第4-3話 極寒のヒューベル公国(後編)

 

 海都レンディルから定期船に乗って2週間……”世界を分けた魔術”が記された石板のかけらを見せてもらうため、ヒューベル公国にやって来たオレたち。


 そこで見たのは、6月になったというのに雪と氷に閉ざされている港の姿だった。


「馬鹿な! 2か月前に寄港した時より雪が深くなっているだとっ!?」


 呆然と港を見つめるオレたちの隣で、船長が驚きの叫びをあげている。


 2か月前と言うと4月か……その季節なら年によっては厳しい寒さが残っていてもおかしくはないが、今は6月である。

 いくらヒューベル公国が世界でも北の方にあるとはいえ、これはおかしい。


 何が起きているのだろうか……流れ着いた流氷を迂回した定期船は、かろうじて氷に覆われていない桟橋に接岸する。


 とりあえず、街で聞き込みでもしてみるか?


 接岸に時間を要したので時刻はもう夕方……宮殿に行くのは明日にして、ホテルを探した方がいいだろう。

 オレは荷物をまとめ、下船の準備をする。


「な、なななな……なんと寒いのでしょう!」

「レティシア王国は温暖な地域なので……こんな大量の雪、初めて見ました……ずびぃ!」


 甲板の上に立ち、震えながら盛大に鼻水を垂らすフィル。

 オレは苦笑しながら、ハンカチで拭いてやる。


「あうう、すみませんレイル……カルラさんに寒冷地用のお召し物を譲って頂いて良かったですわ……」


 カルラさんとは、フィルと仲良くなっていたちょっとファンキーな女性船員である。

 ヒューベル公国がいまだ春にならないとの情報を聞きつけ、冬用の服をフィルにくれたのだ。


 いまだ肩を抱き震えているフィルはいつもの制服姿ではなく、もこもこのついたフードをかぶり、上半身にはファーのついた茶色のジャケットを着ている。

 内側にはユキウサギの毛がふんだんに使われており、とってもあったかそうだ。


 スカートはいつものヤツだが、すらりとした美脚は黒いタイツに覆われ、足元はムートンブーツ。


 オレとしては露出が減ってしまって残念なのだが……アレ?


 もこもこの可愛い上半身に対して、すらりと伸びたタイツに覆われた脚……少しゴツイブーツが、彼女の脚線美をより際立てている気もする。


「ふむ…………寒いのもアリだな!!」


「わたくしは無しですっ!」


 新たな脚フェチの境地を開けたかもしれない……オレは満足感を胸に、ヒューベル公国に新たな一歩をしるすのだった。



 ***  ***


「ふわぁ~、ようやく暖かい所に来れました……やはり厚着は苦手です」


 30分後、街の中心部にあるホテルに投宿したオレたちは、暖かい部屋でくつろいでいた。


 さすがは寒い地域である。

 部屋には暖炉が供えられ、薪が爆ぜる音がぱちぱちと響いでいる。


 よほど厚着が苦しかったのか、フィルは部屋に入るなりフードとジャケットを脱ぐといつものへそ出し制服姿になる。


 下半身の黒タイツはそのままなので、ブーツを脱いでベッドに座り、足をプラプラさせているフィルの様子が気になって仕方がない。


「あ、そうです……厚着をしていると、魔力が服にこもりますよね……ふふふ」


 オレが内なる邪神と激闘を繰り広げていると、何を思いついたのか、微笑を浮かべたフィルがオレに近づいてくる。


「すはぁ……いいですわレイルの魔力臭……程よくこもってしっとりと……わたくしの魔術も活性化します……くんくん」


 うわぁ!?


 忘れてた……フィルって魔力臭?フェチだった!


 一日中厚手のジャケットを着こんでいたオレから立ち上る魔力臭がこのお嬢様はたいそうお気に入りらしく……赤い目をとろんとさせ、鼻をクンクンさせながら迫ってくるフィル。


 ああああ、フィルさん変態すぎませんか?

 オレは蛇に睨まれた蛙のように硬直する……。


「うふふふふふ……はむっ」


「あっ……」


 フィルの柔らかな唇の感触を耳たぶに感じた瞬間、オレはあえなく目を回したのだった。

 だからなんでいつもオレは迫られる側なんですか?



 ***  ***


「祭壇まで行けない……ですか?」


 寝不足な一夜が明けた後、ヒューベル公国の宮殿を訪ねたオレたち。

 エレンがくれたレンディル家の紹介状のおかげで話はスムーズに進み、石板のかけらを見る許可は下りたのだが……。


 面会してくれた文化財担当の女性は、申し訳なさそうに頭を下げる。


 女性の話では、オレたちの求める石板のかけらは、山奥にある公爵の別邸の資料室に保管されている。

 だが、ずっと降り続く雪のせいで、別邸に続く道が雪崩に埋まってしまったらしい。


 公国は終わらない冬への対策と、国民に対する食糧支援などで精いっぱいであり、復旧のめどはたっていないとのこと。


 オレたちのためだけに雪崩をどかしてくださいとは言えず、見学許可証だけもらったオレたちは宮殿を辞するのだった。


 ヒューベル公国での冒険は、しょっぱなから大きな壁にぶち当たっていた。

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