7-02 あたしたちの虫採り!
「タテぴー、アゲアゲ、これ使って~!」
オサム先輩が投げ渡してきた物を受け取る。組み立て式の虫採り網だ。すでに網の形はできあがっていて、竹でできた柄の先に、白い網が揺れている。タテハ先輩の網は、柄が金属でできていた。
「これって?」
「二人のためにカスタマイズした虫採り網だよ~。網は特殊な強化繊維で作られているから、強い衝撃でも破れないよ~」
竹の柄を握ると、お父さんからもらった虫採り網と同じように、手にフィットする感覚が伝わってきた。これなら採れるって、直感で思う。
「ありがとうございます、オサム先輩! ……って、わぁっ!?」
「アゲハ、危ねぇ!」
目の前に暗黒昆虫が突進してきた。カーくんに腕をつかまれて引っ張られて、なんとかかわす。
オオクワガタの姿をした暗黒昆虫は後ろへ飛んでいき、Uターンして再びこちらへ突っ込んでくる。鋭利なアゴがキャシャキャシャと音を立てる。
「ここは僕らに任せて。行くよ、オサム君!」
「OK~!」
虫採り網を構えたタテハ先輩が前に立った。その隣にオサム先輩も来て、片ひざを地面についてなにかを構える。両手で持っているのは、大きな銃――ライフル!?
「暗視スコープ作動、照準セット~!」
ライフルについたスコープをのぞき込み、飛んでくる暗黒昆虫にねらいを定めるオサム先輩。ニヤリと口角をあげた直後、引き金にそえていた指を引いた。
「くらえ~、トリモチ弾~!」
パンッ! と、乾いた音が鳴ると同時に、小さな白い玉がライフルから発射された。それは暗黒昆虫のアゴの真ん中に直撃する。暗黒昆虫は衝撃で後方へ吹っ飛ばされたけど、体勢を立て直して再び突進してくる。でも、アゴにはトリモチが付いたまま、動かせないみたいだ。
「これで相手の武器は封じたよ~。あとはよろしく、タテぴー!」
オサム先輩がライフルを持ち上げて後方へ下がった。
タテハ先輩が虫採り網を構えたまま、暗黒昆虫をまっすぐに見据えた。
「必採技、
網を地面と水平に伸ばし、それを横に振る。同時に身体もひねって、片足を軸にして回り出した。まるでフィギュアスケートをしているみたいな高速回転だ。
周囲にある草が揺れ始める。高速回転によって起きた風がみるみる強くなり、頭上に竜巻が渦巻きだした。
「さあ、来るんだ」
暗黒昆虫が風でバランスを崩して、タテハ先輩のもとへと吸い寄せられていく。竜巻の中へと巻き込まれていった直後、ふっと風がやんだ。
タテハ先輩がくるりと身体をひねって、上げていた片方の足をゆっくりと降ろす。右手に握られている網は返されていて、中に一匹の暗黒昆虫が入っていた。
「旋風は、自らが風となって、昆虫を吸い寄せて採る技だよ。体力を使うから、一日に一度しか使えないけどね」
タテハ先輩はそう言って、ほほえみを浮かべる。その額には、汗がにじんでいた。
「すごい……。すごいです、タテハ先輩!」
あたしは思わず声が漏れて、その場で飛び跳ねた。
「あたしたちも負けてられないね! 行くよ、カーくん!」
「おぅ! やってやるぜ!」
あたしは網を構え、隣でカーくんも身構える。視線の先には、オオムラサキの姿をした暗黒昆虫が翅を羽ばたかせていた。
オオクワガタの姿をした暗黒昆虫が採られたからか、目の前の暗黒昆虫は慎重にあたしたちの様子を窺っている。こちらに背を向け、暗闇で先の見えない林の中へ入っていってしまった。
「行っちゃったよ、追いかける?」
「待てアゲハ、来るぞ!」
カーくんがなにかを察したのか、あたしの腕をつかんで引っ張る。次の瞬間、あたしのすぐ横にあった木の幹に、刃物で切りつけたような跡が残った。さらにカーくんはあたしを引っ張って、後方に飛び退く。足もとの草が、次々に刈り取られていった。
「きっとあの暗黒昆虫がかまいたちを放ってるんだよ。でもどうしよう、暗くてどこにいるかわからないよ!?」
カーくんに引っ張られながら、あたしは目を凝らす。けど、林は暗くて暗黒昆虫がどこからかまいたちを放っているかわからない。これじゃあ避けるので精一杯で、採りにいけない。
「オレに任せろ!」
カーくんは力強く言って、あたしを後方へ隠す。両手の親指と人差し指を直角に開いて伸ばし、左右の指の先を合わせて四角い形を作った。
「必採技、
両手で作った四角い窓に右目を近づけて、周囲をのぞく。
「見つけたぜ! 行け、アゲハ!」
「うん!」
カーくんにしか見えない景色の中で、暗黒昆虫を捉えたみたい。私はカーくんを信じて、走り出す。
「右へ跳べ! 次は左! そのまままっすぐだ!」
カーくんの指示通りに雑木林を駆ける。言われた通りに跳べば、あたしの足もとにあった草が切れていく。暗黒昆虫のかまいたちをかわしながら突き進むと、暗闇の先に羽ばたくチョウの姿が見えた。
「見つけた! 絶対に逃さないんだから!」
あたしは走りながら、虫採り網を腰の横に据えた。網の先が地面に擦れて、火花が散る。
「必採技、居合いの
これはあたしが、虫採り大会決勝のために特訓していた新しい必採技!
地面に網を擦りつけながら、勢いよく網を振る。火花が炎となり、網の輪っかを赤く染める。それをもう一度振ると、炎の渦が流れ、暗黒昆虫の周りを囲った。
「はぁっ!!」
最後に足を思い切り踏み込んで、跳ぶ。暗黒昆虫は炎の中に閉じ込められて、逃げるすべがない。網の届く距離に入った瞬間、あたしは勢いよく網を振った。
――決まった!
炎は消え、網の中には暗黒昆虫が、翅をばたつかせながら入っていた。
「はいはーい、最後に念のため、こうしちゃうよ~」
やってきたオサム先輩がリュックから取り出したのは、小型のボンベ。先には細い管が付いていて、先輩はそれを持ってあたしの採った暗黒昆虫へ向ける。管の先から白い蒸気が出てきて、しばらくすると、網の中でもがいていた暗黒昆虫が動かなくなった。
「液体窒素をかけたんだ~。-196度だから、すぐに凍っちゃうよ~」
そう言いながら、今度は分厚い手袋をはめて、凍った暗黒昆虫を網から取り出して、アクリルケースに入れる。ケースの中には、タテハ先輩の採った暗黒昆虫も入っていた。
「くっ……、暗黒オオクワガタと暗黒オオムラサキが採られるとは。だが、まだ暗黒カブトムシがいる!」
ゲノム教授が握り拳を作りながら言葉を吐いた。
あたしとタテハ先輩は並んで立って、最後の暗黒昆虫と向き合う。
「あと一頭だ。行くよ、アゲハ君」
「はい、タテハ先輩!」
カブトムシの姿をした暗黒昆虫が、角を上下させながらこちらへ突っ込んでくる。
あたしとタテハ先輩は互いの顔を見てうなずき、虫採り網を構えた。
「風よ吹け」
タテハ先輩が虫採り網を片手に回り出すと、頭上に竜巻が生まれる。
「火よ燃えろ」
あたしが虫採り網を地面に擦りつけながら振ると、輪っかが炎に染まる。
「「二つの網を合わせて、くらえっ!」」
あたしとタテハ先輩が、網の輪っかを合わせて叫んだ。タテハ先輩が起こした風とあたしが起こした炎が混ざり合い、虫採り網の上で大きな炎の竜巻が巻き起こる。
「「必採技、
あたしとタテハ先輩は、網を重ねたまま走り出した。炎の竜巻がその姿を変化させ、燃えさかる不死鳥となる。甲高い雄叫びを上げ、鋭利な
「「はぁっ!!」」
不死鳥が暗黒昆虫を鉤爪で捕らえた瞬間、あたしたちは網を掲げ、地面に叩きつけるようにして振り下ろした。
炎と風が宙に舞い、夜の闇に消えていく。後に残ったのは、あたしとタテハ先輩の荒い呼吸音だけ。タテハ先輩といっしょに地面へ押さえつけるようにかぶせた網の中を見ると、カブトムシの姿をした暗黒昆虫がもがきながら入っていた。
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