第60話 人穴墓獄10完

 周囲にある異形の霊。 “腕”と“足”が連なった不可思議な化け物。数は既に十数体を超えている。それがゆっくりと回転するように動いて俺の周囲にうごめいていた。よく耳を澄ませば、何かうねり声のようなものまで聞こえているが、これは人間ではないだろう。まず生きている人間は拓と俺しかいないはずだ。それであれば、今も数を増やし続けているこれらに遠慮する必要はどこにもない。


 腕で出来た肉団子のような塊からまた凄まじい勢いで枝のような腕がこちらに向かって伸びてくる。数は十数本。枯れ枝のように細い腕もあれば、明らかに子供のように短い腕まである。それを視界に入れ胸糞悪くなる気持ちを抑えながらその周囲にある霊に対し光魔法を放出する。光のオーラが俺を中心に光速で放出され、それに触れた霊たちが次々と光の斬撃を浴びていく。


『ヴェアアアエエアアアァアアア』



 雑魚に構っているつもりはない。本命はあの井戸だ。視界に入れると途端に妙な臭気が辺りを包んだ。死体が腐ったような不快な匂い。車の匂いとは違うベクトルで不快な匂いだ。井戸からは先ほどとは比べものにならない程に“腕”と“足”が次々に這い出してくる。そのたびに魔法を放出し、“腕”と“足”を切り刻み消滅させていく。それに構わず俺は右手を前に出し、空中に向けて魔力を放出し圧縮していく。出来上がったのは直径2mほどの光の球体。それを井戸の穴に向けて俺はそれを落とした。


 光の柱が井戸の中へ吸い込まれ激しい地鳴りと轟音が辺りに響き渡る。その瞬間――。


「ッ!」


 激しい臭気がさらに強くなった。一気に気持ちが悪くなっていく。以前の世界でもここまで酷い匂いに襲われたことはない。車の匂いのせいで、こういった匂いを嗅ぐと条件反射で吐き気がするようになった気がする。土煙を払いながら目の前の大穴を見る。かなり深く魔法を打ち込んだから、底が見えそうにない。


「ネェエエエ、ウデ、クダサイヨォオオオ!」


 その叫び声が聞こえ、魔法を打ち込もうとし、俺はすぐにそれをやめた。


「――拓さん」


 血走った目で血涙を流しながら、よだれを垂らし、もはや人相が変わった拓が腕を伸ばしすぐそばに来ていた。俺の腕を掴もうとしている手を直前でかわし、拓の頭に手を置き、跳躍してそれを回避した。そしてすぐに光魔法を発動。拓の腕、足、そして口に光魔法を展開させ、拘束させた。これなら身動きが取れないだろう。今のうちに、もう一度拓の中にある霊を――。



「ッまたか!」


 地面がまた揺れる。すると、俺が空けた井戸の穴から何かが飛び出してきた。それは全長5mはある巨大な肉団子のように見えるが、そのすべてに例の“腕”と“足”があり、そしてその中に亡者のような人間のなれの果てがまるで溶けて粘土でこねられたように複雑に絡み合い一つになっていた。その中にある数十体の人間の目が血走った目で俺を見ている。

 拓の様子を見るにまだこの元凶を仕留め切れていないとは思いはしたが、地表に影響を与えないように加減したとはいえ、アレを受けて無事だとは考えられない。


「――そうか、井戸の中は縦に空洞が出来ていると思っていたが、


 下手に地形を破壊しないように最低限の出力で消滅させようと、井戸の大きさに合わせた魔法しか作らなかったのが失敗だった。多少の破壊を覚悟してアレの倍の大きさは必要だったのだ。俺の魔力探知能力では、人や魔物なんかの大きさや動きは探れても地形までは読み取れない。だというのに俺は自分自身の探知能力を過信しすぎた。


 だが、あの巨大な肉団子がここの元凶であるなら、これを消滅させればいい。幸い今度は表に出てきたようだ。ならこれを祓ってすべて終わりにしよう。


 手の平を前に出し、全身に魔力を漲らせ先ほどまでよりも大きく、そして強い閃光を放つ。発せられた光の粒子は周囲に飛び散り、そしてこの巨大で醜悪な霊の全身を覆うように光を纏わせた。


『ダズゲテェ、アタシノウデハ、ソコニ、カタジケナイ、チガウ、アリガトウ、ダカラ、デモ』


 広げた手の平をゆっくりと何かを握るように閉じた。するとあの巨大な霊を纏っている光がさらに発光し、俺の手の動きに合わせて徐々に小さく圧縮されていく。


「”消滅せよ、悪臭ヴァニッシュ・オウダー”」


 最後くらい、良いだろう。せっかく考えた魔法の名前なんだ。


『■■■■■■■■■■ッ!!!』


 言葉にはならない怨念のような叫び声をあげ、目の前の霊は完全に消滅した。周囲には俺の魔法の残滓である僅かな光の粒子だけが宙を舞っている。それにしても今回で一つ学びを得た。完全に憑依されてしまうと今の俺ではそれを祓う技術力が足りない。殺すだけでは、消滅させるだけではだめなのだ。人を、人間を救わないと意味がない。


「そうだ、拓さん!」


 拘束していた魔法を解除し、倒れそうになる拓を受け止める。念のためゆっくりと魔力を流してみたが、どうやら霊は完全に消えたようだ。だが――。



「……重傷だな。骨折に、それ以外にも色々あるな」


 左腕が複雑骨折しており、指の爪はすべて剥がれたり割れたりしている。また俺の魔力と霊の干渉を受けたために内臓もどうなっているか分からない。瞼を開けてみると、血だらけの眼球があるが、こちらは破裂しているわけではなく、毛細血管が切れているだけのようだ。救急車を呼ぶにしてもここは山の中。いつ来るか分からない。であれば……やるしかない。



 俺は大きく息を吸い、魔力を拓の身体にまとわせた。思い出せ、骨とは、筋肉とは、内臓とはなんだ。漫画だ。あの漫画を思い出せ。どういう仕組みで人体は動いている。その機能を、形をッ! 纏った光に属性を付与する。初めて行う“癒”属性転化、いつもの熱と同じように、だが俺の魔力が人体の欠損している部分を補うように、細胞一つ一つをつなぎとめるようにイメージをする。



 魔力を込め、イメージを続けること5分。俺は普段であればかかない滝のような汗を流しているが、一向に治癒が始まらない。だめだ。体の中に光が入り治癒するというイメージがまだ具体的に想像できねぇッ! 何か他に方法はないのか! 俺には水属性の才能に恵まれていない。手持ちにあるのは25年ともにいたこの光魔法しか――。



「――そうかッ!」


 あるじゃないか。身体に必要とされる液体が。俺の手の中に。



 俺はここまでずっと握りしめていたコーラを見る。そうだ、コーラに俺の魔力を込める。先ほどと同様だ。俺の魔力で満たしたコーラを拓に振りかける。思い出せ、俺が普段使っていた最上級ポーションは液体だった。コーラという人体に必要不可欠な飲み物に俺の魔力を込め、それをポーションのように振りかける。そうだ、俺の魔力が込められた液体を浴びた人体にもう一度行えッ! 人体に必須とされるコーラという液体を媒介にそれが染みわたるイメージを行うッ! “癒”の属性転化を今度こそッ!!



 すると徐々に拓の身体が淡く光り始める。それは暖かな緑色の光。そう回復魔法が発現したときに出てくる現象だ。光が収まるとそこには傷口が塞がり、怪我が完治した拓の姿があった。とりあえず、成功したようでほっとする。


 すると電子音が拓のポケットから響いてきた。恐らくは八代辺りだろう。俺はポケットからスマホを拝借して、通話ボタンを押した。


『ッ! 繋がったッ!? おい! 拓!? 大丈夫か!!』

「八代さん、拓さんは大丈夫です。霊に憑かれていたので今は眠っています」

『礼土さんですか! 拓は!? 無事ですか?』

「はい、少し落ち着いたらそちらに向かいます。先ほどの場所で待っていてください」

『どこですか!? すぐに迎えに――なんだ桐也…………そうだな。礼土さん。お手数をお掛けしますがよろしくお願いします』

「えぇ。任せて下さい」


 通話を切り、スマホを拓のポケットに戻す。

あぁそうだ。戻る前にアレだけ回収しておこう。






 あれから拓を背負い、また桐也達の近くまで跳躍して移動した。もちろん、迷彩魔法を使用しての行動だ。その後、車まで移動してようやく桐也達と合流することが出来た。



「礼土さん! あぁ無事でよかったです。何かすごい光が向こうから出てましたがあれはもしかして……」

「えぇ、ちょっと霊能力を使いましてね。ですがもう拓さんは大丈夫ですよ。それにこの辺りの霊もすべて祓いましたからもう安全でしょう」

「それにしてもまるで魔法みたいでしたよ」


 違うヨ。魔法じゃないヨ。霊能力ダヨ。魔法だってバレたら霊能力がない事がばれてしまう。ここまで来た以上それは避けなくてはならない。今後はもう少し気を付けよう。


「……ん、あれ……ここは」

「拓!? 気づいたか!」


 車の後部座席で寝かせていた拓が起きたようだ。八代は慌てた様子で拓のそばに駆け寄る。


「八代さん、あれ? もう着いたんですか?」

「何言ってんだよ。大変だったんだぞ! なんで一人で行動したんだ!」

「え、は? 俺どこにもいってないっすよ。っていうか、あれ何で俺の身体こんなにベトベトしてんすか!? なんか変な甘い匂いがするんすけど」


 すまんな。ほらコーラってこぼすとベトベトするじゃん。仕方ない、仕方ない。


「どうやら覚えてないみたいだし、もう一回休ませよう、友樹」

「……そうだな。もう真夜中だし、日が昇ったらすぐに病院に行こう」


 ぬ、そうだ。そうだった。まぁ丁度いいだろう。ちょうどやりたいこともあるしな。


「桐也、俺はもう一度あの場所へ行ってくるよ」

「え? どうしてだい礼土。もう夜だし君もあまり無理をしない方がいいだろ」

「いえ、供養をしてやろうかと思って……」

「――そうか。すまないな」

「いえ、霊は祓いましたが危険なことに変わりないからね。じゃ行ってくるよ。朝までには戻るから。……あ、これ拓さんに渡しておいてもらっていいかな」


 そういって俺は拓の忘れ物を桐也に渡し、走ってまた来た道を戻っていった。すまねぇ。車の中で寝るくらいなら朝まであの集落で墓づくりしてた方が万倍マシなんだ。







Side 八代友樹


 一通り拓に事情を説明した。どうやらまったく覚えておらず、自分がなぜか泥や血まみれになっていたのも俺が指摘するまでわからなかったらしい。それにしても誰の血なのだろうか。見たところ拓は無傷の様子だった。……そう考えれば一人しかいない。

 勇実礼土。あの霊能者が拓を助けるために傷だらけになりながらも救助してくれたのだろう。見たところ怪我はしていなかったように見えたが、うまく隠していたという所だろうな。


 改めてちゃんと礼を言おうと桐也の元へ行くと礼土さんが居なかった。


「あれ、礼土さんは?」

「……供養してくるそうだ。本当に僕が思っていた何倍もすごい人だよ」

「そうか、俺たちも手伝うべきなんだろうが……」

「危険だから駄目だって言われた。仕方ないよ、無理について行っても逆に迷惑をかけちゃうかもしれない」


 それもそうか。だが、なにも出来ないというのがここまで歯がゆいとは思いもしなかった。何か俺たちでできる事があるといいんだが……。


「そうそう、ほら、これ」

「ん?」


 桐也から手渡されたものを見る。これは……。


「……カメラ?」

「うん、拓の落とし物だってさ」

「あぁ、そういやあいつ。カメラ持ったまま失踪したんだったよな」


 泥なんかもついて随分と汚れている。何気なく触っていると電源が付いているのが分かった。どうやらずっと録画中だったようだ。何かの拍子で録画ボタンが押されたのかもしれない。何気なくカメラの中の映像を確認する。その中に一つ見覚えのないデータがあった。カメラの液晶を開き、再生してみる。


 そこには地面に落ちた所から少し煽っている映像が出てきた。少し斜めになっているが、どうやらここは風化した屋敷の庭のようである。だが、問題はそこじゃない。カメラに誰かのの足元が映っていた。少しノイズがあるが音もちゃんと拾えているみたいだ。ボリュームを上げ再生してみる。


『――拓さん、ガガッ 落ち着いて。■の声が聞こえるかな」

『ヨ、ヨコセェエエエッ! ガガッガガッ■ヲ、足ヲ、ワタシの我ら■ッ!』

『そんな怖い顔して ガガッ■いで。――ガガッでも食べるかい?』



 こ、これは間違いない。礼土さんの声だ。という事はもう一人は拓か!?


「友樹! なんだそれ!?」

「拓のカメラに映ってた映像だ」


 息をのみそのまま映像を見る。するとものすごい勢いで礼土さんと思われる足がその場から後ろへ跳躍した。まるでオリンピック選手の走り幅跳びを逆再生で見ているような動きだ。そして、今度はうずくまった拓の顔が見える。よだれを垂らし、目から血が流れ、およそ拓の顔とはかけ離れたその容姿に言葉が出なかった。


『――少なく――10人――みたい――ね』


 礼土さんが何かを言っているが声がうまく聞こえない。そして次の瞬間だ。なんと四つん這いのまま拓がまるで獣のように雄たけびを上げて礼土さんへタックルするかのように突進したのだ。その速度はまるで漫画に出てくるキャラクターのように凄まじい速度で走っている。


 危ないと思った。映像の中だというのに、まるでその場で起きた事のように感じていたのだ。


 すると、驚いた事に礼土さんは何か一瞬身体が光ったと思ったら、まるでワイヤーアクションのように屋敷よりも高くジャンプしてさらに奥の方へ消えたのだ。


 そこからはカメラには何も映っていない。途中画面の端に何か凄まじい光が映ったりはしていた。恐らく俺と桐也が見たあの山の光と同じものだと思う。そうしてしばらくすると、また誰かの足音が聞こえてきた。


『あったあった、これ結構高いみたいだし、返してあげないとね』


 これは間違いない、礼土さんの声だ。礼土さんの除霊の一部分しか見ていなかったが、それでも凄まじい戦いだったのはわかる。だというのに、礼土さんの声色は俺が数日過ごしてきた時と何も変わらない普通の声色をしていた事に俺は驚愕した。きっと数多くこのように霊を祓ってきたのだろう。


「……これが本物の霊能力者って訳か」

「本当にすごいね。聞いていた以上だ。――ねぇ八代。提案があるんだけどさ」


 桐也からの提案を聞き、俺はすぐに了承した。






 そして翌日。礼土さんにも許可をもらい、俺たちは自殺岬で撮影を行った。そう、本来は昨日の3日目で行うはずだった撮影をずらしたという形だ。拓が憑りつかれた時にSNSで機材トラブルにより中止の連絡をすぐに入れたために、それほど大きく問題にはならなかった。しいて言えば、渋る礼土さんを説得するのが大変なくらいだっただろうか。どうも聞いてみると、乗り物酔いが酷く、車が苦手らしい。どうやら超人のような礼土さんにも弱点があったようだ。そのため、車の中の窓は全開にして、さらに道中で車の消臭剤まで買うと大分緩和された青い顔で言っていた。気を使わせてしまったようだ。


 そうして3回目のライブは夜行った。特に何か起きるわけでもなく、ただ淡々と撮影を行っていた。途中、妙な風が吹いており、そのたびに俺が感じていた霊の気配が消えていたのを感じて、俺はようやく1日目の風の正体がわかった。礼土さんがずっと見えない所で祓ってくれていたのだろう。見えない所で人のために働けるあの人が素直にかっこいいと思えた。



 そうそう。桐也からの提案通り、3回目の動画の収益はすべて礼土さんの依頼料という形になった。元々は事務所の宣伝だったらしいが、ここまで世話になった以上絶対に対価が必要になると桐也は考えたらしい。俺も同意見だ。3回目のライブ配信は同接20万人を超えて、今もアーカイブの再生数もどんどん伸びている。これなら礼土さんに渡す依頼料もそれなりの額になるだろう。当然、それ以外にも俺と桐也からも謝礼を用意している。一応栞ちゃんに連絡して振り込んでいるから問題はないだろう。今後何かあればまた礼土さんとコラボしてみたいものだ。次は、車を使わない場所で。



ーーーー

お読みいただき、ありがとうございます。

お陰様でランキングが9位になりました。

夢の一桁になりとてもうれしいです。

また、こちらでこのエピソードは終了です。

明日ですが、予定があるため、更新できたとしても深夜になると思います。

まだ次のエピソードを考えている途中なので、月曜日からの更新が少し遅くなるかもしれません。


こちら主人公の過去話になります。

恐らく今日の夜か明日には更新する予定です。

https://kakuyomu.jp/works/16816700428079810318


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