衝撃的レーザー光線
門前払 勝無
第1話
目を瞑っていても見えてくる無機質な街並みは作り物の枯れ葉が舞う。
部屋のなかにゴミを増やしたくないから富士そばで食べてから帰る。美味くも不味くもない…。おばちゃんに愛想笑いで「御馳走様」を言う。
部屋に帰りCOACHのバッグを玄関に置いてリビングのソファに寝転がる。電気も着けずに天井を見上げる。
むかしむかし、あるところに若い娘が居ました。娘は池に輝く星を見ていました。池から白い蛇が現れて娘に言いました。「見上げてごらんなさい…池に輝く星は上にあるんだよ…貴女も頑張ればあの星になれるんだよ」と言いました。娘は目を輝かしてたくさんたくさん勉強しました。大学に入りました。企業に就職しました。一生懸命働きました。でも、どこにも星は在りませんでした。
おしまい…。
嘘の竜巻があちらこちらに発生している。
嘘は私を勇気づけてくれた。嘘に惑わされた。嘘に泣かされた。嘘を武器にした。嘘は私を守ってくれた。嘘は私を裏切った。
でも、今は嘘と共存している。孤独でも別に構わない…。星に手が届くなんてもう思わない。無機質の中で淡々と時が流れるのを感じていくだけで…それだけでいい。
最近笑っていない…。
外が明るくなり無表情の私を鏡に映して化粧をする。寝て、起きて、太陽の光を浴びても大して気持ちよくはない…どうでもいい。
世界は温暖化なのに私は氷河期である。氷河の海をさ迷いながらプランクトンの輝きを眺めている。深海に潜れば潜るほど孤独で切なくなっていく…。
コンビニのサンドイッチのレベルの高さに少し満足していると、上司と一緒に白黒のオフィスにそぐわない格好の男の人が入ってきた。皆、机もパソコンも景色は全て白黒のなのにその男の人はカラーだった。
上司と男の人はしばらく話をして男の人だけオフィスから出ていった。
上司は男の人は社長の息子だと言っていた。
それから男の人を社内でよく見掛けるようになった。男の人は常に一人で誰とも口をきかないで本を読んだり煙草を吸ったりしていた。
帰りに富士そばでご飯を食べていると、一番奥で男の人が蕎麦を食べていた。男の人は私には気づかないでスマホを観ながら蕎麦を食べている。
私は無視するのも変だと思い、思いきって声を掛けてみた。
「お疲れ様です。総務部の中川です」
「あぁ、お疲れ様です」
「遅くまでご苦労様です」
「…ここは会社じゃないから気を使って声をかけなくてもいいですよ」
「…でも、気づいてしまったので…」
「気づかれたのか…」
男の人は笑った。
「今度からは気づかれないようにするね…気を使わしたくないので…」
私も笑った。
「これから呑みに行くけど…行きますか?」
私は戸惑った。
いきなりのお酒の誘いなんて初めてで言葉に詰まってしまった。
「迷惑ですよね…こりゃ申し訳ないです」
男の人は席を立って会釈して店を出ていってしまった。
私は、慌てて追い掛けた。人混みの中に一人だけカラーだったから直ぐに見つけられた。
「私…あんまりお酒強くないですけど…お供します」
息を切らした私を見て、男の人は笑っていた。
男の人の後をついて入ったお店は、お洒落なバーとかではなくてこじんまりした居酒屋であった。カウンターの一番奥に座って、とりあえず生2つ頼んだ。
切り干し大根のおとうしを摘まみながら乾杯した。
「大木義明と言います。よろしくね」
「総務部の中川奈美恵と言います。こちらこそよろしくお願いいたします」
「なんとなくビールが呑みたくなってね、誘ってしまったよ」
「あんまり…強くないですけど…」
「自分のペースで飲めばいいよ…つまみも頼んでね」
「ありがとうございます」
「中川さんは何が好きですか?」
「…え、特に…」
「じゃあ、何が嫌いですか?」
「…人間…かな…」
「…プッ」
義明はビールを吹いた。
私は謝りながらおしぼりを渡した。
「嫌いなものは人間かぁ…確かにね…」
「義明さんもですか?」
「好きか嫌いかでいったら嫌いかなぁ…」
「やっぱり…」
「やっぱり?」
「いつも会社で一人でいるじゃないですか?だから…人間嫌いかなって思っていて…」
「好きで一人で居るんじゃなくてたまたまだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。しかし、よく見てるんだね…俺はそんなに見える場所にいるかな?」
「つい…なんとなく見えてしまうんです…なんと言うか…白黒の中にカラーがあるんです。だから、目に入ってくるんです」
「なにそれ?第六感的なヤツかな?」
会話は弾んだ。日頃の話や義明の今までの話、私の生い立ちやくだらない事等、色んな話をした。
楽しかった…。
久しぶりに笑った気がした。
私達は社内でも顔を合わせると笑顔で挨拶した。休み時間はお喋りした。たまにあの居酒屋で呑んだ。
私は義明さんに惹かれていた。私の話を黙って聞いてくれて、微笑みながら優しく頷いてくれた。
でも、それ以上は近付けなかった。近付いてはいけない気がしていた。そう思うと、悲しくて辛くなった。義明さんから手を握ってくれないかと願っていた。そしたら、私は力いっぱい握り返すのに…。
暗くて惨めな毎日に朝陽が射し込んできて、太陽の暖かさが気持ち良くて、毎朝カーテンを開けるのが楽しくて、喫煙所からの義明さんの眼差しがはにかんで、私達は互いの気持ちが解っていて近付けないのも解っていて…。それでいいと、このままでいいと堪えている。手が届く距離に近づいたら、気持ちの風船が破裂してしまうかも知れないから…分厚いガラス越しに微笑み会うだけで満足しなくてはいけない…。
上司から呼び出されて義明さんと付き合っているのかと聞かれた。社内で噂になっているから自粛するように言われた。もしくは、転属願いを出せと言われた。
私は首を横に降った。
直ぐにでも義明さんに会いたかった。どうなっても良いから気持ちを確かめたかった。
その日は義明さんを見なかった。帰り富士そばにも居なかった。
次の日も見なかった。
社内の噂を聞いた。義明さんの噂だった。昔、犯罪を犯した。女性社員を流産させた。会社のお金を横領していた。得意先の令嬢と結婚したがドメスティックバイオレンスで離婚した。海外へ飛ばされていた。今回も海外へ飛ばされた…。
でも、私にはどの噂もどうでもよかった。それが本当であっても私の気持ち風船は膨らむ一方であった。
義明さんを見ない日が続いて、朝がまた暗くなり始めていた。また、何もない日が始まり出した。
その日はユラユラとしていて、生暖かい空気が漂っていて、なんだか私もフワフワしながら歩いていた。
ノイズのかかった視野に、はっきりとしたカラーが立っていた。徐々に近付いてきて目の前に立っていた。
義明さんは私の手を握って、何も言わずに歩き出した。私は何も怖くなかった。
義明さんの手から伝わる色が私もカラフルに染めていった。
大きなガラスからはあの時にみた池に輝く星が一面に広がっていた。義明さんと抱き締めいながら、その星空を眺めた。ガラスに映る二人は透き通っていて、全身に伝わる暖かさが太陽の陽射しに似ていて、言葉じゃない…愛を実感した。
白い蛇が言っていた星になれた。義明さんと一緒に一つの星になった気がした。
私達は朝陽が昇るまで一つになっていた。モーニングコーヒーを飲みながら、東京の街を見下ろしていた。
義明さんは大きなキャリーバッグを私の目の前で開けた。バッグには半分荷物が入っていて、半分は空いていた。
「奈美恵が俺の事を本気ならこの半分に奈美恵の荷物を詰め込んでくれ…そして、俺と旅に出掛けよう」
私はパンツ一丁の義明さんの前に座って、頷いてから抱きついた。
「俺も人間が大嫌いなんだよ…でも、奈美恵は大好きなんだよ…ずっと、こうしたかったんだ」
「私も、こうしたかったよ…もう、堪えない!我慢しないよ!」
衝撃的で電撃的な出会い。
雷に射たれたような…輝きを放って停まっていた時計が動き出したような…まるでそんな感じであった。
おわり
衝撃的レーザー光線 門前払 勝無 @kaburemono
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