第127話 悪憑きー創ー7

「こ、ここは……」


 蝋燭の明かりだけが僅かに灯る真っ暗な部屋。燭台に刺さった蝋燭が数本あるだけの部屋で一ノ瀬は目が覚めた。咄嗟に立ち上がろうとするが椅子に足が固定されており上手く立てず音を立ててそのまま床に叩きつけられた。


「くそ、なんなんだ?」


 幸い両手は動くため手を床につけてゆっくり起き上がる。一緒に倒れた椅子を何とか起こして悪戦苦闘しながらも先ほどと同じ姿勢に戻る事が出来た。そしてすぐに椅子と足を固定している物を外そうと自分の足に触れた。



「くそッ! くそ! 外れねぇ! これは……結束バンドか?」


 爪を立て何とか外そうとするがズボンの裾が捲られ足と椅子の脚に結束バンドが巻かれている。肌に食い込むようにきつく縛られているため動かすと痛みがある。一ノ瀬はなんとか外そうと力を込めて引っ張り、千切れないかとやってみたが、まったく切れる気配がない。


 なんとか足元のバンドを外そうとしていると足音が聞こえてくる。一ノ瀬は音のする方へ視線を向けるが暗闇のため何も見えない。しばらくすると革靴が見えた。そのまま視線を上げていくと――。



「お前、確か長谷川か!?」

「はい。一ノ瀬さん。目が覚めたようですね。さあお話をしましょう」

「ふ、ふざけんな! 今すぐこれを外せ! 警察に通報するぞ!」


 そういうと長谷川はまた張り付けたような笑顔を見せて一ノ瀬から少し離れた場所に立ち止まった。


「一ノ瀬さん。貴方の大好きなお金のお話ですよ」

「は……なんだって?」


 思わず動きを止める一ノ瀬。


「申し訳ありません。一ノ瀬さんの事は我々十分調べているんです。霊感商法による詐欺を行い金を騙して儲けていることもね」

「ちッ! じゃあレイストーンの話もでっち上げか?」

「いえ、それは本当に探しておりますよ。その人物の能力が噂通りこちらで入手した通りであるならば、是が非でも接触したいのです」


 一瞬張り付いたような笑顔が消えた長谷川は一ノ瀬にとってこの上なく恐ろしいものに見えた。


「さて、商売の話をしましょう。こちらのとって重要なのはだという事です」

「なんだと……?」

「悪い話ではありません。いいですか?」




 そこで長谷川から語られた内容は一ノ瀬にはとてもじゃないか信じられる内容ではなかった。確かにおいしい話だ。金儲けもできそうだし、それ以外にも有効利用できそうな気がする。



「信用出来ませんという顔ですよね。ですが我らの力の一端を貴方も見ているはずです。ほらあちらを」


 そういって長谷川は右手を伸ばした。一ノ瀬は嫌な予感でいっぱいだった。この流れは気を失う前にもやっているからだ。ゆっくり、目線だけを動かす。


「……ッ!」


 ――いる。上半身しか見えないがあの時みた女がそこにただずんでいる。そして見ていると次第に身体が痛みだしてくるのを一ノ瀬は感じた。まるで少しずつ関節が逆方向へ曲げられてしまう。そんな強い力だ。


「ア˝ア˝ア˝ーッ!」


「ああ。すみませんね。カンちゃんこれ以上はやめて貰えますか?」


 長谷川がそういうと一ノ瀬を襲っていた不可思議な力が一気になくなる。滝のような汗をかきながら強張っていた身体を脱力させつつ長谷川の方を睨んだ。



「はぁはぁ……な、なんだアレは! 普通の霊じゃないな」

「ええ。我ら”星宿”で取り扱っている呪いの一種です。ああ伝承霊という名称ですよ」

「伝承霊だと?」

「はい。いわゆる怪談に出てくる霊を実体化させたものだと思って下さい。というか私もそれ以上の詳しい話は聞いていないので知らないのです。さてここからが肝心なお話なのですが、この伝承霊を使ってお金儲けをしてみませんか?」

「……なんだと?」



 思ってもいない提案に一ノ瀬は眉をひそめる。なぜ自分にこの話をするのか理解できないからだ。そんな良く分からない力があるなら普通は独占したがるはず。それを他人に話す理由なんて普通はない。



「一ノ瀬さんの疑問を当てましょう。なぜそんな話を独占せず話すのか。ですね」

「……そりゃそうだろ。俺だって星宿がどういう所か噂くらいは知ってる。だったら教徒がそれなりにいるはずだろう。わざわざ部外者の俺に話す理由がない」


 そういうと長谷川は笑っていた顔を始めて崩し真剣な顔で一ノ瀬の目を見つめた。


「簡単な話です。我ら教団にこの伝承霊を扱える人材があまりいないのですよ。どうしても使用するだけなら誰でもできますが、伝承霊をある程度操るためには霊能力がある程度必要なのです。その点一ノ瀬さんは素晴らしい。その要素をもっていらっしゃる。だからこういう商談です。こちらで伝承霊を提供します。それを使ってぜひ金儲けをして下さい。方法は言わなくても分かるでしょう?」


 確かに、そんな強力な霊を操れるのならわざと憑りつかせてそれを自分で祓うというマッチポンプをやればいい。一ノ瀬は考える。この話自体はまだ胡散臭い。だがもう自分の未来は決まっているのは流石にわかる。いまだ身体は拘束されこんな秘密を暴露されたのだ。ここで拒否すれば間違いなく殺されるだろう。とどのつまり選択肢何てないのだ。だったら――。



「……取り分は?」

「7:3でどうです? こちらは商売道具を提供するのです。悪くないでしょう?」

「いいや、だめだね。本当に制御できるか分からない道具を使って商売するんだ。リスクを考えたらその取り分はぼったくりだぜ」

「では6:4でどうですか。こちらも伝承霊を作るのはそれなりに骨なのです」

「だったら最初の依頼はそれでいい。ただし2回目からはその逆。4:6にしろ!」


(わざわざ俺みたいな詐欺師まがいの霊能者を欲するくらいだ、この程度は踏み込んでも問題はないはず)


 そう考えた一ノ瀬は強気の姿勢を崩さず小さく笑った。少し考えた様子の長谷川だったが最終的には一ノ瀬の提案を承諾する事にした。


「いいでしょう。せいぜい稼いでくださいね。ああ一応ないと思いますが、万が一こちらを裏切った場合、お渡しする伝承霊を使って貴方を襲わせることくらいは造作もありません。そこはご理解下さいね」

「自分の立場くらい分かってる。そんな馬鹿な真似はしねぇよ。それよりいい加減このバンド解いてくれないな? 足いてぇ」


 そういうと長谷川はポケットからカッターを取り出し一ノ瀬の足を結んでいた結束バンドを切断していく。ようやく自由になった一ノ瀬は赤く痕が付いた自分の足をみながら長谷川に言った。



「で、俺にどんな霊をくれるんだ?」

「ええ。いいものがありますよ。一ノ瀬さんは大の女性好きと聞いていますからね。この伝承霊なら上手く事を運べば合法的に女性を抱く事が出来て、さらに依頼料も受け取る事ができるでしょう」

「なんだ、えらい都合のいいやつがいるんだな。それ名前とかあんのか?」


 一ノ瀬がそう質問すると長谷川はまた作ったような笑みを浮かべこう言った。




「――ヤマノケと言います」

 




ーーーー

過去話ケスカ編を更新しました。

一応こちらでケスカ編は終了です。

あわせてご覧いただけますとうれしいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816700428079810318/episodes/16817139555036865684



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