第20話 事故物件5
車というのは中々面白い物だと思う。魔力もなく、馬もなく自動で動く乗り物。それもかなりの速度が出せるという代物だ。個人的には車よりもバイクという乗り物の方が気になるが、どうも免許が必要になるため、断念した。だが、慣れてきたら大型免許を取ってみたいものだ。バイクはいい。乗ったことがないが風を直接感じる事が出来るというのが実に素晴らしい。自分で走った方が速いなんて詰まらない事をいうつもりはもちろんない。あれは浪漫という奴なのだ。だが、しかし……。
「そろそろ着きますか?」
「ええ、そろそろです」
車だめだッ! あぁぁああああ気持ちわりぃいいいい。こんな気分は初めてだ。めっちゃ気持ち悪い。なんだろう、匂いか? 車は驚くほど揺れない。もっと遅い馬車があれほど揺れるというのに驚きだ。だというのに、何でこんな気持ち悪いのかな!? 馬車は平気だったんだぞ!? なんでそれより揺れない車の方がこんなに気持ち悪いんだ!?
乗り物酔い。甘く見てたぜ。間違いない、多分この匂いだ。車の中の独特の匂いがどうも苦手だ。今は田嶋にお願いして窓を開けてもらっている。なんて情けない。これが嘗て世界を救った勇者の姿だろうか。間違ってもあの世界にいた奴らに見せられないな。タクシーが平気だったのは恐らく緊張していたからだろう。2回目で車に慣れ始めたばかりにこんな罠に引っかかってしまうとは……治癒魔法プリーズ。
内なる自分(胃袋からこみ上げるもの)と戦いながら、ようやく目的の場所についた。二階建の小奇麗なアパートだ。1階はから101号室~105号室まで、2階はから201号室~205号室の部屋がある。問題の箇所は真ん中にある103号室か。くそ、気持ち悪くて何も感じない。霊とかいるんだろうか。
サキュバスの毒香ですら酔ったことがないというのに車でここまでコンディションが悪くなるとは恐れ入る。これ、帰りも乗るんだよな? 最悪だ。位置は覚えてるし理由つけて歩いて帰ろう。そう考えていると田嶋が103号室の扉の前におり、鍵を開けていた。あぁだめだ。酔いが収まるまで時間かかりそうだ。
「勇実さん、どうぞ。こちらです」
「臭い……」
「え、匂いますか?」
くそ、思わず口に出してしまった。まだ鼻の中に車の匂いが残ってやがる。
「いえ、大丈夫です。それより今は……」
「はい、先ほど言ったバイトが書類上は住んでいますが、実際は住んでいませんので」
「なるほど、中に入っても?」
「ええ、お願いします」
狭い玄関で革靴を脱ぎ、中に入る。特殊清掃業者が入ったらしく部屋の中には何もない。本当に新品同様の部屋のようだ。ふむ……。
さっぱりわからん。
後ろで田嶋がこちらを見ている。怪しんでいるのだろうか。まずい何か仕事をしなければ……。
「田嶋さん、ここからは俺の仕事です。先にお帰り頂いて大丈夫ですよ」
てか帰れ。田嶋が残っていたら、帰り車に乗らないとだめだろうが。
「――いえ、私もここに残り勇実さんの仕事を見届けましょう」
くそぉぉおぉ、何でだ田嶋ァアア。帰れよ、空気読めよ。危ないよ? 霊出て怪我しちゃうかもだよ?
「本当に危険です。以前も霊を祓った際にはガラスなんか割れる事もありました」
「そこまでですか。であればますます帰るわけには行きません。場合によっては周辺住民の方に説明する必要もあるでしょうから」
くそぉぉ、致し方ないか。だが意地でも車に乗らんぞ。
「ならせめて外へ出ていて下さい。念のためです」
「わかりました。どうか、よろしくお願いします」
田嶋を追い出し部屋の真ん中に立つ。大分酔いが収まってきたな、これなら集中できそうだ。両手に魔力を纏い手を広げる。それを身体の中心の所で勢いよく合わせる。気分は銅の錬金術師の主人公だ。まぁ錬成する訳じゃないがね。
「――いでよ」
手が合わさる事により発生する音と共に俺を中心に光の粒子が巻き起こり、渦のように光が回転する。ちなみにこのセリフに意味はない、雰囲気さ、雰囲気。過去の経験で分かった事だが、霊は俺の魔力に反応するらしい。特に意識が強い悪霊なんかは劇的だ。
『ァァァァアアアアア』
来たか。頬がこけまるで骸骨のような顔でその両目には眼球がない。黒い闇がその眼窩を埋め尽くしている。白い髪が肩まで伸びているが、所々頭の皮がなくその下の骨が見えている。ここまでくればやる事は変わらない。
「”
俺の指から閃光が辺りを包み、老婆の霊の首に輝く光の線が走った。
『ア”ア”ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"』
「ん?」
老婆の霊の首を魔法で刎ねた。だが、驚いた事に霊は消滅せず、そのまま空中に浮いた老婆の首が俺目掛け突っ込んできた。すかさず俺は左手を横に振る。もちろんポーズだ。それに合わせ光の壁のようなものが俺と老婆の間に出現。
『ア”ア”ア”ア”ッ!! グァアアアア!!!」
衝撃波が走り、窓ガラスにヒビが入る音がする。思った以上に力が強い。ふむ、興味深いな。あの廃墟の霊は首を刎ねれば消滅したんだが、ここの霊はその程度では消滅しないらしい。恨みの差なのだろうか。今後はもう少し下調べをして使用する魔法を考えた方がいいかもしれないな。これ以上強い魔法を使おうとすればどうしても周囲に被害が出てしまうからだ。それにしても――。
この老婆の霊は間違いなく以前いた世界のレイスと呼ばれる魔物よりも強い。
「よほどの恨みがあったのだろう。だが、すまないね」
さらに指を鳴らす。すると、老婆の顔から光の棘が数多に出現する。数本、数百本という数ではない、それこそ老婆の顔が見えなくなるレベルで光の棘を出現させる。霊に痛みという概念があるか定かではないが、ここまで一斉に攻撃し消滅させれば何も感じる事はないだろう。念のため聖女御用達の雰囲気魔法も使用する。これで成仏した感を演出出来ただろう。最後にそれっぽい事を言えば仕事は終わりだ。
「何をそんなに恨んでいたのか、何が憎かったのか、俺には分からないがどうか安らかに」
『ァ ア アア』
俺は振り返り、玄関の外にいる田嶋を見た。口を開け呆けた様子でこちらを見ている。やはりガラスにヒビが入ったのがまずかっただろうか。
「終わりました。もうあの悪霊は出ないでしょう」
「……驚きました。私は霊感なんてものはないのですが、こうもはっきり見えるとは――」
見えた? あの老婆がか。どういう事だろうか、いやそうか。霊をおびき出すためにあの空間は俺の魔力が満ちていた。そのため近くにいた田嶋にも霊が視認出来たのだろう。
「恐らく俺があの霊を祓うために特別な結界を張ったため、見えたのでしょう」
「結界……あれが……」
やべぇ怪しんでる。これはさっさととんずらした方がいいな。
「さて、田嶋さん。俺は別件があるのでここで失礼します。また明日伺いますので報酬はその時でもよろしいですか」
「え、宜しければ車で送って参りますが……?」
「いえ、大丈夫です。ちょうど近くに用事があったのでね、ではこれで」
よぉぉし。これで車から逃げたぜぇぇ。あばよッとっつぁん!! ついでにあのガラスのヒビも、うやむやに出来ないかな。
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