7-03 暴走
「やったか……?」
後ろから、カーくんのつぶやきが聞こえた。
あたしとタテハ先輩は、まだ気を緩めずに、暗黒昆虫が逃げていかないように網をしっかり地面にかぶせている。
そんな中、ボンベを持ったオサム先輩がやってきた。
「みんなお疲れ~。これで、ジ・エンドだよ~」
液体窒素を暗黒昆虫に容赦なく掛ける。もがいていた暗黒昆虫が凍ってしまい、網の中で動かなくなる。
それを確認して、ようやくあたしたちは肩の力を抜いた。
「やった……。あたしたちは、暗黒昆虫を全部採ったんだーっ!」
うれしくなって、その場で飛び跳ねながら喜んだ。タテハ先輩もオサム先輩もカーくんも、そんなあたしを笑顔で見つめてくれた。
「バカな……! 私の暗黒昆虫が、こんな子どもにすべて採られるだと……!」
うれしさを噛み締めている最中、ゲノム教授の叫ぶ声が響いた。ひざを地面に着け、頭をかきむしっている。
タテハ先輩が冷静な瞳を向けながら口を開いた。
「決着はつきました。ゲノム教授、あなたの野望を僕らは看過できません。この暗黒昆虫たちは僕らが証拠として回収します。そしてあなたを、」
「黙れ!」
ゲノム教授がまるで獣のように歯を剥き出しながらタテハ先輩をにらみつけた。よろよろと立ち上がり、うわごとのように言葉を続ける。
「私の素晴らしい暗黒昆虫が、採られるわけがない。採られるわけがないんだ! 動け……暗黒昆虫……動け動け動け動け動け動け動けぇぇぇぇええええええーーーーー!!」
ゲノム教授が手を、あたしたちの採った暗黒昆虫へ向けながら叫ぶ。
その異様な姿に不気味さを感じて、あたしは一歩身を引いた。
「無駄です、ゲノム教授。この暗黒昆虫たちは、もう……」
タテハ先輩がそう言いかけた、その時だった。
ブーーーーーンッ!
突然、激しい羽音が聞こえだした。
まさか……!?
あたしたちは音が聞こえだしたほうへ視線を移した。今もまだ地面にかぶせている虫採り網。その網の中で、さっき動かなくなったはずのカブトムシの姿をした暗黒昆虫が、翅を羽ばたかせている。
「ウソでしょ!? 液体窒素で凍らせたはずだよ!? -196度だよ!?」
オサム先輩が動揺を隠せない様子で叫ぶ。
凍らせて白くなった体の表面が、徐々に溶けていく。暗黒昆虫は翅を高速で羽ばたかせることで熱を出し、凍った自分の体を溶かしているみたいだ。
そして、次の瞬間。
「きゃっ!?」
「うっ!?」
あたしとタテハ先輩の網を突き破り、外へと飛び出していった。
そのまま暗黒昆虫は、あたしたちの頭上を飛び回る。低音で翅を羽ばたかせる暗黒色の姿が、赤く染まった月に照らされた。
「化け物かよ……」
カーくんが震えた声でつぶやく。あたしは声が出なくて、破れた虫採り網をギュッと握りしめた。タテハ先輩もオサム先輩も、口を開けながらなにも言えずに頭上を見つめている。
「ハハハ、ハハハハハーーー! 見たか! これが私の創り出した暗黒昆虫だ!」
驚愕を隠せないあたしたちに対して、嬉々とした声があがった。ゲノム教授が両手を広げ、暗黒昆虫に向かって叫ぶ。
「さぁ、暗黒カブトムシよ! こいつらを倒すのだ!」
ゲノム教授があたしたちを指差す。
穴の空いた虫採り網で、あんな暗黒昆虫を採れるわけがない。予備の網はもうないらしく、オサム先輩は慌てた様子でリュックをあさっている。カーくんがあたしを守るようにして前に立つ。タテハ先輩もその隣に立って、破れた虫採り網を構える。
けど……、あれ……? 暗黒昆虫は上空を飛び回って、降りてくる気配がない。
「なにをしている、暗黒カブトムシ! 早くやつらを倒すのだ!」
しびれを切らしたように、ゲノム教授が声を上げた。それでも暗黒昆虫は飛び回るだけで、攻撃してこない。
一瞬、角の生えた頭部が、ゲノム教授のほうへ向けられたように見えた。暗黒昆虫はくるりと頭上を回ったかと思うと、急降下してきた。向かう先は、ゲノム教授の方向だ。
「なにっ!?」
顔面に突っ込んでくる暗黒昆虫を、ゲノム教授はすんでのところでかわした。バランスが崩れ、尻もちを着く。データの入ったチップが手から離れ、後ろの草むらに飛んでいくのが見えた。
「なんだ!? どうなっているんだ!? ……ハッ、私のデータが!?」
ゲノム教授はうろたえて、上を見たり下を見たりしている。
なにが起こっているのかわからず、あたしたちも顔を見合わせた。
そんな中、暗黒昆虫は羽音を響かせながら、再び上空から突進してきた。
バキィッ!!
今度のねらいは、近くにあったクヌギの木。暗黒昆虫は太い幹を貫通して、木に大きな穴を開ける。ミキミキと音を立てながら、木がゲノム教授のすぐそばに倒れる。
「そんな……、私の、データがぁ!?」
データの入ったチップが、倒れた木の下敷きになったみたい。ゲノム教授は頭を抱えながら立ち上がる。何度も何度も暗黒昆虫に向かって指示を出すが、暗黒昆虫はゲノム教授の言葉に耳を傾けない。辺り一帯を飛び回り、木に体当たりして次々と倒し始めた。
「オサム君、危ない!」
「アゲハ、危ねぇ!」
あたしたちのそばにあった木も倒されて、あたしはカーくんに強く引っ張られた。尻もちを着くと、さっきまで立っていた場所に、大きな幹が横たわる。
「アゲハ、大丈夫か?」
「う、うん」
「アゲハ君、カブト君、大丈夫かい?」
「タテハ先輩、こっちは大丈夫です」
「よかった。僕とオサム君も無事だよ」
タテハ先輩とオサム先輩はあたしたちとは反対側に避けたみたい。横たわる幹の向こう側で、先輩たちが手を振っている。
「ねぇカーくん、どうなってるの?」
「わかんねぇ。わかんねぇけど、すごくヤベェことは確かだ」
カーくんが眉間にしわを寄せながら言って、座ったままのあたしを立たせようと手を伸ばす。その手を握ろうとした、その時だった。
バキィッ!!
背後で再び、木の幹が割れる音が響いた。振り返ると、斜めに傾いてあたしに迫ってくる一本の木が見えた。
「アゲハっ!!」
カーくんが叫び、あたしの手を握りしめて引っ張る。けど、立ち上がって避ける時間が残されていない。太い幹が、あたしの身体に降りかかる。
「アゲハ君!?」
「アゲアゲっ!?」
タテハ先輩とオサム先輩の叫ぶ声が聞こえた。
あたし、潰れちゃったのかな。でも、あんまり痛くない。思わず閉じていた目を、恐る恐る開ける。
「ギリギリ間に合った」
そこには、あたしとカーくんを抱いてひざを着けている、一人の男の人がいた。背後に倒れた木がある。どうやらこの人が、あたしたちを助けてくれたみたい。
「あんたは……!?」
カーくんがその人の顔を見て、びっくりしたように言葉をこぼした。
あたしも顔を上げて、助けてくれた人の顔を見る。そこには、バッタの顔面があった。いや、バッタのお面をかぶっている。
「お面ライダーのリーダー!?」
準決勝で戦った相手が、なんでこんなところに!?
お面ライダーはあたしたちを腕から解いて、手をお面に持っていく。ゆっくりとお面が取り外されて、その顔があらわになる。
「ウソ……」
暗くても、そばにいるからすぐにわかって、あたしは言葉を漏らす。やさしくほほえむその顔は、一年ぶりに見た。けれども忘れることなんてできない。大好きな顔。
「お父……さん……!?」
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