第177話 狂乱水城のルクテュレア12
さて。なにやら懐かしい奴がいるらしい。ぜひ会いたいものだ。いや別に今更殺すつもりはなかったんだが、ここまで派手に動いているんだしそれなりに覚悟はあると見ていいだろう。ケスカの不死性は中々面倒だが今回は攻略法を考えてある。うまく行くか分からないがとりあえずやってみるとしよう。まあせっかく回復した魔力を半分くらい使うかもしれないが仕方ないとあきらめよう。
場所は恐らくこの一番奥の宮殿みたいな屋敷だろうか。こういうのは何か偉そうな所にいるのが相場だし一応みてみるとしよう。ある程度ここにいて分かった事だが洗脳された結果なのかここの住人はどうにも物事に対して、無関心になっている傾向がある。俺が暴れた麦畑も一応被害が出ないように注意は払っていたが、横であれだけ騒ぎを起こしていたのに一瞥しただけで、普通に作業に戻っていた。だからここにいる連中を気にしても無駄だ。ケスカがいるなら恐らくここの水源に血でも混ぜている可能性が高いか。
そう思いながら移動していくと、また大きな広場に出た。本当に似たような作りが多い街だ。水路は飛び越えればいいが、人が多いのが面倒で仕方ない。適当に屋根に飛び移りそこから移動しようと思った時。足元の影が大きく広がった。
「おや」
墨を水の中へ落としたように広がっていく影。数十本の棘が足元から生えて俺の身体を貫こうと生えてくる。避けるのは簡単だが避けるまでもない。鋭い漆黒の棘は俺に刺さる事はなく、皮一枚の所で静止する。足元の魔力から似たような魔力を放つ奴を探すため周囲に魔力を広げた。
「……みっけ」
建物の隙間、僅かな影の中にそいつはいた。広場を包むような閃光を放つ。恐らく影の中に潜っていたのだろう。だがこうして光を与えてしまえば影を維持する事は出来ない。魔法の属性には相性があるが、光属性と闇属性の場合は属性相性ではなく互いの力量に左右される。
「くッ!?」
現れたのは老齢の魔人。乱れた白髪に深い皺が刻まれた顔。それが俺を見て驚愕し、一瞬憤怒のような顔を見せた後に、恐怖へ変わっていく。
「き、貴様は……」
「ん、なんだ知り合いか? 魔人の知り合いはそういないはずなんだが――」
これだけの騒動があっても広場の人々は変わらない。まるで隣人が水を床に零してしまった、その程度の興味しかしめさない。好都合といえば好都合だがここまで深刻だと本丸を倒して終わりになるのか少々不安だな。
「な、何故だ。何故貴様が生きている! 死んだはずだ!!」
「待て待て。初対面でいきなりそれはないだろうよ。別に死んだことはないぞ」
「嘘だ!!! これは幻覚だ。我らを貶めるための人間の卑怯な戦術だ!!」
白髪の魔人の魔力が膨張する。すると広場にいた人々の影がまるで水のように破裂した。破裂した影はそのまま人々を飲み込み次第に人の形をした影へ変わっていく。
「ケスカ様の安寧のためにも貴様はいてはならんのだッ!」
黒い影たちは、大よそ元が一般人だったとは思えない速度で俺に向かって殴りかかってくる。
なるほど、人質兼雑兵扱いにする事で俺を仕留めようと思ったのだろう。確かにここにいる人々は一般人であり、元勇者である俺からすれば守るべき対象ともいえる。悪くない戦術だ。あのリオドたち辺りなら苦戦したかもしれない。
「――無駄な事するな」
そう、前提が間違っている。そもそも俺はもう勇者ではないし、正直この世界の住人はある程度はどうでもいいかなとさえ思っている。正義感や義務感でここで戦っているわけじゃない。俺は仕事で来ているんだ。だから必要であれば一般人を巻き込むような戦い方をする事に躊躇はない。
そしてもう1つ。これが根本的な間違いだ。
「そもそも、お前程度の魔法は無効化するの何て造作もない」
指を鳴らす。小さな太陽が出現したかのような輝きが周囲を照らす。その光に祓われるように影は消え、飲み込まれた人々は地面に倒れていく。
「――そ、その魔力――貴様は本当に……」
「誰かは知らんが勘違いじゃないか?」
俺は
名前も知らない魔人の頭部を放り投げ、そのまま消滅させる。
「さて、俺を襲ったあの3人組は
俺はポッキーを咥えながら街の最奥にある宮殿へ足を進めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん……」
目が覚めた。身体を沈め柔らかく包むベッドから身を起こしぼやけている意識を覚醒させようとする。私は何をしていたのだろうか。前後の記憶を思い出す事が出来ない。
「何か酷い悪夢に襲われていたような気がしたんだが……」
思い出せない。いや思い出そうとすると何て言うか身体がそれを拒否しているような。そんな感覚に襲われる。大きなベッドから抜け出し冷たい大理石の床に素足を付ける。ひんやりとした感触を感じながら寝室の扉へ向かって――異変に気付く。
「セルブス……?」
自らの血を分けた配下であるセルブスの反応を感じない。いやそれだけではない。他の配下の気配もまったく感じないのだ。
何かが起きている。ドアを開けようと伸ばしていた手が僅かに震えているのが分かる。この悪寒はなんの?
ゆっくりとドアを開けた。ギギギと音を立てながらゆっくり開いていくドアの音が妙に大きく聞こえる。意を決してドアを押し廊下に顔だけ出してみる。
誰もいない。
いやそれだけじゃない。洗脳し支配していた人間の気配も感じない。何かが起きている。それは間違いない。だというのに私の足は重く、手が震える。右手の震えを左手で抑え、廊下を歩く。
既に日が落ち始めているのか宮殿内は妙に暗い。いつもなら天井の魔灯がついているはずだというのに明かりもない。普段であれば灯なんて必要性を感じないというのに、どういう訳か今はこんなにも明かりがほしい。近くの魔灯を付けるスイッチへ行き明かりをつける。
「なんで――」
明かりがつかない。何度もスイッチを押し明かりを付けようとするが一向に屋敷は暗いままだった。壊れている? そんな馬鹿な。昨日まではついていたはずだ。
カチカチカチ。何度もスイッチを押し、力を込め過ぎて破壊してしまう。手に残ったスイッチの破片を見てすぐにそれを捨てた。
「誰かいないの?」
思い切って声を出す。私の声が誰もいない廊下に響いた。でも誰かに見られているような、そんな気配を僅かに感じる。下唇を噛み、ゆっくり廊下を進みだした。向かう場所は食堂だ。あそこには常に誰かがいるはず。こんなに暗いんだ、多分もう時間はかなり深い時刻になっているのだろう。そう思い窓から外を見て私は声を漏らした。
「――なに……これ」
思わず窓に顔を近づけ外を見る。いつもそこから見える窓の風景は庭の木々のはず。だというのに窓から見える景色には何もない。いや正確にいえば何かはある。
廊下の窓から部屋の中が見える。同じ形の1人分程度の小さな机と椅子が均等にならんだ謎の部屋。意味が分からない。本当に何が起きているの? 何かの魔法? それとも幻術? いやそうだ。起きてから感じる違和感の正体。ずっと何かに見られているような感覚。これは――。
「何か大きな魔法の中にいる……?」
そうだ。この肌を刺すような強い圧力、すべてを潰しこむような圧倒的な魔力量。私はこれと同じ魔力を感じた事がある。
アレは――。
忘れろ。思い出すな。
十数年前――。
忘れろ、もう終わったことだ。
そんな2つの思考に苛まれながら屋敷の玄関まで足を進め、浅くなる呼吸を我慢しながら、ゆっくりと、ただ指先を当てるような感覚で扉を開いた。
「はあ……はあ……」
そこには見知った庭先はなく、見知らぬ暗い通路が続いていた。
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遅くなって申し訳ないです。
長くなったので分割しました。
次回はこの章で一番書きたかった所です。
お楽しみに。
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