虫採れっ!

宮草はつか

第一話 アゲハVSタテハ

1-01 キメろ、必採技!

 昆虫。それはこの世界で最も繁栄している生き物。種の数は確認されただけでも百万種を超え、全生物種の半数以上を占めている。

 水を泳ぎ、陸を這い、空を飛ぶ虫たちは、ときに不気味で、ときにおもしろく、そしてときに美しい。

 これは、そんな虫たちを愛する者たちの物語である。



   虫採れっ!


   第一話 アゲハVSタテハ



 土曜日の校庭。そこは平日と異なって、静かな時間が流れている。いつもなら学生たちが行き来する道も、今は人っ子一人いない。ぱっと見はさみしい光景だ。けど、いや、だからこそ。


「本気が出せるんだよね!」


 右手に持った虫採り網を構える。綿毛になったタンポポが揺れる原っぱの上、ところどころに植えられた桜の葉がさらさらと風に揺れる。

 あっ、視界に動くものを発見。


「よっと」


 その小さな生き物へ向かって、素早く網を振う。同時にくるっと手首を返して網を折り曲げる。こうすることで、せっかく採れた虫が逃げていかない。

 採れているかな。あたしは網の中を確認した。きめ細かい真っ白な網の中に、同じように真っ白な生き物がパタパタとはねを羽ばたかせている。


「よっし! モンシロチョウ、ゲット! って、これスジグロシロチョウかな?」


 あたしは網の中に手を伸ばし、そのチョウをやさしく捕まえて外に出した。

 やっぱり、スジグロシロチョウだ。白いチョウはモンシロチョウって思いがちだけど、実はそうでもない。スジグロシロチョウはモンシロチョウのように白いはねだけど、名前のとおり、黒い筋が入っている。


「じゃあね。びっくりさせちゃってごめん」


 スジグロシロチョウはあたしの手から離れ、ひらひらとどこかへ飛んで行ってしまった。あたしは虫採り網を両手で持ち、うんと背伸びをする。


「さーてと、準備体操も終わったし、そろそろめずらしいの、探しますか」


 ここからが虫採り本番。さすがに平日だと人がたくさんいるし、じろじろ見られるから嫌だけど、休日はこうやって思いっきり網が振れる。なにかめずらしいチョウとかいないかな。そう思いながら辺りを見回した。すると。


「ん? あれは……」


 丘の上に一羽のチョウが飛んでいるのを発見。黒くて、おそらくアゲハチョウの仲間だ。よし、次はあれを採るぞと決めて、早速近づいていく。けど、走ったのがまずかったか、チョウは速度を上げ、あたしから遠ざかっていった。


「ああっ、待ってよ~」


 と言って待ってくれるわけがない。チョウは遠くへ行き見えなくなった、と思ったらまた現れ、また消えてを繰り返す。まるで、採れるものなら採ってみろと言っているみたい。

 さすがアゲハチョウの仲間。モンシロチョウみたいにフワフワ飛んですぐに採らせてはくれないか。でも、あたしだってあなたを採る“必殺技”くらい持っているんだから。

 あたしは虫採り網を左の脇腹にすえた。ちょうど、刀をさやにしまうようにして構えの姿勢をとる。そして視線をまっすぐ、あのチョウに向けた。


必採技ひっとりわざ、居合いのまい


 ず虫を――必採技ひっとりわざ

 あたしはチョウだけに意識を集中させる。周りの景色は見えなくなって、今ここはあたしとチョウだけの白い空間となる。そして、あたしにしか見えない半径一.五メートルのサークルが周りを囲む。息をひそめ、気配をかき消す。チョウは行ったり来たりしながら、しだいにこちらへ近づいてきた。高鳴る鼓動を抑えて。あたしの作りだした射程距離サークルに触れるまで、あと数センチ、数ミリ、今だ!


「はぁっ!」


 素早く網を振り払う。

 白い空間がガラスの割れるように崩壊する。辺りの草が揺れ、タンポポの綿毛が一斉に舞い散った。


 ……決まった!


 網の中にはねらいどおり黒いチョウが入っていた。思わずその場でピョンピョンと跳びはねてしまう。やったね、今日も絶好調!


「君はなにかな? クロアゲハ?」


 網を通して観察してみる。黒いアゲハチョウの仲間なのは確かだけれど、後ろばねの先にある突起が長い。それにお腹に赤い模様がついている。これは、もしかして……。


「ジャコウアゲハだね」

「えっ?」


 振り返ると、男の人が一人、あたしの後ろに立っていた。

 思わず開いてしまった網からチョウが飛び出し、彼のもとへひらひらと近づいていった。

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