第53話 人穴墓獄3

「さて、企画内容をもう一度整理しつつもう少し詰めていこうかな」


 桐也から企画内容の大まかな説明がされた。俺、桐也、そして八代の3人で全部で三か所の心霊スポットを巡る旅をする、という企画だ。栞は俺のサポートとして同行する予定で、その他にも桐也と八代の動画撮影のスタッフも参加するため、総勢6人の予定とのこと。そこで心霊スポットへ行き、霊感があるという八代と、霊能者である俺からそれぞれどういう霊がいるのかを霊視するという流れらしい。ちなみに俺は霊視なんて出来ない。そう、霊視なんて出来ないッ!!!



 悪霊は見えるけど、普通の霊は見えないのだが、どうすればいいんだろう。あれか? 漫画でよくあるみたいに魔力を目に込めれば見えたりするのか? 動体視力は上がるし、魔力の流れは見えるけど、霊なんて向こうの世界で見えたことないんだが? リッチとか、エルダーリッチとかその辺じゃだめだろうか。


「いいんじゃねぇか。車で移動して心霊スポットを回ることがあるけど、泊まり込みで何カ所もってのは初めてだし、面白いと思うぜ」

「うん、僕と八代のコラボになるから、1日目は僕のチャンネルで、2日目は八代のチャンネルで、最終日はまた僕のチャンネル。そういう順番でいいかな?」

「いいぜ、桐也からの企画だし、交通費とかもそっち持ちなんだろ? 文句なんてねぇさ」



 ちょっと待ってほしい。今めっちゃ不穏な言葉が聞こえたぞ? え? また車乗るの? やべぇ、断りてぇ。そんな俺の心の叫びは届かず、淡々と打ち合わせが進んでいく。


「一応旅館はもう手配している。レンタカーも2台抑えているし準備もOKだ。1台目の車は僕、八代、礼土の3人。2台目の車にはうちと八代の所のスタッフと栞という形でいいよね」

「ちょっと待てよ。栞ちゃんは俺たちと同じ車に乗せるべきだろ?」



 先ほどまで上機嫌だった八代は急に眉間に皺を寄せ始めた。いや、そんな事よりも車での移動ではなく、俺だけ走るのはだめだろうか。


「はぁ――。前にも説明しただろう。僕の視聴者層は女性が多いんだ。妹とはいえ、配信に女性は写せない」

「いい加減女に媚びうるような動画作るのやめればいいじゃん。俺の動画なんて男の方が多いんだぜ?」

「だめだ。ファンをがっかりさせたくない。栞はあくまで礼土の裏方として呼んでいるんだ。趣旨が変わってしまうだろう」


 桐也は真剣な様子で八代を見ている。それに気おされたのか八代は視線を外し、また不機嫌そうな顔をした。俺はそれを見ながら無心でポッキーを食べている。そう、車という地獄からの現実逃避をしているのだ。



「……わかったよ。んで、日程は確か1週間後だったか?」

「そうだね。それだけあれば準備もできるだろう」

「じゃ、心霊スポットでの段取りを考えるか」


 今回の企画で回る心霊スポットは全部で3つ。

 1つ目は”旧蓮枝霊園きゅうはすえれいえん”。すでに使われなくなった霊園で夜になると誰もいないはずなのに、誰かが墓参りに来ている姿が目撃されているそうだ。

 2つ目は”那守なもりトンネル”。非常に長いトンネルなのだが、夜に近づくとなぜかトンネルの入り口が2つに増えていることがあるそうだ。そして、間違ったトンネルに入ると生きては出られないらしい。

 3つ目は、”人穴墓獄ひとあなぼごく”だが――


「この3つ目はやはり変えないか? 近くに別の心霊スポットの"自殺峠"があるし、そっちはどうだろう?」

「なんだよ、ビビってんのか? 他の配信者が行かない場所に行かないと意味ないだろう?」

「そうだけど……」

「大丈夫だよ、だってホンモノの霊能者がいるんだろ?」


 そういうと笑みを浮かべて俺をみる八代。どういう意味だろうか? 全部同じ心霊スポットならどこに行こうと変わらないと思うのだが……。


「礼土は知らないよね。この最初の2つの心霊スポットは有名だけど、正直

「心霊スポットなのに?」


 意味ねぇやん。


「そう、あくまでそういう噂があるってだけで、誰も見たことがない。噂自体も本当かわからない。でも場所の雰囲気がそれっぽいからこういう心霊スポット巡りっていう配信だとよく使われる手なんだよ。でも、3つめの”人穴墓獄ひとあなぼごく”は違う」

「……本当に出るってこと?」


 話の流れからするとそういう事なんだろう。よく見ると栞の顔色もどこか青いように見える。栞も霊感があると言っていたし、恐らく本当に危ない場所として有名なのだろう。


「ああ、この”人穴墓獄ひとあなぼごく”はね――」



 昔、江戸時代のころ、異教徒をあぶりだすため、踏み絵という物が行われた。当時はほとんどの人は仏教徒であり、その中で他の宗教は迫害の対象となっていた。そしてこの地では、そんな異教徒が隠れて住む集落であったらしい。それぞれ身を寄せ合い、つつましく生活をしていた彼らだが、その生活は長く続かなかった。

 お役所にその集落が見つかったのだ。周囲にばれないように細心の注意を払っていたにも拘わらず、その集落は露見することになった。その切っ掛けを作ったのは、同じ集落の一人の男だったという。その男は集落を裏切った。家族を、友人を見捨てて自分だけが助かる道を選んだ。当時の異教徒狩りは凄惨なものだったという。口を割らせるために拷問も当然のように行い、また異教徒の崇める神が本当に助けに現れるのかとお役人たちは笑って異教徒を拷問にかけていたそうだ。


 男はそれを恐れたのだ。今は見つからなくてもいつかは見つかるかもしれないという恐怖。それに心が折れ、密告した。彼の背信行為により、集落の人々は全員捕まった。 

 そこで、一人ずつ処刑が始まった。処刑方法はシンプルなものだったそうだ。

それは、その集落にある大きく深い井戸。そこに両手両足を切り落とした人間を生きたまま落としていくという方法だ。女も子供も、老人も全員の四肢を切り落とし、井戸へ落としていった。そして、最後は密告した男だけは五体満足のまま、同じ井戸へ落としたという。


 その後、その男がどうなったか分からない。井戸は蓋をされ、そのまま重石をされたために地上へ戻ることはできなかったそうだ。それから数年が経過し、新しい人々がそこへ住むようになり、異変が起き始めたそうだ。まず、右腕が動かなくなる。次は右足が動かなくなる。その次は左足、そして最後は左腕。そうして四肢がすべて動かなくなると、夢を見るそうだ。両手両足を切断され、井戸に落とされるという夢を。




「以前は近くのお寺で供養をしていたんだけど、そこの住職が亡くなってからは誰も管理していないらしくて、ただ周囲が封鎖されているだけらしいよ。それで多くの人が落ちて死んだ井戸は、いつの間にか”人穴墓獄”って呼ばれるようになっていてね。なんでもその井戸は地獄へ続いているって噂されているよ。確か周囲は入れないように封鎖しているはずだけど、どうもその近くに行くだけでもそうとうヤバいらしい」


 そう桐也は真顔で説明してくれた。それにしても中々物騒な歴史があるもんだね。すると八代がどこか楽しそうに語り始めた。


「だが、最近SNSでその”人穴墓獄”へ行くための抜け道が見つかった呟きがあってな、もしかしたらそこに入った奴がいるかもしれないらしい。だから行ってみようぜ。誰も見たことがない”人穴墓獄ひとあなぼごく”が本当にあるのか。噂は本当なのか気になるだろ?」

「……一つ質問してもいいかい?」

「何、礼土?」

「いつからそこは封鎖されていたの?」


 人が入れないように管理しているなら、そんな噂話が流れるのも違和感があるような気がした。


「それがね。ちょっと前までは封鎖されてなかったんだ。好き好んで行く人もいなかったんだろうね。でも、YooTubeが流行ってからある大学生グループがそこに突撃したんだ。当時はちょっとしたニュースにもなってたよ」

「んで、その学生は全員が心神喪失状態で発見され、今も精神病棟に入院中ってわけだ。これはソースもあるマジ話って奴だな」

「うん、それは八代の言う通りでね。だから悪戯に入れないように封鎖してるはずなんだけど……」




 その抜け道を見つけた奴がいるのか。どうしてそんな危なそうな場所に行くのかねぇ。俺はポッキーを食べながらそう考えた。


「承認欲求が強いやつが多いんだよ。だから、何かで目立ちたい、ちやほやされたい。そんな奴が多いのさ。噂の場所の動画一つでバズれるなら危険な場所だって行く。今はそんな奴ばっかりだぜ」

「八代。そんなこといったらまんまブーメランだろ? 僕たちだって同じようなものだよ」

「はッ。ちげぇねぇか」


 そういうと桐也は俺の顔を見た。どこか先ほどよりも真剣な様子だ。


「礼土。いざという時は頼りにしてもいいんだよね?」

「……あぁ。どんな霊でも祓えるから安心してくれ」


 そんな話をしながら俺はスマホを立ち上げ調べ物をし始めた。

俺は理解したのだ。あぁ車からは逃げられないと。

ならば俺も備えなければなるまい。

流石に永遠にコーラを飲み続けるほど、俺の胃袋キャパは多くない。



 だから俺も最近身に付けた現代魔法で戦うとしよう。

 そう――この世全ての情報が集約されている現代のアカシックレコード。究極魔法“ 世界接続術式ググれ”だ。えぇっと、【車、酔わない方法】で検索っと……。












 

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