第16話 事故物件1
「ただいまーって誰もいねぇか」
仕事から帰り玄関で靴を脱ぐ。ブラック企業に就職したためにどうしても帰りは遅い。大学を卒業して希望していたところを諦め、なんとか内定を貰った会社に先日入社。仕事自体はまだ慣れず、一日が経過するのが本当に早い。会社の人数は10人。システムエンジニアって聞くと聞こえはいいが実際はただの使いッ走りだ。
ネクタイを緩め、鞄は投げるように端に置く。兎に角この服を脱いでしまいたい。どうしてもスーツを着ているとまだ仕事をしている気分になってくる。引っ越したばかりでまだダンボールも片付けておらず、正直ゴミ屋敷一歩手前だと思う。
「はぁつっかれたー、とりあえずビール、ビールっと」
部屋着に着替え、PCの電源を付け買ったばかりの小さい冷蔵庫からビールを取り出す。その後は動画配信サイトYooTubeを立ち上げ、推しのVの動画を見る。
コンビニで買ってきた弁当を口に運びながらビールを飲む。
「この瞬間だけが幸せだな」
生配信、そして切り抜き動画を見て、ふと時計をみればもう深夜0時。すっかり椅子に固定された身体をなんとか立ち上がらせ、シャワーの準備をする。浴室の電気をつけ、シャワーを流し適温になるまで放置。その間に脱いだ服を洗濯機に放り込み、バスタオルを持って全裸のまま浴室に入る。ユニットバスのため便座の蓋の上にタオルを置き、シャワーカーテンを閉じてシャワーを浴びる。
「あれ?」
違和感を覚える。普段テレビは見ないが付けている。無音というのが苦手でPCで動画を見ていても、PCでゲームをしている時もかならずテレビはつけている。普段であればシャワーを浴びている時だってシャワーの音に紛れて、微かだがテレビの音が聞こえているのだ。
「あれ? 消しちゃったかな」
変だと思ったが、気にしなかった。疲れていたためテレビつけてない可能性だってある。シャンプーをシャワーで流し、お湯を止め、置いているバスタオルで身体を拭く。足の裏も拭き、外へ。髪を拭きながら部屋に入るとテレビ画面がまっくらになっていた。
「付け忘れてたかな」
裸のままバスタオルを首に巻き、そのままリモコンから電源をつけようとして固まった。テレビの下部の方が青いランプが付いている。通常、電源が切れれば赤に、テレビがついていれば青になる。今は青だ。つまりテレビは付いている事になる。だというのに画面が暗い。
「あれ、壊れた? 買ったばかりだぞ」
とりあえず下着だけ身につけ、テレビの後ろ側へ。配線を確認するが、問題ない。とりあえず、電源ケーブルだけ抜き差しすると思い触ろうとしたときだ。
『今ならもう一つ、おまけでこの小さい鋏をセットにします、お値段なんと――』
テレビから通販番組の音が聞こえた。直ったのかと思い、身体を起こしテレビ画面の方を見て固まった。
見た目は普通だ。いつもの通販番組だ。売れない芸人がオーバーリアクションで商品を絶賛している。おかしいのはそのリアクションと音声がまったく合っていないこと。恐らく5秒くらいずれている。それをずっと見ていると、テレビは突然電源が切れた。
いや違う。画面が暗くなったんだ。テレビから音は流れている。内容は相変わらず通販だ。だが、声がおかしい。何かで加工したように不快な音に変わっている。
「くそ、マジで壊れたな。とりあえず電源を切るか」
リモコンを操作し電源を切るが、音が止まらない。段々テレビから発せられる声が、通販の内容ではなく、違う言葉に変わっているように聞こえた。
何かまずい。すぐにテレビの裏に回り、電源コードを引き抜いた。だが、音は止まらない。
『オ オ オ オ オ オ オ オ 』
低い男の声が聞こえる。本格的にやばい、背筋から腕にかけて鳥肌が止まらない。ここに居ちゃだめだ。
本能的にそう感じ、俺は近くにあるスマホと財布、鍵を持って部屋を出ようとした。部屋を出て、小さい廊下を進み、靴を履こうと玄関の近くへ行った時――
水が流れる音が聞こえる。これは、トイレの流した音? 浴室を見るが当然電気はついていない。冷や汗が止まらない。一刻も早くこの場所から非難を――。
ドンっと鈍い音がする。なんてことはない、俺が倒れた音だ。頭が混乱する。なんで俺は今玄関の近くで倒れている? 起き上がろうとしてすぐに気付いた。
右足を何かが掴んでいる。
「い、いたい――」
何かじゃない。これは、人間の手だ。5本の指が俺の脚を思いっきり掴み、爪が食い込んでいるのが分かる。
ずる。
「ひッ!!」
引っ張られている。少しずつ、少しずつ、俺が居た部屋の方向に
「い、いやだぁぁ!!! だれかぁぁぁ!!!」
叫び声を上げる。誰でもいい。隣の人とかが気付いてくれないだろうか。
さらに引きずられる。いよいよ、覚悟しなければならない。恐る恐る俺は自分の足の方を見た。
異様に長い手。爪は伸びきっているが、所々割れている。どうみても普通の人の手より2倍は長い。そしてその手の持ち主は眼球が無く、額が異様に大きな男なのか女なのかも分からない容姿だ。頭髪はなく、何故かコブのようなものがデコボコとしている。
俺がそのナニカを見たためか、引っ張る力はどんどん強くなっていく。
いやだ
いやだ
いやだッ!
まだ彼女だって出来てない、まだ楽しいことなんて何にも――。
Side 田嶋彰
「もしもし、田嶋不動産です。お家賃の件でお電話を――」
5分ほど私は電話で話し受話器を下ろした。
「坂本さんどうでした?」
「来週には払うという事だ。それ以上期限が延びるようなら退去願おうかな。さすがに半年連続だとね」
そういって私はPCに今電話した坂本さんの件をタスクとして抑えておく。すると、近くにいた職員である寺岡が言いづらそうに何か話しかけてきた。
「あそこの珠ハイツの事件って――?」
「あぁ、103号室の人かね。自殺だよ」
いまどき不動産なんてやっていれば自殺も珍しくはない。もっとも私の物件内で死ぬのは勘弁してもらいたいのだが。
「田嶋さん、やっぱりあの部屋なんかあるんじゃないですか?」
「そんな訳ないでしょう。寺岡さんはそういうの信じるタイプかね?」
「でも連続じゃないですか。これ以上値段下げたらまたあそこのオーナーから何か言われそうで」
「まったく面倒なものだよ。寺岡さん、またあのバイト雇っておいて。オーナーとも相談したが今回もやるそうだ」
「期限は一ヶ月でいいですか?」
「ああ、それでいい。もう特殊清掃業者は入ってるから再来週からならいけるだろう」
そういうと私はまた眼鏡を掛け直し、作業に戻る。このバイトというのはここの不動産のバイトではない。こういった事故物件を扱う上で次に住む人には必ず説明する義務がある。例えばここで前の人が事故で亡くなったとか、病死した、そして自殺などもそうだ。必ず説明の義務がある。だがこれには抜け穴が存在する。事件が起きた直後の次の借主に対してのみこの説明義務が発生するのだ。つまり、事件が起きてからの次の次の借主にはその説明義務がない。ようは事件が起きたけど、次に借りた人には何も無かったのだから、説明する必要はないという事だ。
そのために、一度事故があった物件に一度入居させるというバイトの采配この田嶋は行っていた。表向きは部屋を借りるという形だが、実際はそこに住まずただ住んだという書類を残すためのバイトだ。当然表向きに募集できる仕事ではないが、田嶋は他の不動産仲間からこういった用向きにあわせたバイトを派遣できる所を知っているのだ。それなりに高額なバイトではあるが、まだ小さい不動産であるここでは空いている部屋があるなら一人でも埋めてしまいたい。そのため、自分の手持ちの物件で事故物件が発生した場合はこのような処理を定期的に行っていた。
「あーもしもし、私です。田嶋です、お世話になってます。……えぇそうです。はははお耳が早いですね、えぇ。……そうです。とりあえず一ヶ月で相談できればと……はい。値段は前回と同じで大丈夫ですよね? はい、わかりました。ではお待ちしております」
電話を終え私はコーヒーを飲みながら今後のことを考えた。
(霊なんて馬鹿馬鹿しい。だが、あの部屋だけで既に2回連続。拝み屋にでも頼むか? あまり続くと他の住居者にも影響がでるからな)
当然、こういった事故物件で依頼する場所は決まっている。住職を呼び、お払いをしてもらう。だが、今回で3回目。少なくとも今依頼している場所じゃ意味がないのは確実だ。ネットで拝み屋など調べてみるがこれといった人物はいない。田嶋自身がそういった事を信じていないため、どうしてもこの手の輩は全員が胡散臭いと思っているのだ。
(あぁ、そういや和人の奴が何か面白いこと言ってたな)
先日久々に学友と飲んだ時の話。数少ない学生時代の友人で今では会社経営までしている和人と飲んだ時のことだ。彼には三人の子供がいるのだが、その一番下の娘が学校で肝試しをした際に、霊に取り付かれたらしい。その時点で話半分、酒のつまみ程度にしか聞いていなかったのだが、どうも偶々出会った海外の霊能力者に助けてもらったそうだ。さらに長女の方も実際に霊を祓う現場を目撃しており、まるで魔法みたいだったと騒いでいたそうだ。実にばかばかしい話だ。何かのトリックに違いないだろう。だが、だ。
和人は馬鹿だが頭は決して悪くない。一代であそこまでの会社をでかくしたのだ。そんな和人が娘の与太話を信じている。どう考えてもその辺の自称霊能力者と同じ詐欺師だろうと思うのだが……。
「まぁものは試しか」
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