第175話 狂乱水城のルクテュレア10

「う……」



 何かで揺れる動きで俺は目を覚ました。周囲を見ると街の水路で、今船の上のようだ。この揺れは船のせいかと思い、同時になぜここにいるのかと考える。ああそうだ。あの魔人と戦闘、いや戦闘と言っていいのかさえ怪しいものだったが、その後に俺は意識を失ったのか。という事はリコが俺を抱えてここまで逃げてくれたという事か。そう思うと次に気づいたのはそのリコの姿がない事だった。どこかへ行っているのかと思い周囲を見て固まった。


 リコが男と対峙している。リコの後ろにはよく見えば誰かが倒れているようだ。暴漢の類だろうか。リコは少し冷めているように見えて正義感の強い人間だ。大方この街で襲われている人を見過ごせなかったとかそういうのだろうか。



「次はこっちの番だ。お前はどこの出身だ」

「私は……」

「一応言っておく。嘘を吐かないことだ。正直に話せ、どこから来た?」



 状況がつかめない。だがリコが憔悴しているような気配は感じた。だからまず男の自由を奪う事を考える。拘束までするつもりはないが、相手の素性が分からない以上有利な立ち回りをしなくてはならない。そのため俺は、闇魔法による転移で男の後ろに転移し、持っているミスリル製のナイフを男の首にそえた。



「そこまでだ。俺の可愛い後輩に近づかないでもらおうか」



 男は動かない。動揺しているような気配も感じない。



「悪いな。念のため言っておくが魔力を少しでも動かせば首を斬るぞ。そのまま大人しくしていろ」

「――――だ」

「ん? なんだ」

「ただ話を聞こうとしただけだっていうのに、なんで見ず知らずの野郎にナイフを突き立てられなきゃならんのだ」


 ――話ね。そんな雰囲気には見えなかったんだがな。そう思っているとリコがゆっくり話始めた。


「本当にこの子が貴方の命を狙ったんですか? 私にはこんな怯えてる子がそんな事をするとは思えません」

「って俺の後輩が言ってるが?」


 視線を向けると確かにリコの後ろに誰かが蹲っている。手で顔を隠しながら震えているため俺からだと顔は見えないが、若い女のようだ。


「はあ――。最初に言った通りだ。俺が歩いてたらその女と他の仲間、合計3人で襲ってきたんだ。んで適当にあしらって、色々事情を聞こうと思って適当に追いかけてたらその女が一番近かったからここに来た」


 本当に妙な男だ。ナイフの刃が首に当たっているというのにまるでそんなものは存在していないかのように軽い口調で振舞っている。


「証拠はありますか」

「――は?」


 声のトーンが一段下がった。それと同時に何か妙な悪寒が俺を襲う。だがリコの言葉は止まらない。


「こんなに怯えてこの子は震えています。対して貴方は3人に襲われたという割には無傷で、服の汚れすら見当たらない。一方的に襲われたというのではなく、貴方に襲われた原因があるのではないかと思ってしまいます」



 まずいと俺はすぐに思った。確かにそんな証拠はないし、俺から見てもあそこまで怯えている様子の子が自分から襲ったとも考えにくい。だが、第三者である俺たちにそんな事は判断できないし、ここの警備隊でもないのだから、それを取り締まる権限だってない。この場で俺たちに出来るのは精々仲裁に入る事。

 だから目の前の男がどの程度の脅威か分からないため、少し強引でも有利な立場へつくために俺も強硬手段に出ている。それが裏目に出ているのか妙にリコは強硬的な姿勢を崩さない。



「――人が大人しくしていればつけあがる。……ああ、なるほど、お前らはそういう類の輩か」

「おい、落ちつッ!?」


 気づけばナイフが男に握られている。そんな風に刃を掴めばたちまち指が切断されてもおかしくない。事実このナイフはミスリル製のナイフでオーガの骨だろうが簡単に切れる代物だ。すぐにやめさせようとした瞬間、信じられない事が起きる。



 ナイフの刃が砕けた。まるで飴細工のように粉々になって――。



 思わずナイフの柄を離してしまう。そしてすぐにバックステップをして距離を取った。



「大人しくしてください! どうしてそんなにその子を追い詰めようとするんですか!」

「命を狙ってきた輩を放置するほど俺は優しい方じゃない。とはいえ弱い者いじめをする程暇でもない。だから、その女からこの街の事情を聞こうとしただけだ。……ああもしかして、お前らはそこの連中の仲間か?」


 男が一歩足を踏み出す。拙いとすぐに直観した。すぐに転移、しリコの前へ移動する。鎧を纏い、いつでも戦えるように構えを取った。だが内心ではこの事態をどう収めるかだけを考えていた。

 虎の子だった結界は既に使い潰している。残りはあと1個。流石にここで使う訳にはいかない。それに相手は思った以上に強者だ。どうしてこう立て続けに馬鹿みたいに強い奴と会うんだと内心叫んでいる。


「おい、落ち着け! リコもだ。それ以上挑発するな!」

「何を言っているんですか! この子を助けないと! そのためにこの人は邪魔なんです!」



 ……待て、流石におかしすぎる。確かに正義感が強い子だし、初めての国外だからそれも相まっての暴走かと思った。だがここまで行くと流石に違和感を感じる。



「おい、リコッ! お前――」


 残りの言葉を続ける前にリコの魔力が膨張した。水路の水がまるで触手のように首を持ち上げる。そしてその水の触手は銀髪の男へ向けて攻撃を始めた。鞭のような速度で水の触手数十本が男のいる場所を叩きつける。地面が割れ、水しぶきが飛び、轟音と土煙が一気に広まる。


 常人なら立つこともできないであろう程の攻撃。だというのにあの男は何もなかったかのようにまっすぐこちらに向かって歩いてくる。



 

 躱すわけでもない、防御している様子さえない。




 だというのに、あれほどの攻撃を一身に受けてまるで何もなかったかのようなその姿に俺は驚愕する。何もしらない奴がこの光景をみたらどういう方法であの攻撃を防いでいるか見当もつかないだろう。

 だが俺はわかった。あの男はなのだ。ただそれだけであの攻撃を防いでいる。いや当たってさえいないという方が正しいか。魔法戦闘における勝敗とは魔力の量や質で決まるわけじゃない。そんな事は誰だって知っている。だというのに、リコの魔法は男に当たる直前、男が放っている魔力へ干渉できず、攻撃が意味をなしていない。




「――どうやったらそんな芸当が……」




 魔力は色で例えられる。確かに理論上他者よりも強い魔力を持っていればそもそも魔法自体効かない可能性はあるだろう。だがそんなもの机上の空論だ。あり得るのか? 一体どれほど魔力の質が違えばそんな芸当が可能になるんだ。



「おい」



 化け物。ここまでの強さを持った人間を俺は知らない。



「おい、帝国の」



 ミティスで対抗できるか? いや本気のミティスでさえこの男に……。



「無視か? ああ――くそ、仕方ないな」



 男が消える。一瞬だが完全に見失った。だがすぐに居場所に気付く。リコの所だ。振り変えると気絶しているリコを男は抱えていた。そのせいか先ほどまでの攻撃魔法も完全に消えている。

 


「さて、よくわからんが、お前のお仲間はいつもこうなのか?」

「い、いや。違う。ここまで一方的に自分の意見を押し付けるような子じゃない」



 くそッ何が何だかわからん。俺が意識を失った間に何かあったのか? どう考えてもリコの様子がおかしい。まさかこの都市の水を飲んだのか。いや注意したはずだ、そんな不用意な事をしていないはず。



「ふーん。まあいいや。ほれ」

「おっと」



 そういうと男はリコの身体を投げてよこした。人質にもしないという所を見るとこの男は無害と考えるべきか……いやどの道俺の手に負える相手じゃない。



「それでお前ら帝国騎士がこの都市に何の用だ?」

「――何故そう思う?」

「一度帝国騎士の変なおっさんに喧嘩を売られた事があってな。お前と似たような装備をしていたから覚えてる」


 

 その話に内心首を傾ける。俺の鎧は帝国内でも上位の者しか所持していない魔力武装型の魔道具だ。今だと俺を含めた6人と、後は近衛騎士団長のアベルしか装備していないはずなんだが。



「まあいい。まったくいつのまにか逃げられたみたいだし、また振り出しだ」



 その言葉に気付き俺も周囲を確認する。――いない、あの倒れていた女が消えている。



「それで? まだ答えて貰ってないぞ。帝国騎士が何故ここにいる。そして……なんでがそこにいるんだ?」



 ……本当に、この男は何もんだ。

 

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