エンジェルウィスパー

長月 有樹

第1話

 何をどうしてどうすれば手に入れられるものか分からなかった。愛を。愛というモノをどうすれば手に入れられるのか私──藍野亞伊子は分からなかった。自分のファミリーネームにもファーストネームにもあるアイ。私はどうにもそれをどうやったら手に入れられるのか分からない。


 親からの無償の愛なんてモノは私は知らなかった。というか愛なんてなかったと断言できる。なんてたって毎日殴られたり蹴られたり顔面青あざ作ったり。無償の愛の代わりにこれでもかという理不尽な暴力をヤンキー上がりの父親と母親にはうんざりするくらいに頂戴してた。ありがてえ。ありがてえ。シェイシェイなんて誰が言うのかい。


 まあそれだけでも分かっていただけたと思うけれども私はかなーーーりくっきりとした可哀想と書いてある輪郭で形成されてる人間だ。26歳だ。結局施設で育ったんだバカヤロー。


 まぁ私の過去なんざどうだっていい。そんなん語り出したら長年連日の夜勤コンビニバイトで作られたどっかの未開の地の住人?みたいな目元に何か色を塗ってるみたいな隈がより濃くなってしまう。未開の地の住人の塗ってるヤツてのは、多分インディアンをイメージしてるんだけど。そんなん言って差別主義者と言われたら溜まったもんじゃないけど、イメージしてたのはインディアンの目の下に塗ってるヤツ、あれ。あれインディアンがやってるんだっけ?


 ともかく私は可哀想なヤツだ。今日も深夜バイトを多少延長して、10時間労働。交代の叔母ちゃん(秀美さん43歳 コンビニの店長と絶賛不倫中のふくよかな体型で昔ながらのパーマがキマッているチャーミングな方)と「お疲れ──」「「れぇえぇえい!!!」」とハイタッチしてダッシュで店を脱出して、近くの川原の階段で廃棄の三色パン(良くない!)とくすねた高アルコールレモンサワー(犯罪)で朝食を取っていた。


 疲れと高すぎるアルコール、そしてくたくたの体に分かりやすい甘さで脳は痺れ、蕩け、とても酩酊した。


「あー……このしんどすぎる毎日、もう川に飛び込んじゃって、流されて、溺れて、死んじゃうざんす」私は本音をサラリとこぼした。そう私は死にたい。ずっとずっと思い続けてる。死にたい。けど死んでないのは、死ぬのが怖いからじゃない。サクッとお手軽に死ねるから逆に。逆にの精神で死んでない。ただそれだけ。


「死ぬのは良くないよと」と気づいたら私の隣の男が優しいソプラノ効いてる声で言った。男は白い長髪に白いスーツ。そして翼が生えていた。ギョッとした。翼が生えていた。右は黒で左が白の両翼。たぶん天使だった。


「何で?」と酔っ払ってる私が尋ねたら。

「君がまだ愛を知らないからさ」と天使が返した。


 ばっかでねえのとストロング缶をグビリと喉を通して、また天使の方へ視線を向けると天使はいなかった。


「愛……なんて分からないよ」


「けど知りたいよ」と立ち上がりパパッと尻の汚れを払って、私はまた歩き出す。愛なんて知らないからさ、けど知りたいよと。


 30分後、私は5年ぶりに一人でカラオケボックスに向かい、B'zの一人メドレーをしてる最中に爆睡をする。愛を知りたかったから。

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エンジェルウィスパー 長月 有樹 @fukulama

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