7-05 心をひとつに

「なにをする気だ……!?」


 木の陰から出てきたあたしたちを見て、ゲノム教授が言った。

 あたし、タテハ先輩、オサム先輩、カーくんが輪を作るようにして立つ。

 あたしは輪の真ん中に向かって右手を伸ばした。続いて、タテハ先輩が、オサム先輩が、カーくんが、手を伸ばし重ね合わせた。


「ここからは俺が相手だ。暗黒昆虫!」

「貴様は、テントウ!? 生きていたのか!?」


 あたしたちが手を重ねて集中している中、お父さんが虫採り網を構えながら前へと出た。ゲノム教授の驚く声にふっと笑みを浮かべ、反対の手に持っていたバッタのお面をかぶる。


「お久し振りですね、ゲノム教授。でも、今の俺は、お面ライダーだ!」


 そう叫んで、お父さんは駆けだした。虫採り網と暗黒昆虫のつのがぶつかりあう音が響く。その衝撃まで伝わってくる。


「お父さん……」


 あたしは伸ばした手を見つめながら、反対側の手でドキドキする胸を押さえた。

 お父さんがあたしたちに必採奥義を教えてくれた後、話してくれた作戦を思い出す。


『俺が暗黒昆虫の注意を引きつける。だから君たちは必採奥義に集中してくれ』

『でも、お父さん一人であんな暗黒昆虫を相手にするなんて……』

『大丈夫だ、アゲハ。俺に任せろ』


 そう言って、笑ってあたしの頭をなでてくれた。


 ドンッ!


 なにかのぶつかる音が響き、あたしは我に返る。振り返ると、木の幹に身体を打ちつけて座り込むお父さんがいた。


「ぐっ……」

「お父さんっ!?」

「大丈夫だ、アゲハ! 俺を信じろ!」


 こちらへチラッと顔を向け、親指を立ててみせるお父さん。

 ふと、伸ばしていた右手をギュッと握られる感覚が伝わってきた。あたしの手の甲に置かれたタテハ先輩の手が、やさしく強くあたしを握ってくれる。


「大丈夫だよ、アゲハ君。今は君のお父さんを信じて、自分を、僕らを信じて」


 タテハ先輩がほほえみながらあたしを見つめる。オサム先輩もカーくんも、笑みを浮かべながらあたしに向かってうなずいた。


「みんな……」


 さっき自分で言ったことを思い出す。あたしたちがあの暗黒昆虫を採ってやるんだって。絶対に採って、終わらせるんだって。

 自分を信じて、お父さんを、そして、仲間を信じて――。


「うんっ。みんな、行くよ!」

「ああ!」

「OK~!」

「おぅ!」


 それぞれがうなずき、あたしたちは重ねた手に再び視線を向けた。離れたところでは、お父さんが暗黒昆虫と戦っている。ぶつかり合う衝撃を肌で感じながら、あたしたちは手のひらに意識を集中させ、言葉を紡ぐ。


「火のように熱い思いを心に抱き」


 あたしが言うと、手が火のそばにいるかのように熱くなり。


「風のように広い世界を駆けて」


 タテハ先輩が言うと、あたしたちの周りを一陣の風が吹き。


「金色に光る創造力を働かせ~」


 オサム先輩が言うと、重ねた手が黄金色に光り輝き。


「土を踏みしめ感覚を研ぎ澄ませ!」


 カーくんが言うと、大地から足を伝ってエネルギーが流れてくる感覚がした。


 その時、お父さんの雄叫びが耳に届く。


「くらえっ! 必採技、超銀河蹴振ウルトラギャラクシーキック!!」


 爆発が起き、強い衝撃が伝わってくる。あたしのそばに着地したお父さんが、振り返って叫んだ。


「今だ!」


 合図を受けて、あたしたちは手を重ねたまま一斉に走り出した。

 カブトムシの姿をした暗黒昆虫は、そばにあるクヌギの幹にとまった。お父さんの必採技を受けて体力を消耗したのか、動こうとしない。


「「「「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああーーーーっ!!」」」」


 熱い心をひとつにして、風のように駆け、光に包まれる手をかざし、大地を踏みしめる。四つの重なり合った手が、輝くひとつの大きな手となる。その手をいったん思い切り引いて、暗黒昆虫に向かって、押しつける!


「「「「必採奥義、手‘sテヅカミっ!!!!」」」」


 すべての思いと力を込めて、暗黒昆虫を手づかみした。

 大きな衝撃に襲われ、あたしは全身に力を込めて踏ん張った。クヌギの木が大きく揺れ、辺りの枝葉も嵐が来たかのように揺れた。


 けど、それは束の間で、気づいた時には周囲はしんと静まり返っていた。


 前を確認してみる。クヌギの木を押すような形で、伸ばした自分の手を含めて四つの手が重なりあっている。そして、木と手の間には、カブトムシの姿をした暗黒昆虫がいて、脚をピクピク動かしながら気絶していた。


「採れた……」


 最初の言葉をこぼしたのは、カーくん。

 あたしは横を向いた。みんなの顔が近くにある。それぞれが顔を見合わせて、一斉に笑顔が咲いた。


「「やったぁぁぁぁあああああああーーーー!!」」


 あたしとカーくんは叫び、反対側の手でガッツポーズをとる。そして、パチンッと互いの手をたたいた。オサム先輩へ手のひらを向けると、先輩は口角を上げながらパンッと手を合わせてくれる。それからタテハ先輩へ手のひらを向けると、先輩はほほえみながら優しく手を合わせてくれた。


「よくがんばったな。みんな」


 後ろから、お父さんの声が聞こえた。ボロボロになった服を着て、ほおにすり傷をつけ、片ひざをつけながらあたしたちを明るい顔で見守っていた。


「くっ……。私は……私は、認めない! 覚えていろ!」


 歓喜に包まれていた中、憎しみのこもった怒声が聞こえた。ゲノム教授の声だ。

 その時、雑木林の中にエンジン音が響いた。木々をかわしながら一台の黒い車がやってきて、ゲノム教授の前に止まる。ゲノム教授は素早くその助手席に乗り込んだ。


「待て!」


 お父さんが手を伸ばし、ゲノム教授を追いかけようとする。けれども立ち上がろうとしたところで、身体がよろけて地面に両ひざをつけた。


「お父さん、任せて! あたしが追いかける!」


 あたしはみんなから手を離して、走り出そうとしている車に向かって駆けだした。

 けど、あれ……? 急に身体がクラクラして、足が思うように前に出ない。そのままあたしは地面に倒れた。


「アゲハ君!?」

「アゲアゲ!?」

「アゲハ!?」


 みんなの声が聞こえる。

 でも、返事をする前に、あたしの意識は遠のいていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る