長夜奇譚
薫
第一章 「長夜奇譚」
今夜はよく冷える。
外では夏虫が外灯に群がって、悲しくも蜘蛛の巣に捉まっていた。
「なぁ、面白い話を聞いたんだがちょいと聞いておくれよ。」
いかにも怪しげな口調で織田は話をはじめた。
織田は大学時代からの友人で、昔から都市伝説やオカルト系の話を楽しそうに語ってくるのだ。
だいたいは信憑性に欠けた変な話が多かったが、今夜ばかりは違うようだった。
「隣町に天狗山という山があるだろう?山道が整備されていて、緑も綺麗で地元の人たちがよく散歩をしているあの山さ。」
確かに隣町には天狗山という山がある。私たちの住む街から隣街に行くには一つしか道はなく、その道を通ると正面に天狗山がよく見えるので地元民でなくてもこの辺に住んでいれば必ずそ言っていいほど知っている。
「あの山がどうしたってんだい?」
私は手にもっていた熱燗の入ったおちょこを置き、
テーブルの中央にある熱々で湯気のたっているおでんに箸を伸ばした。
「あの山なんだが、最近妙な話をきいてな。皆が知っている整備された入口とは
別にある、山の反対側にあるもう一つ入口なんだが。」
味の染みた大根を既に口の中にいれていたため、私は言葉を出さず顎をクイッとさせて話の続きを促した。
織田はそれを見て理解し、話をつづけた。
「知っての通り山の反対側は電流の流れているフェンスで封鎖されていて、先に進めないため別に誰も近づこうとしない。だが最近になって誰かの悪戯か、もしくは機械の故障で電流が流れていないらしい。」
私たちが何故この天狗山のもう一つの入口の話にこれまで食いつくのかというと、それは私たちが大学生だった頃のある噂話があるからだ。
当時、私たちの大学でとある噂が流行っていた。
ある女子生徒が夏休み中に隣町の天狗山へ深夜に肝試しに行った際、
そのまま行方不明になったらしいと。
何が起こったのか詳しい説明は大学側からは特になく、そのせいか大学中に、
ある噂がたった。肝試しに行って行方不明になった‘‘長浜さん‘‘はあの山で天狗に攫われ神隠しにあったのだと。
何もない田舎町の大学では、都会のように話題がすぐに変わっていく事もなく時間が経てば経つほど噂はなくなるばかりか他にもたくさんの話が湧いてきた。
「天狗山の反対側には山道がもう一つあり、長浜さんは夜中にそこから一人で山に入りお屋敷を見つけて中に入ったらしい。」
「あの山には昔、集落があり災いが起こる度に人柱を天狗に捧げていたらしい。
長浜さんはその人柱と勘違いをされて攫われたんじゃないか?」
そんな噂話が後を絶たなかった。
当時オカルト研究サークルに所属していた私たちは胸を躍らせていた。
自分たちがいつも研究していたオカルト話が今まさにこの大学で起こっているではないか。私たちは深夜あの天狗山へ足を運んだ事があった。
深夜2時、町民が寝静まった頃、
地元のコンビニに車で集合し、30分ほど道を行けば隣町にはすぐに入れた。
途中で隣町に入るために必ず通る道で、昼間とは全く違う雰囲気の天狗山が見えた。まさに‘‘深山幽谷‘‘とは夜中に見るこの山から作られた言葉だろう。
そこから煙草屋の角を右に曲がり、橋を渡り直進すると
右手に「天狗山 山道→」と書かれた錆びた看板が現れた。
そこから山の反対側に回ると、高さ3メートルほどのフェンスが立ち並んでいてそれ以上先には進めないようになっていた。
フェンスには錆びた看板がかかっており、何やら赤い文字のようなものが書いてあって少し近づいてそれを読んだ。
「危険。電流有立入禁止区域」
それを見た私たちは深くため息をついた。
「これ以上先は進めないようだな。」
「仕方ないさ、よじ登るにも電流が流れてるんじゃあ、誰も道があっても確かめようがない。」
私は落ち着いているように振舞っていたが、内心フェンスの電流よりも夜中の山から醸しだされる妙な静けさにかなりの不気味さを感じていた。
まるでどこかから誰かに見られているような。
「なぁ、もう帰ろうぜ。明日は午前中に必ず出席しなきゃいけない授業があるんだ。」
私はそう言い、はやく帰ることを促した。
「そうだな。」
織田はそう言って帰るのに賛成し、私たちは山を後にした。
それ以降、大学での噂話もしだいに無くなり
私たちもいつしかすっかり忘れていたのだった。
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