第89話 赤く染まる1

 Side 五丈朝里


「え? ホントにあの物件買ったのか?」

『ああ。色々見て回ったけどやっぱ予算が全然変わってくるからさ』


 この電話の主である伊東直人は学生の頃の友人の一人だ。昔はよく馬鹿なこともやった中であり悪友と言っても差し支えはない程度の関係でもある。こいつから電話があるときは大体が飲みの誘いが多く丁度先月も何件かハシゴする勢いで数人で酒を飲んでいた。

 その時の会話を思い出す。そうだ、直人は開業医になるために物件を探している。そして格安の物件を見つけたとはしゃいでいたのだ。


「あぁ思い出した。確か以前病院として使っていたけど使われなくなった物件を見つけたって奴だろ。でもあれって確か――」

『ああ院長が首吊り自殺して曰く付きになった物件って話したあれだよ』


 そうだ。寄りにもよって院長が首吊りをして自殺した病院を買い取って開業医になろうとしているのだ。直人自身は最初迷っていたそうだが、彼の奥さんはそういった類の事はまったく信じていないため奥さんの鶴の一声で購入が決まったと言っていた。


「……大丈夫なのか? 流石に縁起悪すぎるだろ……」

『一応不動産からは毎日水を上げて手を合わせろってすごい言われたよ。でもかなり予算抑えられたからさ。まぁ大丈夫だろ』

「一応お祓いとかした方がいいんじゃないか?」


 俺自身も霊を信じているわけじゃないが、流石に気味が悪すぎる。


『はははッ。朝里あさりも心配症だな。ま、一応近くの神社の神主さんにお願いしてあるし大丈夫、大丈夫』

「だと良いんだけど。とりあえず何かあればすぐ寺でも神社でも行けよ?」

『んで、これが本題なんだけどさ』

「うん?」

『……また飲みにいかね?』

「――了解」



 それから数日後。約束していた直人との飲みの日だ。いつもの友人たちを誘おうと考えていたのだが、直人からできれば二人で話したいと連絡があった。バカ騒ぎが好きな直人にしては珍しいサシの飲みだが偶にはそれもいいだろう。

 行きつけの店に行き、個室へ入る。まだ直人は来ていないようなので適当に料理を注文ししばらく待っていると直人がやってきた。


「お、随分遅かった――」


 俺は絶句してしまった。目の前の席に座った直人の様子が明らかにおかしかったからだ。まずいつもつけていないサングラスをかけている。そして帽子をかぶっておりマスクをするという如何にも変質者ですとアピールしているような服装だった。


「お前なんだよ。その恰好……」

「あ、ああ。すまないな」


 どこか弱弱しい声で話す直人はゆっくりと帽子を外し、サングラスを外し、マスクを取った。そして俺はその顔を見てまた固まってしまった。


「なんだ……それ?」

「――――」


 視線が泳いでいる直人の顔には不自然なまでに色が白かったのだ。だがよく見れば化粧をしているようだと気が付いた。慣れない化粧をしているからなのだろう。目元や口の周りなどにむらがあり随分と不自然な状態に出来上がっている。最初は笑いそうになったのだが、明らかに挙動がおかしい直人を見て俺は何かに気が付いた。


「お前もしかして……そうなのか?」

「――なんだよ。何か変か?」

「変も何もないだろう。でもまさかお前にそんな趣味があるなんてな……奥さんは知ってるのか?」

「はあ? 何言ってんだよ」


 なんだ、随分と様子がおかしい。何か思い違いでもしているのか


「いや随分下手くそな化粧してるじゃんか。だから女装にでも目覚めたのかなって」

「はあ!? いや違う! これはッ――」


 ドンッとテーブルを叩きすぐに我を取り戻した直人は頭を抱えた状態で何か小声でぼそぼそと独り言を言い始めた。そしてそれが落ち着いたと思ったら今度は近くにあったおしぼりを使い顔を拭き始めたのだ。

 濡れたおしぼりで顔が拭かれ、真っ白のおしぼりには顔に塗られていた化粧が付着していく。そうして顔を拭き終わった後ゆっくりと顔を上げて直人は俺の方を見てこう言った。


「どうだ。




 何色に見える? どういう意味だ。


「いや、普通の顔に見えるけど……」

「ほ、本当か!? 赤くなっていないか?」


 赤く? そういわれれば随分強く顔を拭いたためかちょっとだけ顔が赤くなっているような気がする。


「まぁあれだけ強く顔を拭けば多少は赤くなってるけどさ」

「違う! そうじゃない。もっとこう――そうペンキで塗られたみたいに赤くないか?」

「いや? 不自然な化粧をしていなければいつものお前の顔だぞ」

「――嘘はついてないよな?」

「だったら鏡見ればいいだろう」


 俺はそういいながらポケットからスマホを取り出しカメラモードにする。カメラを内側に切り替えてその画面を直人の方に向けた。その瞬間――。


「やめろっ!!!」


 手に痛みが走る。何が起きたか分からなかった。ただ直人が叫び俺が向けたスマホを思いっきり払い飛ばしたのだ。俺の手から離れたスマホはそのまま個室の外に出て廊下へ転がっていく。そしてゆっくりと現状を頭で理解した俺は直人に怒鳴った。


「おい! いきなりなにすんだよ!」

「お前こそ! 急に何してくれてんだ!!」

「はぁ? お前何言ってんだよ。お前があんまり顔を気にするからスマホで見せてやろうとしただけだろう」


 明らかに様子がおかしい。直人は目を血走らせ鼻息を荒くして俺を見ている。


「あの――お客様? もめ事をされるのであれば外でお願いできませんか?」


 流石に店員が俺たちの様子がおかしいことに気づきこっちに注意しに来たようだ。


「あ、ああ。すいません。ちょっとこいつ前の店で随分飲んでて酔ってるんです。もう騒がないので申し訳ない」


 俺は頭を下げ店員に謝った。店員からは次騒いだら出て行ってもらいますねと言われ、今回は温情を貰い俺はまた頭を下げた。

 店員が離れた後に廊下に落ちたスマホを拾い傷がないか確認をする。どうやら無事のようだ。それにしても直人はどうしたっていうのだろうか。直人の方を見るとテーブルに両肘を立てて頭を抱えている状態で固まっていた。


「はぁマジでどうしたんだよ。最初から話せって」

「――ああ。すまないな。実はさ……」



 そうして直人はここ数日の出来事を語りだした。


 

 




ーーーー

お久しぶりでございます。

職場でかなりバタバタが起きており、人が減ったりしたために仕事量が倍増しました。そのため執筆する気力が湧かず一か月放置という状況となっていた次第です。

本当に申し訳ございません。

今回のエピソードはツイッターのDMで頂いたお話を元に考えたお話です。

まだ仕事が落ち着いておらず、久しく執筆していなかったためリハビリのような形で執筆していきます。以前のように頻繁に更新できないと思いますが、お付き合いいただけますと幸いでございます。

よろしくお願いいたします。


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