044 勇者~無限の悪夢
「わ、私に……跡継ぎをの、残せ、だと……?」
「えぇ、そのとおりです」
震える声で尋ねるセオドリックに、じいやはにこやかな笑みで答える。
「王子は常日頃から、野望という名の夢を抱えておられましたね。たくさんの女性を抱えて寝たい、でしたか……その夢、今こそ叶うときが来たということ。じいやはとても嬉しく思いますぞ」
「ちょ、ちょっとま――あだだっ!」
急に声を張り上げたために、体が軋むように痛みが走る。しかしセオドリックは根性で耐え凌ぎ、なんとかじいやに視線を向け、声を張り上げた。
「どういう、ことだ? そもそもこんな体で、跡継ぎなど……」
「王子の動きを期待してはおりませんよ」
「な、なに……?」
セオドリックの表情が固まる。じいやの声から、急に感情が抜け落ちたような気がしたのだ。
笑みこそ浮かべているが、今までにあった暖かさは欠片も見られない。
この老人は一体誰だ――そう本気で思えてならないほどに。
「何も王子が物理的にあれこれしなくとも、子種さえ吐き出せれば十分なのです。そのための女性の『皆さま』にも、お越しいただいておりますゆえ」
「み、みなさま……だと?」
つまり、一人ではない。じいやの言葉に対して、セオドリックに並ならぬ恐怖がのしかかっていた。
それは思いっきり表情に出ていたが、じいやは気にすることなく続ける。
「どうぞ、お入りください!」
じいやが手を叩きながら声をかけると、ドアが開かれ数人の女性が入室する。
皆揃って貴族令嬢らしい服装で、顔は美人の類、スタイルは抜群。そして全員に共通しているのは――セオドリックを見る目が獲物を狙うハンターの如く、鋭い何かを秘めているということだった。
当然、セオドリックもそれに気づいており、彼女たちを見た瞬間、ヒッと喉の奥から声を鳴らす。
(な、なんなんだ、この女どもは? なんでこんなにも恐ろしく感じるのだ?)
それは、初めて感じることでもあった。これまで彼が見てきた女性は、自分よりも下の立場だらけだった。そして立場が通じなくとも、己の力と話術でねじ伏せてきていた。
それこそ唯一効かなかったのは、ディアドラぐらいである。
しかし今、彼は思う。
目の前に現れた全員に勝てる気がしない、と。
同時に気づいた。自分は今、何もできない赤子も同然の存在だということに。
(ひぃっ! そんな目で私を見るな! 私はケガ人なのだぞ! そんな舌なめずりをしながら近づくんじゃない! そんなデカい胸を寄せてアピールするな! いつもなら大歓迎だが、今はとにかく恐ろしいだけなんだよ!)
必死に声にならない声を解き放つが、女性たちはニンマリと笑うばかり。そしてその中の一人が、じいやにゆっくりと視線を向けた。
「ねぇ? あとは私たちの好きにしていい、ということでよろしいのかしら?」
「はい。目的達成のため、王子を何卒よろしくお願い申し上げます」
ですが――と、じいやは続けた。
「今は見てのとおり、怪我を負っている身である故、そこのところを考慮していただければ幸いでございますが……」
「御心配には及びませんわ。私たちは魔法学園を優秀な成績で卒業した身分。痛みを快楽に変える魔法や、体力と精力を回復させる魔法を使い、セオドリック様を飽きさせるようなことは致しませんわ♪」
「そうですよぉ? 私たちが精いっぱい、王子様を天国を導きますから」
二人の女性の言葉に、他の女性たちもうんうんと頷く。しかしその言葉は、セオドリックには地獄からの使者が解き放った言葉に聞こえてならない。
(痛みを快楽? 飽きさせない? 天国? そ、それで私を殺す気なのか?)
セオドリックの表情が、段々と青ざめてくる。目を逸らしたくて仕方がない。しかしどこへ逸らしても彼女たちのいずれかの顔が飛び込んでくる。
ベッドの周りを囲んでいた。
もう視線から外されることのないように。決して逃げられやしないと、圧をかけているかのように。
「では皆さま、後はごゆるりとお過ごしくださいませ」
「かしこまりましたわ」
じいやは一礼し、そのままそそくさと歩き出す。セオドリックが声をかけようとするが、恐怖と戸惑いから声にならず、じいやは退出してしまった。
パタンと扉の閉じる音が響き渡ると同時に、女性たちの笑みが深くなる。
「――さぁ、セオドリック様。ここからは私たちがお相手いたしますわ」
それはまるで、死刑宣告のようであった。
頭の中が真っ白になる。脳が考えを遮断しようとしてくる。自分の中にいる知らない何かが、訴えているような気がした。
もう何も考えるな、考えたところで意味なんてないのだからな、と。
「たっぷり楽しんでくださいまし――永遠に終わらない『オトナの時間』を♪」
「は、ははは、ははははは……」
半分瞳孔が開いた状態で、乾いた笑みを漏らすセオドリック。そんな彼を見下ろす女性たちは、怪しげな笑みを絶やすことはなかった。
◇ ◇ ◇
「ど、どうし、て……こ、こう、なっ……た……?」
呟かれた声は、かすれていて殆ど聞こえない。仮にちゃんと出ていたとしても、周りに聞こえていたかどうかは怪しい。
彼女たちは、今日も『行為』に夢中だった。
一人が終われば次の一人が。そしてそれが終わればまた次と、決して途切れる様子を見せることはない。
もう、何日も、何ヶ月も――当たり前のように続いた。
何も感じることはない。
世の男性ならば、当たり前のように興奮するであろう光景が、全てにおいて流れるような『景色』の一つに過ぎない。
彼はもう、表情を出すことはなかった。
そんな彼に対し、女性たちは今日も、全裸で淫らに動き続ける。
「ふふ♪ そろそろお疲れみたいですね。回復魔法をかけておきましょうか」
慣れた様子でサラリと魔法を施す女性の笑顔は、傍から見れば天使のようだ。しかしセオドリックからすれば、それは単なる仮面であった。
その下に隠される肉食獣のような表情が、頭の中から離れてくれない。
豊かな胸を揺らす度に、激しく腰を上下左右に動かす度に、そして――回復魔法を施す度に、その仮面がずれて見えるような気がした。
今、自分は生きているのか。
実はもう生命活動を終えているのではないか。
それともこれは、魔法で見させられている『無限の悪夢』なのではないか。
はたまた――
「ふやぁっ!」
その瞬間、何かの声が聞こえた。
これまで全く聞き覚えのない声だった。一体何が来たのか、鳴き声を発する動物のような女が来たのか、それとも人間でも魔族でもない、未知なる種族のヒトが現れたというのか。
そんな考えが彼の脳内で展開されていることを露知らず、彼女たちはその腕に抱かれた小さな存在に興味を示す。
「あらー、元気に生まれましたのね?」
「えぇ。男の子なんですよ。パパに会わせてあげたいのもあるんですけど――」
赤子を抱いた女性は、一瞬にしてその目を、肉食獣を狙うハンターの如くギラリと鋭く光らせる。
「早速二人目を作りたいと思いますの。なので代わってくださいまし♪」
「な……!」
セオドリックは思わず、喉の奥からかすれた声を出す。殆ど無意識だった。今の状況をまともに把握できておらず、どうしてそんな声が出たのか、当の本人ですら全く分からない。
ついでに言えば、周りは彼の様子など、まるで気にも留めていなかった。
「ちょっと、私も二人目を作ろうとしているんですからね!」
「私のお腹の子ももうすぐ生まれますから、そうしたらもう一人、すぐに仕込んでいただきたいですぅ♪」
「ふふ、二人目だけじゃなく、三人目も四人目も、いっぱい作らないとね?」
「当然ですわ。まだまだこれからですわよ♪」
キャッキャとはしゃぐ女性たち。子を産んでも変わらない様子を見せており、これからもずっとそれを続けていく覚悟すら感じさせる。
魔法による精力増強と、体力低下無効が付与されたセオドリック。
体の痛みは全て快楽へと変化させられ、なおかつ動けない体の状態は、未だ何の変化もない。
女たちからすれば、これほど都合のいい存在はいなかった。
終わりのない『大人の時間』が続いてゆく。
そしてそれは、セオドリックが願っていた野望――『女に埋もれて生きる』ことが叶ったと言えなくもない。
だが――
(ち、違う……こんなの、わ、私が望んでいたものなんかじゃ……)
もう何度思ったか分からない言葉が、今日も彼の心から紡ぎ出される。
そこに再び、扉の開く音が遠くから聞こえてきた。
「初めましてお姉さま方! 今日から新しく囲わせていただく者ですぅ!」
「あら、また何人か増えたみたいですわね。大歓迎ですわよ。早速この私が、簡単なルールを説明いたしますわ」
声が増えた。それも一人や二人ではなかった。
女性たちが嬉しそうにはしゃぎ出す。それと反比例して、セオドリックは自分の中にある感情が、更に抜け落ちていくことを感じずにはいられなかった。
(あぁ……終わらない。本当に終わらないんだな……この悪夢からは……)
彼は今日も、宛がわれた女に抱かれ続ける。
いつしか本当に何も考えられなくなり、彼は程なくして、ただ女たちを満足させるための『人形』と化してしまう。
夢が叶った彼の世界は、永遠に終わることはない。
無限の悪夢に囚われたら最後、抜け出すことはできないのだから――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます