第88話 虚空に願いを10 完

「それは本当ですか?」

「ええ、霊の除霊は出来ました。もう梅海町で首切り事件は発生しないでしょう。それより関係者にはどう説明を?」

「一応信用していますが……」

「ええ、大蓮寺さんに確認して頂いて問題ありません」


 

 今いるのは都内のある建物の中に部屋。そこにいるのは鏑木と俺の二人だけだ。


「それで、こういう場合はどうなるんです?」

「……すべての人が霊という不確かな現象を信じているわけではありません。特に今回の場合は被害者の遺族だ。自分の家族を殺した犯人が悪霊だなんて警察から言われて誰が信じると思います?」

「答えになっていないでしょう」


 目の前にある飲み物には手を付けず足を組み目の前の男を見つめる。これから俺がする事はほめられた事ではない。自己満足に近い行動になるだろう。それは彼との約束ではあるが、これがあの子のためになるかは定かではない。


「……犯人は捕まったと遺族の方々には伝える予定です。そして犯人確保の際に死亡――という設定で話を進めます」

「捏造すると? それで遺族が納得するんですか」

「して貰います。既にメディアには手を回しこれ以上事件の報道はさせないように手配しており、そして被害者遺族の方々には死亡による慰謝料が支払われます。だから後は本当に事件さえ解決していればそれでいいんですよ。――さて聞かせて貰いましょう。今回の事件の詳細をね」


 それが正しい処置なのか俺には分からない。失った人は帰ってこない中で金銭での補償がされるというのはまだ良い方なのだろうか。戦争などであれば国から支払われるのは当たり前だろうが、これはそういう事件ではない。


「……一月ほど前に梅海町で幼女を殺害する事件があったでしょう。その際に、犯人である寺田は霊を封印していた祠を破壊。それに封印されていた戦国時代の武者が人々を殺害していました。祠を破壊した際にその時に死亡した六花鳴はその霊に捕らえられていたようでなんとかそちらも成仏してもらう事が出来ました」


 俺がそういうと鏑木は腕を組み背もたれによりかかる。指を額に当てながら何かを考えている仕草のようだ。


「金髪の若者を殺していたのは恐らくですが、祠を破壊した寺田を探していたからでしょう。それがこの事件の全貌です」

「……なるほど。六花鳴の怨霊ではなく、偶然にもそばにあったその祠を破壊した際に発生した霊の仕業。そしてその武者の霊は君が除霊したという事ですか」

「かなり手ごわい霊でした。少なくとも除霊し周囲を探しましたがもう梅海町に気配は感じなかった。後は念のため大蓮寺さんに確認してもらえればあなた方も納得するでしょう」

「――疑問は多いですが、いいでしょう。一応君の言い分は信じます。だが、それでも分かりませんね」

「何がですか」

「今回の報酬の件ですよ」


 そういうと鏑木は少し身を乗り出してこちらに顔を近づけてきた。俺はその差すような視線を受け止めもう一度俺の臨んだ報酬を伝える。


「変わりませんよ。俺への報酬は遺族への手当て上乗せする形で回してください」

「貴方がそんなことをしなくても十分な金額が遺族には支払われますよ」

「それでもです。未来ある若者が死んだんだ。とてもじゃないがお金だけで解決するものではないのは理解しています。それでも今回は受け取るという気持ちにはなれない」

「……若いですね」

「それで結構です」


 そういって俺は椅子から立ち上がる。もうここで話す事は何もない。


「では入り口まで案内しましょう」

「ええ。お願いします。……あぁそういえばここに例の寺田がいるんでしたっけ?」

「そうです。本来であれば一度病院へ引き渡すべきなのですが、検察側がまだ奴の精神鑑定を崩せないか模索している状況です」

「会う事はできますか?」


 一瞬の内に部屋に静寂が訪れた。


「……理由を聞いても?」

「今回の事件の騒動の原因を作った人だ。会っておきたいなと思っただけですよ」

「そうですか。しかし残念ながら寺田は現在面会はできません。とても部外者を会わせられる程の状況ではないのです」

「それは残念です。では俺はこれで。あぁ見送りは結構です。道はわかりますからね」


 俺はそういって扉を開け、その場を後にした。後ろから数人の人間が付いてくる気配を感じる。露骨に尾行している感じではなくあくまで後ろを歩いているだけの様子だが、しきりに視線が俺に集まっている所を見ると間違いなく尾行なのだろう。建物の出口まで来た所で扉を開けてから俺は魔力を放出に背後にいる人間に魔法を放った。そしてその場で止まり建物を出ずにそのまま来た道を戻る。そのまま俺の後を付けていた刑事とすれ違う。


「こちら対象が建物から出たのを確認」

『何か不審な様子はあったか?』

「いえ、ありません。まっすぐ帰ったようです。後を付けますか?」

『不要だ。そのまま業務に戻り給え』

「承知しました」


 刑事の耳に装着されているイヤホンからかすかに聞こえる音から察するにやはり俺の様子を確認していたようだ。だから俺が帰ったかのような幻覚をこの二人に見せた。現在の俺は迷彩魔法をしようして潜伏している状況だ。さて、後始末をするとしよう。

 場所は不明だが、おおよその検討は付く。万が一のことを考え犯人が逃亡する可能性を考えればそのリスクを減らすためにも地下に収容するはずだ。俺はそのまま透明人間のような状態で歩き建物の中を進んでいく。


(って地下の階段がないな。エレベーターとかで降りるのか?)


 城の牢屋なんかは大体地下だったから地下を想像していたんだが、もしや地下ではないのか? 一通り見て回ったが地下へ行く道はないようだ。という事は上の階になるか。何名かの人とすれ違いながら2階へ移動して探索を始める。いくつかの廊下を歩き彷徨っていると……見つけた。通路に鉄格子のような壁を塞いでいる場所があった。恐らくここだ。


 隙間から向こう側が見える。想像していたような暗い牢獄ではなく、随分と明るい場所のようだ。強引に入る方法もあるが、ここで騒ぎを起こすつもりはない。向こう側が見えているなら十分だ。魔力を込め向こう側に転移魔法を使用する。そのまま白い通路を歩いていくといくつもの牢屋のような部屋が並んでいるようだ。鉄格子があるためこの場所で間違いないだろうが思ったより清潔な場所のようだ。

 このフロアに人の反応は3人。順番に見ていくとしよう。一人は太った年配の男性だ。座って何かぶつぶつと独り言を言っている様子だ。こいつではない。もう一人は白髪の老人のようだ。随分高齢のようだが何をやってここにいるのか少々疑問があるが今気にするべき事ではないだろう。そして最後の一人。




 黒い坊主頭の青年が寝転んでいる。金髪ではない。いや恐らく髪を丸めたから元の黒い髪になっているという事か。寝転んでいるが目を瞑ってはおらず何故か天井を見ているようだ。あぁようやく見つけた。


「寺田悟か?」

「……あ? 何飯? ははは! さっき食ったけどおやつでもくれんの?」

『――そうかお前が、そうか。……ようやく出会えたな』


 黒い煙が俺の身体がから出現し人の身体へ形成されていく。それが鉄格子の壁を煙のようにすり抜け一歩進むごとに人の形だった煙が黒い人のような姿へとなっていく。


「ッ! な、なにぐぁッ!!」


 大声を出そうとした寺田の喉を掴みそれを片腕で持ち上げ壁に押し付けている。喉をつぶす勢いで掴まれているために声が出せず苦しそうだがどうでもいいことだ。







 俺はあの日約束を交わした。道行に泣きすがる鳴ちゃんの近くへ行き、目線を合わせて話しかけた。


「鳴ちゃん。君の苦しみも怒りも俺には計り知れないものだろう。軽々しく気持ちがわかるなんて言えない。でも代わって怒る事は出来る。君の復讐は俺に任せてくれ。悪いようにはしない。だから――」


 魔法とは知識だ。どのような強力な魔法もそれを扱うものの知識がなくては成立しない。それゆえ俺は治癒魔法を学ぶために人体の構造を学んだ。では霊を成仏させる魔法を使うためにはどんな知識がいるのだろうか。どれだけ多くのホラー漫画を読もうとも理解できなかった。当たり前だ。あれは霊の怖さを物語として綴った書物が圧倒的に多いのだ。それを読んで霊を理解することなんて出来やしない。

 だからもっと初心に帰ろう。人の気持ちを漫画で知る事なんて出来ないのと同じように、霊の気持ちは書物から得られないのは当たり前だ。

だって彼らは人間なんだから。生きている死んでいるというのは関係ない。ただそこに確かにいる。そうだ。大蓮寺が言った通り霊能者とは霊のそばに立つことが出来る人間の事なんだ。


「死後も苦しむ必要はない。力を抜いて目を閉じて、ほら光が見えてくるだろう」


 そういいながら目を閉じて俺はゆっくりと魔法を使用した。特に何か効果がある魔法を使っているわけではない。ただ周囲を淡く光らせているだけだ。これに意味があるかなんて俺自身もわからない。ただ俺は願った。どうかこの子が安らかに成仏出来るようにと。



 どれほど時間が経っただろう。目を開けるとそこに鳴ちゃんはいなくなっていた。立ち上がり周囲を探すが誰もいない。いや未だ横たわっている道行だけのようだ。


『……あの娘は逝ったようだ。お主は目を閉じていたため、見ていないだろうがあの娘は少しだけ笑っておった』


 成仏出来た、という事なんだろうか。俺の拙い魔法がどれほど彼女の役に立てたか分からないがもし少しでもあの子のためになれたのなら良いんだが。


「そうか……それでアンタはまだ残っているんだな」

『元々儂に未練はなかった。だがそれでもこの世に残り続けておる。最後はお主の手で葬ってくれ』


 この霊は一体何なのだろうか。先ほどまでより力が落ちているところを見ると恐らくは六花鳴を依り代に力を付けた霊という事なんだろうが、このようなタイプの霊は初めて見た。


「あんたがあの子に力を貸していた理由は? 別に肉親って訳でも祖先って訳でもないんだろう」

『最初はただの同情であった。だがあの子に触れあの子の感情を理解し、あの子の思いを託された。だからあの子の怒りも苦しみも恨む気持ちもすべて儂自身の気持ちと同化しておったのだ。それゆえに無念だ。せめてあの子を苦しめた元凶だけでも殺しておきたかったのだが……』

「――いいよ、協力しよう。だが殺しはなしだ。そして奴以外を傷つけるのもなしだ。それが飲めるなら手を貸してやろう」

『良いのか。このような亡霊の望みを聞いて』

「良くはない。だから殺しはなしだと言っただろう。それでどうする?」


 そういって僅かに人の形を残している目の前の霊に声をかけた。


『……分かった。奴以外の人間には決して手を出さぬ、そしてやつを殺しはせぬと約束しよう。しかし――』

「殺さなければ好きにするといい。満足したら俺の所へ来い。祓ってやる」






 鉄格子越しに寺田はもがき苦しんでいる。どこまで寺田に道行の姿が見えているのかわからない。この程度の事しかできない自分が情けなく、自分自身の器の小ささを感じる。もっと割り切って人を殺した霊であると考え祓うべきなのだろう。この事件で被害者も多くいる。きっと彼らは俺がした事を許してくれないだろう。だからこそ少しでも償いを込めて報酬はすべて遺族へ回すようにお願いをした。

 結局は自分のためだ。少しでも自分の気持ちを軽くするために金を使って解決しようとした。いやな大人になったもんだ。そう自虐しながら俺はその場を後にした。後ろから寺田の苦しむ声を聴きながら……。





Side 大蓮寺京慈郎


「うむ、霊の気配は感じない。勇実殿の言う通り事件は解決したと考えてよいだろう」


 車での移動の中、儂は運転席にいる鏑木にそう伝えた。昨日連絡があり勇実殿が祓ったという梅海町の中を回っている。風情のある町だがどこか寂しさを感じる。無理もない凶悪な事件があったのだ。


「そうですか。では予定通りにこの後は進めていこうと思います。先生にもご足労お掛けして申し訳ございません」

「よいのだ。それで勇実殿への報酬はどうなっておる」

「本人の希望により今回は亡くなった遺族の方へお渡しする形になりました。随分正義感のある人ですな」

「……そうか」


 あの時の電話での会話を思い出す。あの時電話越しに何か覚悟を感じた。恐らく何かしたのだろう。報酬を辞退したという事はそれに対する後ろめたさからといった所か。若いなと思いながらも昔の自分を思い出す。かつては青い事を考えていた頃もあった。だが、妻を亡くし霊を祓う事に執着するようになってから儂は随分と変わってしまったと思う。だからこそあの電話の時に自分からあのような言葉が出るなぞ思いもしなかった。



「先生。お忙しい所申し訳ないのですが、もう一点ご相談したい事があるんです」

「なんだ。この事件と関係しているのか?」

「……直接的に関係はしていないのですが、無関係とも言い難いです」


 なんだ。随分遠回しな話をしているな。


「はっきり言いたまえ。どんな内容だ」

「実は別の事件の容疑者が最近霊に憑りつかれたと訴えているのです」

「なに……?」

「勇実さんから今回の事件の顛末の方は……?」

「聞いておる。――という事はその別の容疑者というのは子供を殺害した犯人の事か」

「……はい。数日前から突然苦しみだし急に暴れだすようになりました。何かに怯えている様子で追いつかない様子なんです」


 ……なるほど、そういう事か。


「視てみよう」



 警察庁舎の中にある留置場へ足を運ぶ。その廊下に足を踏み入れると背筋に冷たいものが流れた。映像から受けた印象に比べ随分弱っているようだが間違いなくいる。だが以前のような恐怖はない。悪霊とは生者に対して憎悪を向ける事が多いのだが、この霊はその憎悪をたった一人に向けているのだろう。だから部外者ともいえるこちらには興味がないのだ。


「こちらです」

「ああ」


 中を見るとベッドに拘束された状態の青年がいた。いたるところに包帯が巻かれているようで随分怪我をしている様子だ。


「霊がいると、暴れこうして拘束していないと自分を傷つけてしまうんです」

「……そうか」


 拘束されたベッドのすぐ横に黒い霊がいる。仰向けで拘束され、目を瞑っている寺田の顔を覗き込むように見ているようだ。


「確か彼は精神鑑定を受けて精神に問題があると言われているのだったかな」

「……はい。そうですが……」


 悪霊は自分の本能に純粋になる傾向がある。そして強い霊であれば自我を持ち自分に敵対する可能性がある存在には敏感になりやすいものだ。これほどの霊であれば儂という敵が近くにいる事なんぞ察しているだろう。

 一歩だけ前に出て近づく。すると黒い霊はこちらに顔を向けた。そこには何もない。ただ黒い塊が人の形をしているだけのようだ。だが恐らく視線は合っている。だというのに微動だにせずただこちらを見ているだけだ。念のため備えていた護符も懐に忍ばせているが、これで対抗できるだろうか。そう考えているとあの霊は儂の事なんぞ興味がないように視線を戻しまた寺田の顔を見つめ始めた。


「……勇実殿には」


 儂がそういうと反応は劇的だった。黒い霊は先ほどと違い凄まじい速度で顔を上げ儂の方を見た。あえて名前を出してみたがこの反応から察するにやはりそうなのだろう。


「勇実殿には彼を見せなかったのか?」

「え、ええ。やはり付き合いの長さもありますので最初は大蓮寺先生に依頼出来ればと思いましたので」

「……そうか。結論から言おう。霊は憑いておらぬ。彼の被害妄想だろう」

「本当ですか?」

「ああ。たまにこういう依頼が来るゆえ分かるのだが、恐らく自分が犯した罪を無意識に考え幻覚を見ているのだろう。そもそも精神状態がおかしいという事であればなおさらだ」

「様子がおかしくなったのは最近なのです。事件後であれば私も納得できますが……」

「だが事実何もいない。ここに霊なんていない」


 そういいながら後ろを振り向き鏑木に説明する。もっとも儂のすぐ後ろに黒い霊の気配を感じるため内心脂汗をかかないか必死ではあった。


「君には見えるのかね」

「……いえ、何もいませんね。申し訳ありません。長距離の移動をした後だというのに」

「構わんよ。さて戻ろうか」


 鏑木が先頭を歩き始めたのを見て小声で話した。


「恐らく勇実殿の采配なのだろうが、あまり無茶をせぬことだ。勇実殿の事は信用しているがお主が万が一にでも別の人間に手を出すことがあれば儂は容赦なく祓いに来るぞ」


 

 まったく肝を冷やしたものだ。後で勇実殿に連絡して一応の事実確認をしておくとしよう。





ーーーー

本当にお待たせして申し訳ございません。

こちらでこのエピソードは終了になります。

まだバタバタしており年内は更新は難しいと思います。申し訳ございません。

かなり立て込んでいるため次がいつ更新できるか分かりませんが、お待ちいただけますと嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


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