第4-2話 極寒のヒューベル公国(前編)

 

「はっはっはっ!! やるじゃねーか、兄ちゃん姉ちゃん!」


 ばしん!


 ビールを片手に陽気に笑う船員リーダーのおっちゃんが、オレの背中をばしんと叩く。

 オレはおっちゃん達のように脳筋キャラじゃないので普通に痛い。


 ここは船内の船員食堂……スキルを駆使し、無事にシーサーペントを退治したオレたちは、お礼がしたいという船長の申し出で、船員たちの宴会に参加していた。


 ちなみに、シーサーペントに飲み込まれた船員は、噛まれずに丸のみにされたこと、オレたちの退治が早かったおかげで、消化される前にヤツの胃を切り裂いて救助されていた。

 命に別状はないという事で、本当に良かった。


「もぐもぐ……シーサーペントづくしというのも、ゲテモノコースではありますが意外に美味……」

「はっ!? 狩りは上流階級の嗜み……ならばこういうゲテモノジビエ料理もお嬢様道の……!?」


 フィルの爆炎魔術でこんがりと焼かれたシーサーペントは、船員たちの手で野趣あふれるフルコースに変身していた。

 ヤツの肉は青白いので、いまいち食欲をそそられない見た目だが、味は美味い。


 フィルはそれらの料理を片っ端から底なしの腹に詰め込みながら、妙な納得をしている。

 いつもの事なので放っておこう……オレが飲み物を取ってこようと部屋の端に備え付けられたドリンクカウンターに移動すると、豪快にウィスキーを瓶ごと傾けていた船長が話しかけてくる。


「レイル殿……素晴らしいスキルですな」

「私も多少釣りは嗜みますが……シーサーペントを釣り上げるなど……もしかして、史上最強の太公望となるかもしれませんな!」


 釣りは大好きだけど、史上最高の釣り師などと褒められると恥ずかしくなってしまう。

 思わず頬を掻くオレ。


 船長は上機嫌に笑うと、一枚のチケットをオレに手渡す。


「これは、私が所属する運輸ギルドの特別優待チケット……世界中をめぐる定期船の一等船室が割引になりますので、今後とも私たちをご贔屓に!」


 船長はオレの肩をポンと叩き、宴会の輪へ戻っていた。


 これはありがたい! 今後も定期戦に乗ることは多いだろうから、たっぷりと船旅を楽しめそうである。

 そ、そのうちより親密になったフィルと……思わず妄想にふけってしまう。


「ようレイルの兄ちゃん、アンタも飲みな!」


「おっと……うりゃっ!」


「おお、いい飲みっぷりじゃねーか!」


 入れ墨をした船員のおっちゃんから手渡されたジョッキを一息であおる。

 船員食堂での宴会は、さらなる盛り上がりを見せていた。


「ふふっ……フィルちゃんいい食べっぷりだねぇ! こっちも食べな!」


「これは……モツ、ですか……はうっ、噛みしめるほどに湧き出す脂のうまみ……お腹周りは気になりますが、この甘美な魅惑にあらがう術をわたくしは知りませんっ!」


 数少ない女性船員に囲まれたフィルの食べっぷりも相変わらずだ。

 その細い体のどこにそれだけ入るのか……鍛え上げられた船員たちに負けない健啖っぷりに、すっかり気に入られている。


「それにしてもフィルちゃん、その服はかわいいけどサ、これからヒューベルに行くってのにへそ出しで大丈夫かい?」


「ひうっ!? お腹をつんつんしないでいただけますかっ……って、いくら北の国とはいえ、もう初夏になりますでしょう?」


 赤髪の女性船員が、ニヤニヤしながら、へそ出し制服姿のフィルのお腹をつまんでいる。

 うらやましい……おっと、それはともかく女性船員が気になることを言っている。


 フィルの言う通り、季節は春を過ぎ初夏に向かう……いくらヒューベル公国が北にあるとはいえ、そんなに寒いはずはないんだけど。


「いやね、今年はみょうに雪解けが遅くて、ヒューベルはまだ雪に閉ざされてるらしいよ……それよりフィルちゃん」


 女性船員はにやりと笑うと、なにかフィルに耳打ちしている。


「ごにょごにょ……普段露出多めなコが厚着する、そのギャップが意外に効くもんよ? カレに見せたげよ? 気になるなら後でアタシんとこにおいで」


「へうっ!? わたくしとレイルはそんな関係では……ってはうううっ」


「いやー、真っ赤になってカワイイねぇ!」


 ヒューベル公国に到着する頃には6月になるのに雪だって?

 あの船員さん酔っぱらって顔を真っ赤にしているから、大げさに言ってるのかもしれない……。


 それよりも、船員さんがフィルに何を言ったのかが気になる。

 まさか寒いから厚着させるとか……フィルは生足へそ出しルックが最高なのに……。



 そんなオレのヨコシマな願いは、ヒューベル公国を目の前にして粉々に打ち砕かれることになる。



「なんだこれ……?」


 唖然としたつぶやきが、オレの口からもれる。


 目の前の光景が信じられない。

 吹きすさぶ寒風が肌を刺し、舞い散る吹雪が視界を真っ白に染める。


 それから10日後、ヒューベル公国の港に到着したオレたちが見たのは、凍り付いた海と、雪に閉ざされた街並みだった。

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