙われている自分が移動する事によってその被害を減らそうとしたのだ。そして駆けた後そのミスにリオドも気づく。



(失敗した。初手でオルケズを影転移で近づくべきだった)



 あれほど巨大な龍なのだ。細やかな攻撃をするとは思えない。恐らく水を使った質量攻撃を仕掛けてくるはずだと考える。そうなると契約主であるオルケズの近くがもっとも安全であり、上手くすれば水龍自体を何とか出来たかもしれないからだった。



「オルケズは――」



 流れる視界でオルケズを探す。だが既に水の膜のような物に守られ上空へ浮かんでいるのをリオドは舌打ちをしながら見つけた。

 あれでは転移で近づけないからだ。完全に後手に回っていることをリオドは自覚し、さらに膨れ上がる魔力を感じ上を見る。




 巨大な水球。それが数百という数が宙に浮かんでいる。ゆっくり回転している水球の速度が徐々にあがっていく。回転速度はどんどん上がっていき、もう触れただけで弾け飛びそうなほどの回転数になった。そして――空気は爆ぜた。


「ッ!」


 何が起きたのかリオドは目で追えなかった。ただ浮いていた水球のうち数個がいつのまにか消え、そして次の瞬間雨が降っていたのだ。ただ分かったのは水龍があの光の繭に攻撃をしているという事。

 その証拠にあの光の繭周辺がまるで爆心地のように先ほどまでなかった破壊跡が残っていたからだ。



 その結果から水龍が行った攻撃をリオドは察する。あれは大砲だと。



 空中に浮かんだ水球。あれは弾丸なのだ。振っていた雨が、いや爆ぜた水の雫が次第に収まっていく。何発撃たれたのかリオドには分からない。あの一瞬で消えた宙の水球は多くて数個。ではもしあれが全部放たれたら?



 そう。ティルワスの狙いは。いやオルケズの狙いは初めからリオドではなかった。ケスカを捕らえているあの光の繭。あれを破壊し助けようとしている。それを理解しリオドは腹を括った。

 あの繭の中がどうなっているかなんてわからない。ただ恐らくあの中でイサミとケスカが壮絶な戦いを繰り広げられているのだろうことは想像がつく。それを邪魔されてはまずい。




「グァァアアアアア!!!」



 ティルワスが咆哮する。空気が震え、魔力が肌に叩き込まれるような感覚を覚える。だが不思議なことにまだ動ける。



「これならさっきの魔力の方がよっぽどおっかなかったぜ」



 魔力を練り上げ、まっすぐにリオドは跳躍した。集めた魔力を手に集中させ、拳をティルワスの額にめり込ませた。僅かにティルワスの頭がずれる。その感触から手ごたえがほとんどない事にリオドは気づきすぐに後頭部の方へ移動した。そして先ほどまでリオドのいた場所に幾重もの水の槍が発生した。リオドの移動が一瞬でも遅れていれば串刺しになっていただろう。



「……流石に龍は硬いな」


 

 龍と竜は違う。それは知能やその魔力保有量、強さなどは当然だが、決定的に違うのは巨体であること。数倍程度ではない、数十倍は大きさが違うのだ。だからこそ普通の人では龍に太刀打ちする事なんてできない。国レベルの戦力が必要なのだ。



『リオドさん!! 遅くなりました!』



 リオドの耳にリコの声が響く。通信用魔道具から発せられる声からリコがこの場に来ている事をすぐに察し、ならばとリオドは指示を出す。



「リコちゃん! 俺が水龍の注意を引くからその間にオルケズを叩け!」

『オルケズ――。確かこの都市の領主ですよね。まさかあの飛んでいる男性ですか!?』

「そうだ。気を付けろ、オルケズを叩くとティルワスがそちらも攻撃する可能性がある!」



 そう叫ぶとリオドはさらに魔力を練り上げ、こちらに振り向こうとしていたティルワスの鼻を思いっきり殴りつけた。僅かにティルワスの顔が動く。どこまでダメージを与えているか分からない。だた幸い無視できない相手だとリオドを認識したようだ。


「グァァアアアッ!!」


 巨大な口が開きリオドに噛みついた。

 

「”完全なる影ノルス・マグナ”」


 

 リオドは闇魔法の使い手である。世界でも闇魔法の使い手は数が少なく、その希少性は高くまた研究も盛んにおこなわれている。その中でリオドが持つ魔法の特性は影である。自身を完全な影へ変化させ、一定時間あらゆる攻撃を無効化させる。当然この間攻撃をすることはできないが相手の意表をつき攻撃に転じる事が可能。


 閉じたティルワスの口から黒い影が抜け出てそして実体化し、ティルワスの口内の影を利用して武器を作り出しティルワスの首に投擲した。影の武器化は様々な制限がある。まず大きな武器を作るためには大きな影が必要だという事。自分自身が作る影からは武器を作れないという事。そして耐久力がほとんどないという事だ。

 だが、威力は絶大だ。たった一撃しか扱えない武器であるが、それはどんな物体さえも切り裂く刃となる。

 リオドが投擲した影の武器はティルワスの首に刺さり、武器は砕け散り、影へと還る。だがその武器が刺さった傷から初めて水龍ティルワスは血を流した。



 

 

 

 

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