第5-1話 楽園の島々
「ふわぁあ~、きれい!」
「透き通った海、遠くまで見通せる透明感のある空気……輝く太陽を浴びてそっとグラスを傾けるわたくし……」
「まさに完全無欠のお嬢様……ゴッドお嬢様と言い切ってもよろしいでしょう!」
ヒューベル公国の港から定期船に乗って20日あまり、オレたちは次の目的地である南国の島国、
テニアン王国へやってきていた。
最北端の国から最南端の国へ。
季節はすでに盛夏……日差しは肌をさすように強い。
レンディルより遥かに南にある場所であるため、船べりから見える海はどこまでもコバルトブルーで。
海水の透明度が高いため海底に敷き詰められた白い砂まではっきりと見える。
点在する島々にはヤシの木が生え、穏やかな波が打ち付ける砂浜が、目にも鮮やかだ。
そんなリゾート感満載の空気の中、デッキに備え付けられたリゾートチェアーに寝そべり、海の色と同じエメラルドグリーンのサイダーを飲むフィルは、確かに見た目だけなら完全無欠のお嬢様だろう。
清楚な純白のワンピースと、ちらりとのぞくきめ細かい褐色の肌のコントラストがとても美しい。
ラフに編みこまれた麦わら帽子をかぶり、わずかに色の付いたサングラスの下からのぞく赤い瞳が蠱惑的だ。
……ワイングラスに注がれたサイダーの当てにしているのが”えびせんべい”でなければ。
ばりばり!
見た目完璧なお嬢様から鳴り響く庶民的な食事音。
や、やめてフィルお姉さま!
ギャップ萌えにも限界がありましてよ!?
……などと思わず謎のお嬢様妄想が脳内に現れるくらいには、ほほえましい光景だ。
「はふぅ、この軽快な歯ごたえとサクラエビの香ばしい香り……クッソ美味ですわっ!」
すかさず撃ちだされたお嬢様感ゼロのセリフに思わず吹き出してしまう。
このお嬢様は、船内の売店で売っていた定期船名物サクラエビのえびせんべいがいたくお気に入りなのだ。
「ぷっ……それじゃ、オレも一枚もらおうかな」
「あっ……食べすぎはいけませんよっ」
「船の売店で売ってるんだから、降りる前に買い占めてやるよ」
「!! 約束ですよ?」
そんな会話を交わしながらオレもリゾートチェアーに腰掛ける。
ふたりの間に置かれたサイドテーブルからえびせんべいを数枚つまむと、口に運ぶ。
さくっ、確かな歯ごたえにふわりと香るえび。
うん、美味い!
ワインでも買ってこようかな?
18歳になり成人したオレは、大人たちが語っていた”いいつまみがあると酒が飲みたくなる”という
感覚をなんとなく理解できるようになっていた。
船上を吹き抜けるさわやかな風を割って、定期船はテニアン王国の港へと向かっていく。
と、視界の先、定期船の航路の脇でばしゃん、と水面から跳ねる影が見える。
イルカの群れかな?
そう思ったが、船が近づくにつれて影は人の形をとり……。
ぱしゃ、ばしゃん!
左右10メートルほどの間隔をあけて水面から飛びあがった人影が、降り注ぐ日光に水滴をキラキラと光らせながら空中でクロスする。
にこり、とこちらに笑いかける表情はとても輝いている。
ひとりは水色のショートカット、もう一人は桃色のロングヘア―。
ビキニタイプの水着を着た少女たちが着水後、定期船に向かって大きく両手を振る。
上半身はすらりとした美少女だが、下半身は髪と同じ色の鱗で覆われており、大きなヒレが背中と人間でいう所の足先に生えている。
そう、彼女たちはマーメイド種族。
テニアン王国はマーメイドをはじめとした、亜人の国なのだ!
マーメードたちは隊列を揃えると、”ようこそ、南国リゾートテニアン王国へ!”と書かれた横断幕を掲げる。
空からはハーピーの少女たちがキラキラと光る紙吹雪を撒く。
テニアン王国は観光の国だからな……定期船に乗ってくる観光客を歓迎しているようだ。
甲板に集まった乗客たちも、亜人の少女たちが繰り広げるかわいい歓迎に、笑顔で手を振り返している。
「のええええええっ!?」
「アレは伝説のマーメイドに……ハーピィ!?」
「まるでお伽噺の絵本の中ではないですかっ!」
その光景に一番興奮しているのはフィルだ。
麦わら帽子をすっ飛ばし、手すりから身を乗り出さんばかりにして彼女たちに手を振り返している。
「……ロゥランドには亜人族はいないの?」
「そうなのです! 一部わたくしのようなエルフの末裔はいますが……ふわぁ! すごい、凄いですわ!」
「これぞまさにファンタジー! ファンタジーお嬢様ですっ!」
ダークエルフの血を引いた異世界大魔導士というファンタジー属性てんこ盛りの女の子がマーメイドに興奮するという図はなかなか面白いが、そろそろ港に着くので下船の準備をしなくてはいけない。
オレはいまだ興奮しっぱなしのフィルの頭にポンと手を置くと、優しく語り掛ける。
「もうすぐ着くから、部屋を片付けるぞ」
「テニアンにはマーメイドと一緒に泳げるアクティビティ、なんかもあるらしいから、後で一緒に遊びに行こう」
「レンディル家とヒューベル公の紹介状もあるし……しばらくのんびりと観光を楽しむのもいいんじゃないか?」
「!! いいですわねレイル! 絶対ですわよ!」
オレの申し出に、きゅぴ~んと目を光らせたフィルは、オレたちの部屋に走っていってしまった。
いつも通りの反応に苦笑するオレ。
ふと、視線の先、テニアン王国の港の向こうに巨大な白亜の建物が見える。
そういえば船内のチラシで見たな……新たにオープンした巨大リゾート施設らしい。
季節は夏……女の子たちの肌が煌めく魅惑の季節。
去年までは遠くから眺めるだけだったけど、今年のオレは一味違うぜ!
オレはフィルの後を追いながら、彼女と一緒にリゾートをエンジョイしまくる光景を思いうかべ、ニヤニヤと頬を緩ませるのだった。
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