第176話 狂乱水城のルクテュレア11

 この場から急速に離れていく気配を感じ、考える。追う事は出来る。あの3人には俺の魔力が付着したままだし、この都市内なら十分追えるだろう。なんなら転移で追いかけてもいいし、その気になればその魔力を利用して攻撃も出来るわけだがどうしたもんか。

 流石にあそこまで怯えられるのは中々ショックだ。涙を流すわ、鼻水垂れ流すわ、嘔吐するわ、小便漏らすわとまあ酷かった。俺そこまで酷い事してないよね? なんて自問自答しながら緩く追いかけていたら妙な連中を見つけた。

 明らかに日本人だ。そういやあの爺が言っていた。邪神が地球人を拉致っていると。なら間違いなくこいつがそうなのだろう。一瞬保護するべきかと悩んだが、どうやら既にどこかの国に保護されているみたいだし、放置してもいいのだろうか。



「それで? まだ答えて貰ってないぞ。帝国騎士が何故ここにいる。そして……なんでがそこにいるんだ?」



 目の前の帝国騎士に問いかけるがまあ馬鹿正に直答えないだろうな。一応粗末に扱われている訳じゃなさそうだし、保護はせんでいいか。


「……なんの話だ? ニホン人なんて種族は聞いたことがないが……」

「そうかい。ならそれでもいいさ。ただ約束しろ。その子が望まない事を強要するな」

「――何故お前と約束しないといけないんだ」

「それもそうだな。じゃこうしよう。その子に、いや他にもいるんだろうからその子たちだな。戦う事を強制させるな、無理強いをさせるな。本人が望んでいるなら兎も角、強制させていると俺が知った場合、お前たち帝国を潰してやる」

「ッなに?」


 そういうと一瞬だけ魔法を使う。脅すには十分な程度に。俺の魔力を感知し後ろに跳び距離を取った帝国の男は自分の身体へついた傷に気付き驚愕しているようだ。

 

「貴様――本当に何者だ」


 首、胴体、腕、足、目に付いた箇所全ての皮を薄く切り裂いた。流石に切断まではしていない。あまりバラバラにしても手元に回復用のポーションなんて持ってないからな。


「わかっただろう。お前程度なら瞬きする時間でバラせるさ。精々俺の脅しを覚えておけ、ついでに帝国にも伝えておけよ。――ん? 待てよ」


 この様子だと帝国に地球の転生者がいるんだよな。多分バラバラでこっちに転移されたっていうより、まとまってこっちに来てるんだろう。んで帝国にいるってことはまさか――。




「――」


 僅かに瞳がぶれた。どうやら正解のようだ。


「なるほどね。ならそこにあいつもいるな」

「――あいつってのは?」

「鉄仮面聖女アーデルハイト・ラクレタだ」

「なんだその鉄仮面ってのは……」

「おっと今のは忘れてくれ。怒られちまうからな。さて、そうなってくると色々事情が察せられるな。帝国に勇者がいるなら今回の魔王討伐は帝国主動で動いているってことだろ。ならお前らがここにいるのはこの都市にいる魔人を倒すためって所か」


 何やらずっとだんまりだが否定もせず、ただ俺の話を聞いている所を見るとそこまで間違っていないだろう。もしかしたら泳がせてるつもりなのかも知れないがな。



「さて、俺もある程度動く指針が出来た。ここにいる魔人について情報を教えろ。どうせ知ってんだろ? 協力してやる」

「その前に聞かせろ。お前の名前は?」

「それを言うなら自分の名も名乗ったらどうだ?」


 俺がそう返すと暫く沈黙したのち、男は自分の名前を言った。


「俺は――」

「偽名だと思ったら俺も適当な名前にするぞ」


 

 とりあえず釘を刺しておこう。意味があるか分からんが。



「……リオドだ」

「そうか。俺はイサミだ」


 多分名前の方のレイドを名乗った方がいいんだろうが、あまりこっちの世界でこの名前は使いたくないんだよな。俺の知り合いがどの程度まだいるか分からんが、変に絡まれても面倒だしな。


「んで、ここにいるのは誰だ。どうせその程度の情報は掴んでるんだろ? 協力してやるって言ってんだ。精々利用してみろ」

「そう、だな。確かにお前は強い。お前ならこの都市の魔人を倒す事は出来ずとも、注意を引き付ける事は出来るか。分かった。精々利用させてもらう」

「おお。そうこないとな。それにしてもそんなに強い魔人がここにもいるのか。今回の魔王の仲間は随分強いんだな」


 ネムも強かった。少なくともあいつと戦うなら俺はそれなりに本気で戦わざる得ない。こう考えると今回のデュマーナって魔王はかなり強いんだろう。俺が頑張って倒せればいいんだがね。


「まて、その言い方だとお前はどこかの魔人と一度会っているのか?」

「ああ。ようわからん魔人だったが会ったぞ」

「どこで? いや待て一応聞くがその魔人の髪は赤かったか?」

「ん、なんだ知ってんのか」

「知ってるのも何も……殺されかけたぞ」



 なんだ。あいつ暴れたのか?



「誰か殺されたか?」

「? いや、俺もリコも一応は無事だった。まあ2発喰らって俺は気絶したがね」

「……そうか。ならいいんだ」

 


 どうやらまだ約束は守っているようで何よりだ。



「それでいい加減教えてくれ。その強い魔人の名前をさ」

「あ、ああ。そうだな。ここにいる魔人はあのケスカ・クラウゼ。真祖の吸血鬼さ」









 俺がそう話すと銀髪の男は驚愕した様子で硬直した。無理もない。あの真祖の化け物がここにいるんだ。いくらイサミが強いとは言え驚くのは無理もない。


「馬鹿な。あいつが――?」


 どうやらこの男もあの伝説ともいえる真祖の名は知っているらしい。


「ああ。そうさ。それでどうする? その名前を聞いてもお前は行くのか」

「――そうだな。少し驚いたが分かった。任せてくれ」


 

 驚いた。向かうべき敵を知ってもまだそう言えるか。

 

 

「いいだろう。なら手を組もうじゃないか。俺たちの目的はケスカの持つ結界の核だ」

「結界の核だと? なんじゃそりゃ」


 少し考えるが別に隠すような事でもないし話していいだろう。それにこの男は利用できる。


「魔大陸は知っているな。あそこが魔王の本拠地だ。現在魔王デュマーナはクリスユラスカ大陸の人間を滅ぼし消耗している。そのため魔大陸にある迷宮”深淵洞穴ムルクミス”で消耗した身体を休めていると思われる。だがそこに大規模な結界が張られているんだ」

「その結界の核をケスカが持っていると?」

「ケスカだけじゃない。魔王の直属部隊であるトラディシオン達が持っていると推測されているんだ」

「ふーん。ようわからんが、なら俺がケスカと遊んでいる間に、お前らはその核を探せばいいじゃないか?」


 

 簡単に言ってくれるな。いやそれだけ自分の力に自信があるという事なのかもしれんが。


「とりあえず、その子はどうするんだ?」

「ああ。とりあえず拘束して目が覚めたら色々確認してみるさ」

「そうか……」



 そういうとイサミは水路の方へ歩き出した。近くにある船へ視線を向けている。



「あの船は?」

「わからん。恐らくだが俺が気を失っている間にリコが俺を移動させるためにどこからか調達したんだと思う」

「なるほどね」


 そういうとイサミはしゃがみ、水路の水に手を伸ばした。少しかき混ぜるように触りそして立ち上がる。不思議と手は濡れていない。


「ああ。なるほどね。その子確か水魔法の使い手だよな?」

「ん、ああそうだが」

「魔法で船を動かしたって所か。この水路、妙な魔力が流れ込んでるぞ」

「なんだと!?」


 馬鹿な。以前確認した時はそんな気配なんてなかったはずだ。


「微弱だしそうそう気づかないだろうよ。多分魔法で干渉した際にそのまま洗脳された口だな。そんな芸当まであいつが出来たとは思えんが――いやそういう事か?」

「なんだ。何か気づいたことがあるのか」

「いや、なんでもない。それより原因がわかったら対処は簡単だ。まだそこまで汚染されてないだろうし、これで治るだろう」


 そういうとイサミはリコの頭に触れて魔力を流し始めた。数秒触れ、すぐに手を離した。


「これでいい。多分大丈夫だろう。さて、俺は本丸に移動する。精々自分たちの目的を遂行するんだな」

「おい、待てッ!」



 そういうとイサミはその場から消えた。まったく追えなかった。どこへ行ったか分からない。あの赤い魔人といい、イサミといい。随分世界は広い。色々報告する事が多くなってきた。


 

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