第114話 愛しく想ふ10
Side ■■■■
「くそっ! なんなんだ!」
暗い部屋にPCの画面だけが明かりとして機能している。そんな部屋に鈍い音が数度響く。男が下唇を噛み、血が滲んでいるがそれも気にせずただ怒りとストレスをぶつけるために机を何度も叩いた。
「――はぁはぁ……」
肩で息をしながらもう数日は風呂に入っていないためべとべとの髪をかきむしる。目は見開き血走った目で左手の親指の爪を噛み始めた。目の前にはPC画面いっぱいに映る想い人たる四季日葵が笑顔を向けている。
「途中までうまく行っていた。ひまりんの家も特定できた。パジャマ姿で寝るひまりんはかわいかったし、お風呂に入っているひまりんを見た時は死ぬかと思った。もうすぐ次の段階に入れるかと思ったのにッ! なんなんだ
ドンッ!!
更に強くテーブルをたたき指に強い痛みが走りすぐに我に返った。荒い息を整えながら自身の手を見ると青紫色に変色している。ゆっくり手を開くと強い痛みが走りまた強い怒りがこみあげてきた。
須藤大河の計画はうまく言っていた。夢のようだった想い人を近くで見る事ができ普段見る事ができない姿をさらけ出す彼女に強い興奮も覚えていた。だというのに3日前から急に想い人であるひまりんに近づけなくなった。
必死に近づこうとしているのにまるで見えない壁があるようにある一定の距離から前に進めなくなった。
「どうするどうするどうする」
トントン
「ッ!」
突然扉の外からノックの音が聞こえた。随分と大きな物音と大声を出していたため家族が起きてしまったのだとすぐに反省する。
「大河。どうしたんだ。随分大きな音が聞こえたよ。何かあったのかい?」
「パパ……」
父親の声を聴き大河涙が溢れてきた。そうだ、何も心配する必要はない自分には家族がいるのだ。それも頼もしい家族が。外に出なくなって久しく既に大きく膨れ上がった身体をゆっくり動かしながら扉の方へ歩く。
「ごめんなさい。パパ」
「いいんだよ、大河。どうした、ほらパパに言ってみなさい」
「聞いてよ。僕のひまりんが……」
数十分後。既に深夜という時間だがリビングに明かりがつきそこには3人がテーブルを囲んで話し合っている。
「あら可哀そう。大河ちゃんの恋路を邪魔するなんてなんて酷いのかしら」
「ああ。まったくだ。きっと日葵という子も大河が近くにいないことに不安を感じ泣いている頃だろう」
父親と一緒に起きた母親も交えて大河はこれまでの経緯を放した。自身が置かれている状況を説明し涙ながらに語っていると大河の父と母も強く同情してくれたのだ。
「うん。多分あいつだ。数日前に一度だけ僕の姿を一瞬目で追った奴がいたんだ。外人で女の子に囲まれてたからよく覚えてる」
「驚いたな。霊魂状態だった大河を視認したというのかい。随分霊感が強い人がいたもんだな」
「そうなんだ。そしてあいつを見かけてからひまりんに近づけなくなった。だから多分そいつだと思う」
家族に話少しずつ冷静になってきた事によって今起きている異常事態の答えを見つけ出そう大河は必死だった。そんな大河の頭を母がゆっくりと抱きしめる。
「ほら泣かないで。大河のかっこいい顔が台無しだわ。もうすぐ大河の38歳の誕生日だしその日に婚姻できるように頑張りましょう。貴方また
「ああ。それがいい。明日教団に行ってよい物を貰ってくるよ。大丈夫、パパたちに任せなさい」
大河の瞳に大粒の涙が溢れていく。なんて自分は愛されているのだろう。大好きな家族がいる。応援してくれている。こんなにも心強いことはない。
「うん。ありがとう、パパ、ママ。きっと僕ひまりんと結ばれる!」
次の日。大河は落ち着かない様子でPC画面の前に座っていた。幸い痛み止めを飲んだために手の痛みは抑えらえており昨夜はぐっすりと眠る事ができたためとても気分が良い。大好きな父が帰るまで後数十分。おもちゃを買ってくれる子供のように心臓が高鳴る鼓動を感じながら父の帰りを今か今かと待っていた。
ガチャ。
1階にある玄関が開く音が聞こえ大河はすぐに椅子から立ち上がり重い巨体を揺らしながら自室の扉まで移動しすぐに扉を開けた。部屋から出て廊下に身体を出し一階の方をのぞき込むと待ち望んでいた父ともう一人知らない人物が横に立っている。
「お、大河。今帰ったよ。リビングにおいで」
「パパその人は?」
「ああ。教団幹部の長谷川様だ」
紹介された長谷川という男はゆっくりと頭を下げ大河の方を見ていた。それがどこかうすら寒く少し不安を覚えたが次の父の言葉でそれも消えた。
「大河に渡した霊魂化のお香を用意して下さったのも彼なんだよ」
「ああ! あのすごいやつか!!」
そう。父から与えられたお香を焚く事で大河は自身の身体から離れ霊体として自由に動けるようになったのだ。
「須藤様からはいつも多額の寄付金を頂戴しておりますからこの程度は当然です。そんな須藤様のご子息の恋路を邪魔する輩がいると聞きいても立ってもいられませんでした。ご安心下さい。教徒区座里よりとっておきを頂戴してきましたので」
その言葉を聞き大河はまた心臓が高鳴った。あのお香ですら素晴らしい効果を発揮していた。それを上回る物なんて想像もできない。
リビングに移動し4人が座っている。そして長谷川が鞄より取り出した黒い布をゆっくりとテーブルの上に置いた。そして恭しい手つきでその布をゆっくりと開くと中に木箱が出てきた。そしてその木箱を持ち上げ大河の目の前に置く。
「どうぞ。開けて下さい」
大河は父と母の顔を見るとゆっくりと頷いている。息をのみゆっくりと目の前に置かれた木箱に手を触れ蓋を持ち上げた。
少し埃のような嫌な臭いがするがすぐに目の前のものに視線を奪われる。箱の中にはビー玉サイズの黒い塊が置いてる。鈍い自分でも目の前のものが凄まじい物だという事は理解できる。だが使用用途が分からない。
「これはどう使うんですか?」
「はい。確かご子息様は恋人の身体の一部を持っているとお父様から伺いましたが今お持ちでしょうか?」
「髪の毛ならあるぞ」
そう。まだひまりんが
「素晴らしい。その髪の毛を1本と貴方の血液をこの玉に載せて飲み込んで下さい。そうすると数日で貴方とその髪の持ち主である恋人は永遠に結ばれるでしょう」
「すごい! すぐに持ってきます」
階段を上ると膝が悲鳴を上げるがそんなものは気にならない。ようやくひまりんと一緒になれる。ようやく、そうようやくだ。部屋に入りお宝コレクションから瓶の中に入れたひまりんの髪の毛を持ってリビングに急ぎ戻る。その瓶をリビングのテーブルに置き、ゆっくりと瓶から髪の毛を取り出した。
「ではその髪を玉の上に載せて下さい」
そういわれゆっくりと髪の毛を玉の上に載せる。するとまるで髪の毛が溶けるように玉の中に吸い込まれていった。
「ッ! す、すごい!!」
「ええ。さあ次は貴方の血液です」
「あ、ああ。わかった」
テーブルに準備されていた包丁の刃に自分の指の腹を当てて擦る。一瞬強い痛みが指に走りそこから赤い血液が溢れ出す。それをまた同じように玉の上に載せた。すると先ほどまで黒かった玉が大河の血を飲み込み一気に黒から赤へ色が変わっていく。それを神秘的なものを見るような目で見つめた。
「素晴らしい。さあこれで伝承具”
「ひまりんと一つになれるッ!」
高揚する気持ちを抑え、大河は箱の中の赤く脈動さえしているような玉をそのまま飲み込んだ。
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次の更新は月曜日の予定です。
短く終わらせるつもりでしたが思ったより長くなりました。
ちなみに今回登場した伝承具もある有名な怖い話しを元にしています。
よろしければ考察してみてください。
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