第21話 事故物件6完
Side 田嶋彰
車を運転していても先ほど事務所でみた光景が頭から離れない。
トリックではない。私の手にあったコップは間違いなく仕掛け何てなかった。
だというのに、指を鳴らすだけであそこまで綺麗に切断されるなんてあり得るだろうか。
ハンドルを握る手に力が入る。
まさに超常の現象だったと言える。霊能力か超能力かイマイチ判断が付かないが、
少なくとも勇実氏の力は本物なのだろうと確信した。
目的の場所まで車で移動中、勇実氏は窓を開け遠くを見ている。
横目でチラリと見る顔は真剣そのものだ。
鋭い視線を遠くの景色に飛ばしてる。
彼の目には一体何が見えているのだろうか。
約30分ほど運転し例のアパートに到着した。
道中勇実氏の雰囲気はより鋭い物になっている。
恐らくかなり集中しているのだろう。邪魔をしてはいけないな。
車から降り、珠ハイツを見る。
以前、遺体処理のためにも来たがやはり私には何も感じない。
だが間違いなく勇実氏には何かが見えているのだろう。
「勇実さん、どうぞ。こちらです」
「臭い……」
「え、匂いますか?」
臭い? どういう意味だろうか。
ここはまだアパートの外。特別変な匂いはしない。
いや、まて聞いたことがあるぞ。
確か霊臭と言っただろうか。テレビで霊にも匂いがあると解説している芸能人がいた。
まさか、それを感じているのか。
「いえ、大丈夫です。それより今は……」
「はい、先ほど言ったバイトが書類上は住んでいますが、実際は住んでいませんので」
念のため事前に連絡し部屋にいないのは確認している。
もっとも事故物件の部屋に好き好んで泊まる人間はそういないだろうが……
「なるほど、中に入っても?」
「ええ、お願いします」
自分の心臓がいつになく煩いのがよくわかる。
ゆっくり、深呼吸をして私は前に歩き出した。
落ち着いて103号室の玄関の鍵を開ける。
扉に手を掛けるがどうしても扉が重く感じる。
ドアノブに手を掛けた右手を抑えるように左手を重ね、ゆっくり玄関を開いた。
「田嶋さん、ここからは俺の仕事です。先にお帰り頂いて大丈夫ですよ」
その言葉の誘惑に一瞬乗ってしまいたい気持ちが湧き出る。
しかしだめだ。彼だけを危険な目に合わせるわけには行かない。
これは私自身の罪を償う機会かもしれないのだ。
小さい不動産として必死に仕事をしてきた。
事故物件が出た場合、どうしても次にそこへ入る入居者はいない。
本当に、今は簡単に命を絶ってしまう人々は多いのだ。
だから私はそれを隠すことにした。
褒められる事ではないのは理解している。今回の2件の自殺は間接的に私が殺した事になるのだろう。
霊という存在を信じていなかったが、今は違う。
そういう現象は確かに存在しているのだろう。
だから――
「――いえ、私もここに残り勇実さんの仕事を見届けましょう」
これは私の仕事だ。
「本当に危険です。以前も霊を祓った際にはガラスなんか割れる事もありました」
そんな私を勇実氏は心配してくれている。
そんな資格は私にはないというのに。
「そこまでですか。であればますます帰るわけには行きません。場合によっては周辺住民の方に説明する必要もあるでしょうから」
もし本当にそこまでの被害が出るならこちらから説明が必要になってくる。
であればやはり見届けなくてはならない。
私だけ安全な場所にいるなんて出来ないからだ。
「ならせめて外へ出ていて下さい。念のためです」
「わかりました。どうか、よろしくお願いします」
玄関のすぐ外から勇実氏の姿を確認する。
勇実氏はゆっくりと両手を広げ始めた。
(手が光っている?)
鳥肌が立つ。
唾液を飲み込み、その光景にくぎ付けになった。
何かを呟き、勇実氏が勢いよく両手を合わせ乾いた音がする。
「――ッ!」
蛍? いやもっと小さく強い光だ。
それがいくつも勇実氏の周りを舞っている。
幻想的な光景だ。あれは何だろうか?
するとおぞましい叫び声と共に信じられないものが見えた。
「……あれが――?」
恐ろしい。
まるで見る人間すべてを恐怖に陥れるような姿。
アレがずっとここにいた?
思わず自分の腕を抱きしめるように力を入れる。
あんなモノを勇実氏は本当に祓えるのか?
瞬きを忘れ勇実氏の様子を見ると、何かの動作をした瞬間に部屋が一瞬だけ光に包まれた。
するとあの恐ろしい老婆の首に光が走り、まるで刃で切断したかのように首と胴体が離れた。
『ア”ア”ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"』
その声を聴き、すぐに耳を塞ぐ。
体の震えが止まらない。なんだアレは。
驚いた事にあの老婆の霊は首だけになっても勇実氏を殺そうと襲い掛かっている。
しかし、勇実氏とあの霊の間に光の壁のような物が出現しており、
あの首だけになった霊は近づけずにいたようだ。
勇実氏に焦った様子はない。
本当に落ちついた様子でまた右手で何かの動作をした。
すると、あの首から光が溢れるように飛び出し、そのまま光はあの首を飲み込んだ。
いつの間にか勇実氏の周りは光であふれている。
不思議とあの光を見ると震えが止まっていった。
「何をそんなに恨んでいたのか、何が憎かったのか、俺には分からないがどうか安らかに」
不意に聞こえた勇実氏の言葉に何故か涙が流れてくる。
きっと彼の力であの霊は成仏出来たに違いない。
「終わりました。もうあの悪霊は出ないでしょう」
気が付けば目の前に勇実氏が立っていた。
どうやら少し呆けていたようだ。
「……驚きました。私は霊感なんてものはないのですが、こうもはっきり見えるとは――」
衝撃的な体験だった。
まさかたった一日でここまで自分の価値観が変わるとは思っていなかったな。
「恐らく俺があの霊を祓うために特別な結界を張ったため、見えたのでしょう」
「結界……あれが……」
それであれば納得だ。
勇実氏はその辺のテレビに出ている似非霊能力者ではない。間違いなく本物だ。
「さて、田嶋さん。俺は別件があるのでここで失礼します。また明日伺いますので報酬はその時でもよろしいですか」
「え、宜しければ車で送って参りますが……?」
「いえ、大丈夫です。ちょうど近くに用事があったのでね、ではこれで」
そういうと勇実氏は靴を履きそのまま消えるようにアパートから出ていった。
彼ほどの男だ恐らく別件の依頼があるのだろう。
和人から聞いていた話では成功報酬は20万円だったが、それでは安すぎるな。
どうしてもこの手の事故物件は不動産業をやっていれば切っても切れない関係になっていく。
今後も仕事の依頼をする可能性を考えるともう少しこの縁を大切にするとしよう。
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