第5-2話 思わぬ再会(前編)

 

「ふぅ、さすがに暑いな……さっさと宿を確保しようぜ」


「ですわねっ……ぱりぱり……まずはこの青い海で泳いでみたいです……ぱりぱり」


 定期船が港に到着した後、オレたちはテニアンの街中を歩いていた。

 降り注ぐ日差しは強く、行きかう観光客の姿もみな涼しげだ。


 むしろ水着で歩くのが正装という気もしてくる。


 オレたちは夏用の冒険着や制服を着ているとはいえ、周りの人たちに比べると厚着だ。

 早く滞在するホテルを探してのんびりしたい……いっそさっきのリゾートっぽい所に行くか?


 思案する俺の視線が、一つの店を捉える。


 ”今年のテニアンはやりすぎ注意! 新着リゾート特集!!”


 赤、青、オレンジ……鮮やかな原色で描かれたのぼりが目に入る。

 本屋か……ガイドブックに載っている宿に泊まるのもいいな……オレはフィルに声を掛けると、喧噪の先にある本屋へと足を踏み入れた。



 ***  ***


「ふおぉ!? ”今ならスイーツバイキング食べ放題! ご心配なさらず! お腹周りが気になるお嬢様向けに、カロリーキャンセル魔法もご用意しております”ですって!?」


 ガイドブックのとあるページを握りしめ、フィルが興奮している。


 見開きページにはケーキ、クッキーなど色とりどりのスイーツが描かれ、宿泊者にはこれらすべてが食べ放題になると書かれている。


 ていうか”カロリーキャンセル魔法”ってなんだよ……。


 怪しげなひげ面オヤジが、お腹が出っ張った女性をビフォーアフターで魅惑のスタイルに変身させる光景がヘタウマなイラストで描かれている。

 なんか雑誌の裏表紙にある怪しげな広告みたいだな……。


 肝心の住所は……多分先ほど定期船から見えた白亜の建物だろう。

 やはり、アレはリゾート施設だったというわけだ。


 ガイドブックには、ほんの2か月ほど前に建設されたばかりと書いてある。

 少々お値段は張るが、いままでの冒険で色々と報酬をもらいまくったオレたちにとっては特に問題はない。


 フィルも気に入ってるみたいだし、ここにしようか……真新しいリゾートで優雅に過ごすオレとフィル……きらびやかな非日常に二人の距離は次第に縮まっていき……ヨシッ!


 ……ふぅ、いいじゃないか……一瞬でその先の展開まで妄想し終えたオレは、努めて落ち着いた口調でフィルに語り掛ける。


「気に入ってるようだし、そこに泊まろうか」

「お金のことは心配しないで。 それより……」


「!! 素晴らしいですわ!!」

「スイーツバイキングはランチタイムから……急ぎましょうレイル!」


 格好つけたオレのセリフは、口の端にヨダレを垂らした食い気味お嬢様にさえぎられてしまう。

 全くいつも通りだな……通りに飛び出したフィルを追いかけようとしたオレ、ふと棚に並んだ雑誌が目に入る。


 ゴシップネタが得意な雑誌だ……表紙にはでかでかとスクープの文字が踊る。


 ”ラクウェル冒険者学校理事長、ヒューベル公国との闇取引に関与か? 女生徒と夜の特別教育!? 冒険者学校の腐敗に鋭く切り込む!!”


 おいおい、ラクウェル冒険者学校理事長って、ザイオンの奴なにかやらかしたのか?


 ゴシップ紙とはいえ、見覚えのある言葉が並ぶ表紙に目が釘付けとなる。

 オレは思わず手に取ろうとするのだが。


「レイル、急ぎましょう! スイーツが無くなってしまうかもしれませんわ!」


 店の外からフィルの声が響く。

 ふふっ……キミほど食う女の子はそうはいないって。


 オレはもう冒険者学校の学生ではないし、関係ない事か……。

 そう思いなおしたオレは雑誌を棚に戻すと、フィルの後を追うのだった。



 ***  ***


「はふぅ……素晴らしいです」

「こちらのティラミスも、あちらのババロアも……ああ、あちらの香ばしいスコーンとクロテッドクリーム……」

「くぅぅ……1週間分の別腹を発動いたします!」


「しばらく滞在するんだから、抑えて抑えて……腹が出るぞ」


「がふうっ!?」


 港から歩いて30分ほど、小さな入り江を丸ごと改造したリゾート施設のスイーツバイキングにオレたちはやってきていた。


 到着するなり食欲全身全霊なフィルに、鋭くけん制の一撃を食らわせておく。


 大きなガラス窓の向こうには白い砂浜と青い海が広がり……により、様々な大きさの波を起こすことができるらしく、サーフィンも楽しめる。


 砂浜の左右には海上コテージが点在し、入江の中央部には海棲モンスターの出現に備えているのか、ちいさな砦のようなモノが海中から突き出ている。


 アクティビティもセキュリティも万全という事か……オレたちはここから右側に見える小さなコテージに投宿していた。


「く、くくっ……見事な一撃ですレイル」

「ですが、わたくしには切り札となる”カロリーキャンセル魔法”が……」


 いくらフィルの燃費が悪くても、ケーキなどのスイーツはカロリー爆弾だ。


 1か月後、ポッコリ出たお腹に涙することになりかねない……断腸の思いで注意したオレの切なる指摘に、往生際の悪い反論を試みるフィル。


「”カロリーキャンセル魔法”ねぇ……」


 オレは胡散臭い目線をスイーツバイキング会場の隅に投げる。


 確かにそこには怪しげなおっさんが”カロリーキャンセル魔法”なる銀スキルをふくよかなご婦人に発動させているのが見えるのだが。


「ふあ……あらあらっ、思わずめまいが……体中の糖分が抜けたような感覚がするでございますわ……ああ、癖になるぅ」


 スキルが発動した瞬間、ふらりとたたらを踏んだご婦人が、うっとりとした表情を浮かべる。

 ……あれ、カロリー以外も抜けてないか?


「いや、どうみても怪しいだろアレ」


 思わず呆れ口調になったオレ。

 フィルも何か気になることがあったのか、首をかしげている。


「……おかしいですね、いま”魔力”が海の方に流れたような? 気のせいでしょうか」

「ですが、レイルの言う通り怪しげなスキルに頼るべきではありませんね……残りは明日以降の楽しみとしましょう」


 さすがに観念したのか、両手に構えていたスプ―ンとフォークを置くフィル。

 それより泳ぎに行かないか、オレが彼女に声を掛けようとした時。


 とんとん。


 気安くオレの肩を叩くヤツがいる。


 だれだ……?


 振り返ったオレが見たのは……。


「よっ、おふたりさん久しぶり! 相変わらずいちゃいちゃしてんね!」


 恵まれた身体と人懐っこい笑み……ラクウェル冒険者ギルドで働いているはずの、オレの親友ロンドだった。

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