第10話 目が光ればとりあえず強いだろうという風潮

「えーと……お邪魔します」

「どうぞ、どうぞ!」






 なぜこんなことになっているのだろうか。振り返れば、あの日。宿に泊まったときだ。朝起きたら利奈が何故か自分の身体を一生懸命確認していて、どうしたのかと聞いたら、顔を真っ赤にして何でもないと叫んでいた。その後、何故かものすごく謝られて、とりあえず連絡先を交換したのでまた後でお礼をさせて欲しいと言いながらあの娘は走り去って行った。


 謝るのはわからんでもない。俺が取った宿に勝手に宿泊したのだ。謝罪も必要だろう。もっともその程度で怒る俺じゃない。だが、よく分からんのはお礼の方だ。あの霊だか魔物だかよく分からんゴブリン以下の存在を倒したからか? でもそのお礼は宿の場所を教えてもらう事で相殺したはずだ。他に何か……そうか! あの金髪ストーカーヤンキーを撃退したことか。なるほど、その程度でお礼なんて大げさな気もするが、まぁいいか。


 俺は利奈と別れた後に当然のように聖域まんきつへ行き、聖書まんがを読み漁った。どうもあの爺から与えられた知識は完全ではないような気がする。であれば、この聖書から知識を読み取るしかあるまい。



「しゃーせー」

「フリータイム。リクライニングで」

「希望ありますかぁー」

「じゃあ、42番で」


 あの眠そうな店員に、いつのまにか財布に入っていたメンバーカードを提出し、俺はまたこの場所に帰ってきた。とりあえず、読むものはある程度決めている。まずはグレートティーチャーオニマル。次はハント×ハントを読もう。ネットで検索したが、お勧めは結構多い。その中でも気になった作品をピックアップしている。








「やっぱりここのピザはうめぇな」


 時間は既に夕方。今度は定時になったらしっかりと退出した。それにしてもオニマルはヤンキーものかと思ったが師弟ものだったか。今一学校というものが理解出来ないのだが、そこにいる子供達と師弟関係を結び、時には弟子から攻撃され、弟子同士のいじめを解決し、オニマルという師匠の下へ人が集まっていくというストーリーであった。中々新鮮な話だったため、面白かったが、個人的には昨日読んだ死神学生の話の方が好きかもしれない。


 掘り出しだったのはハント×ハントの方だった。あれは本当に面白かった。父親と同じハンターという職に就くために冒険する少年の話だ。まだ完結しておらず、連載中なのだが、これが面白かった。設定が凝っており、オーラという能力を使い戦うバトル物なのだが、これが中々どうして面白い。


「俺も目を赤く光らせてみようか」


 自分では分からないが、俺の眼球付近の光の屈折を調整すれば赤く光らせる事は容易だ。スマホをカメラモードにし、自分の顔を映す。どれ、試してみよう。下手に赤くすると、俺から見た視界も赤くなる可能性が高いので、あくまで外から見た色味が赤くなるように微調整する。すると、元々青い瞳だった俺の目が、段々と赤くなってきた。




 悪くないかもしれない。もう少し、血のような色にしつつ、若干発光させてみる。

いいんじゃないか? クラプカっぽいぞ。これで俺もタルタ族ってか。




 そんな遊びをしてからさて、宿に戻ろうかと考えていると何やら視線を感じる。その視線を感じる方を見ると、一人の女性が立っていた。何故か鞄を地面に落とし、両手を口に当て、目を見開いてこちらを見ている。なんだ? 何かあるのか? 後ろに特に気配は感じないのだが、何かあるのだろうか。とりあえず、後ろを確認してみるが誰もいないし、何もない。おかしいと思い、もう一度女性の方を見ると、こちらを見て何か言っている。


「――うそ、バーヂル様!?」



 いや誰よ。



 その女性の名前は栞と言うらしい。何故か凄い勢いでこちらに来て、一緒にお茶を飲まないかと誘われた。ただ、マスクとサングラスをしているせいで妙に怖い。勢いで頷き、そのまま近くの喫茶店へ。コーヒーは初めて飲んだ。感想は『にっげぇなんだこれ』だ。俺の小さなプライドのため、全部飲み干したが、次は頼まんぞ。


「それで礼土さんは普段何をされているんですか?」


 何が楽しいのかニコニコ笑いながら栞はこちらを見ながら紅茶を飲んでいる。栞は緩いパーマが掛かったようなロングヘアで茶色に染めているようだ。以前みた金髪ヤンキーストーカーよりは違和感がないように思う。年齢は俺と同じか、下だろうか。少々小柄ではあるが、とてもグラマーな体型のようだ。夏のため薄着のせいかボディラインが見える服装を着ている。


「――そうだね。えぇっと……あぁー霊能力者っぽい事を少々」

「すごい! 霊が見えるんですか!?」



 この世界では霊が見えるというのは本当に稀なんだそうだ。そのため、霊と戦える戦闘能力を持つ者を霊能力者というらしい。多分だが。俺の与えられた知識では特にライセンスなどは不要だったはず。そう、自称で名乗れるお手軽な職業らしい。もっとも俺に見えるのは敵意がある霊だけで、敵意もない弱い霊の存在は感じない。もう少し経験を積めば


「実は私も霊がちょっとだけ見えるんです。家系らしいのですが……この間も妹が肝試しに行って随分怖い思いをしたと話してたんですよ」

「へぇ。そうなんだね」


 え、肝試しって何? 肝って内臓だよな? 内臓を試すの? 何それ怖い。話を変えよう。この俺が恐怖を感じるなんてやるな日本。



「ところでさっき言ってたバーヂル様って何なの?」

「え? いや、聞こえたましたか?」


 そりゃあんだけ大声出してれば聞こえるわ。


「お恥ずかしい話、実はゲームが凄い好きでして。そのバーヂルっていうのはゲームに出てくるキャラクターなんです。ゲームとかやりますか?」


 ゲーム、あぁ所謂テレビゲームって奴か。


「実はやった事がないんだ。実家が凄い田舎なので、中々そういうのに触れる機会もなくて。どういうゲームなの?」

「あ! 興味ありますか! これは半分悪魔の主人公が悪魔を倒す作品でして――」










「何それ! 面白そうだ!」

「でしょう! すっごく面白いの! 操作は慣れるまで大変だけど、スタイリッシュに敵を倒せた時の爽快感がすごくて!!」


 盛り上がってしまった。いや、思ったよりバカに出来ないぞ。動画配信サイトで予告PVという動画を見せてもらったが、これが中々凄い。あの程度の戦闘が出来る奴はいくらでもいたが、あそこまで魅せる戦いが出来る奴はいなかった。特に栞が好きと言っているバーヂルというキャラクターは刀という少し反った片刃の剣を使っているのだが、一々敵の近くで納刀するのだ。どう考えても無駄な動作だし、どう考えても隙だらけだ。



 だが、それがいい。



 無駄な動作こそ浪漫である。師匠からそう学び、俺は無駄というものを追及しようと考え始めた。よく分からんポーズ、どう考えても必要ない演出、無駄な動き。

すべていい。無駄の無い無駄な動きを突き詰めれば俺も彼らのようにかっこよく慣れるだろうか。


「あの……良かったらウチにゲームあるのでやってみますか?」

「え、いいの?」

「は、はい! 実家なので家族はいるんですが、この時間は多分妹しかいないはずなので、ぜひぜひ!」


 初ゲームか。確かに俺が実際にゲームをしようと思うと、正直今は無理だ。決まった家もなく、宿に泊まっているような人間だ。流石にあそこにゲーム機を持ち込むのはどうかと思う。いや待てよ。以前の世界であれば宿を数日借りるなんて出来たな。今日の夜にあの宿の受付に交渉してみるか?



 そうして喫茶店を後にした。あ、もちろん。お金は俺が払った。流石にその辺はマナーだからな。まぁあの苦いコーヒーに700円も取られるのは遺憾だ。やはり次は頼まんぞ。


 外に出ると、栞がまたあおかしな格好をしている。マスクにサングラス。どうみても不審者にしか見えない……


「ねぇ、その格好どうしたの?」

「え? あぁこれですか。一応付けてるだけなので気にしないで下さい」


 可愛らしい声でそう言うが、目も見えなく、口元も見えないので表情がさっぱり見えない。もしかして風邪という病魔に罹っているのだろうか。寝ていれば治ると聞くが、外に出ていて大丈夫なのか? とりあえず、額に手を当ててみる。

よく分からんがこれが所作らしい。すると、栞の顔が段々を赤くなり暖かくなってきた。あぁこれ絶対風邪引いてるわ。っていうかこのやり取り最近もしたな。



「――ッ! と、とりあえず、こっちです」

「ああ、でも体調悪いんじゃないか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ!」




 喫茶店を出て歩いて20分。住宅街に来たのだが、どの家を見ても庭があり、随分立派な建物ばかりだ。まるで貴族街に来たみたいだ。王国の首都は王城の周囲は貴族たちが住む区画に分かれており、必ず検問を超えなければその中に入る事は出来ない。城に行く都合で何度か通ったが、まさにこんな雰囲気だったと思う。



「ここです」

「へぇ、立派な家ですね」


 門があり、黒い車が3台駐車されている。広い庭があり、いたる所に防犯カメラが設置されているようだ。表札を見ると【山城】と書かれている。


「えーと……お邪魔します」

「どうぞ、どうぞ!」



 なんだろう。嫌な予感がする。気のせいか?

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