040 聖なる共鳴



 魔界で騒ぎが起きている頃、聖なる島でも騒ぎが起きていた――


「いよいよ来たかな?」

「みたいねぇ」


 アレンとディアドラが、島の中心部を見上げながら表情を引きつらせる。

 聖なるコアが過剰な光を発しているのだ。小刻みに小さな揺れも発生しており、いつどこで大きな地震に発展するかも分からない。

 聖なる島の危機――今がまさに、その時だと誰もが思った。


「皆の者、すぐに安全な場所へ避難せよ。絶対に一匹で行動するでないぞ!」


 エンゼルが島の魔物たちに声をかける。あらかじめ来るべき時に備えて話し合いを進めていたおかげか、前の異変の時よりも冷静な様子であった。


「誘導はオレに任せてくれ。飛びながら逃げ遅れたヤツらも探すぜ」

「ぼくはあれんといっしょにいくよー!」


 ガトーが空を飛び、クーがアレンの足元に駆け寄る。他の魔物たちも各々がやれることをやるために動き出していた。

 皆、この島を守るために一生懸命なのだ。

 そしてその気持ちは、アレンとディアドラも同じであった。


「それじゃあ、僕たちも行こうか!」

「えぇ。私たちの力で、この島の危機を救いましょう!」

「おーっ!」


 アレンとディアドラ、そしてクーが走り出す。エンゼルもそれに続いてポヨンと弾みだしたところで、くるりと振り返る。


「スマンが、後を頼むぞ!」

「こっちは任せな! アレンたちの成功を祈って応援してるぜ!」


 空を飛ぶガトーに続いて、見送る魔物たちも鳴き声で声援を送ってくる。それがアレンたちを、力強く前に進ませていた。

 必ず聖なるコアを救ってみせる――そう胸に誓いながら。


「ううむ……これは少々マズいぞ」


 小刻みに発生する揺れに対し、エンゼルは険しい表情を浮かべる。


「この間の一件以上に、事は一刻を争う事態のようじゃ!」

「確かに。前に比べると揺れの頻度が多いよね」

「コアの光も、一気に強くなってるわ!」

「なんかざわざわするよー」


 聖なるコアの光が点滅するように強弱を繰り返している。それに合わせて、聞こえないはずの『音』も聞こえているかのようだ。

 否、音というよりは、むしろ『声』と言うべきかもしれない。

 叫んでいる。

 痛い、助けて、怖いよ――と。


(待ってろよ! すぐに僕たちが助けてやるからな!)


 アレンは無意識に心の中で呼びかけた。彼の目に迷いも、そして怯えもない。まっすぐな視線をコアに向け、ひたすら丘を駆ける。

 時折訪れる地面の揺れに耐えつつも、ひたすらそこを目指していく。

 そして遂に――彼らは辿り着くのだった。


「やっと……やっと着いた」


 肩で息をしながら、アレンは見上げる。コアが殆ど点滅状態となっており、まるですぐにでも弾け飛びそうだ。少なくとも安全には見えない。


「ディアドラ!」

「えぇ!」


 アレンの呼びかけに頷き、ディアドラも即座に動き出す。エンゼルとクーが黙って見守る中、二人は迷うことなく進んでいく。

 近づけば近づくほど、魔力の魔導が強風の如く阻む。

 それでも立ち止まることはしない。二人で支え合いながら、力いっぱい足を踏みしめて向かい、ようやく目の前までやってきた。

 ディアドラに支えされながら、アレンがそっとコアに手を触れる。


「――っ!」


 凄まじい静電気が襲ったかのような感触に、アレンは仰け反りそうになる。しかしコアから手を離すことはなかった。絶対に離してはいけない、ここで離したら取り返しがつかないと、そう思えてならなかったのだ。

 そんな必死な表情のアレンに、ディアドラが心配そうな視線を向ける。


「アレン……」

「大丈夫。始めちゃって」


 一筋の汗を流す彼の笑みは、明らかな強がりが混じっていた。それでも決意が本物に違いない――そう思ったディアドラも、覚悟を決める。


「――分かったわ」


 表情を引き締め、アレンの手をしっかりと握る。そして目を閉じて集中し、体の中に流れる魔力に意識を飲み込ませてゆく。

 器から無数に分かれる川へ。その先に見える壁の向こうへ流れる『それ』は、一直線に目指す。

 ぶつかることを恐れない。そのまま一気に突き抜ける。


「ぐっ! うぅ……」


 アレンのうめきが聞こえてきた。ディアドラは一瞬、眉を動かすも、目を閉じたまま集中し続ける。

 流れは壁をすり抜けるようにして止まらない。

 そのまま向こう側へ消える。逆流することなく飲み込まれていく。


「――あれんっ!」

「こ、これは!」


 クーとエンゼルが驚きの声を上げる。アレンの体が、聖なるコアと同じ色に光り出したのだ。

 作戦が見事成功している証でもあった。

 聖なる神の子であるアレンの体を、魔力回路代わりに使う。そのために魔力を扱えないアレンを、ディアドラが魔力を流し込むことでフォローする。

 あくまで普通の魔力に過ぎないディアドラの魔力を、アレンの体を通して聖なる魔力に変換させていくのだ。そして出来上がった聖なる魔力を利用して、聖なるコアと共鳴させる。

 乱れた聖なる魔力を落ち着かせるには、これしかないと結論付けられた。

 しかしこれは、かなり危険な賭けそのものだった。

 成功する保証はなく、失敗すればどうなるかも分からない。しかしアレンは、このやり方でいこうと真っ先にやる気を見せていた。

 他に手がない以上、致し方がない――周りからすれば苦渋の決断だった。

 威勢のいい姿勢を見せるディアドラも、内心では不安を抱いている。できれば今からでも、作戦を変更したいと心から思っているほどに。


「ぐ、うぅ……がはぁっ!」


 体の中で相当な衝撃が起きているのだろう。アレンは思わずよろめくが、コアに伸ばす手も、そしてディアドラと繋いでいる手も離さない。


(やっぱり無茶だわ! こんなのを続けてたら、アレンの体が……)


 魔力を流し込みながらも、ディアドラは苦悶の表情を浮かべる。未だ注ぎ込まれて続けている魔力。それはアレンが必死に絶えている、なによりの証拠だ。

 苦しそうな夫の声に挫けそうになる。

 そんな歯痒さが、自然と彼の手を握る力にも込められた。

 故に――彼も気づいた。


「僕なら平気だよ」


 ポツリと呟くように放たれた一言。しかしディアドラの耳には、確かにその声が入ってきた。

 顔を上げると、汗を流しながらもアレンが笑みを向けていた。


「少しは僕を信じてよ。僕もディアドラを信じてるから」

「アレン……」


 夫の目には光が宿っていた。辛いとか苦しいとか、彼はもうそんなことを考えていないことが分かる。

 ただ、聖なるコアを救いたい――それだけなのだと。

 ディアドラは己を恥じた。

 夫がこんなに頑張っているというのに、自分が情けない姿を見せるなんて、妻失格もいいところではないか。

 もう、彼女の目に、迷いも悔しさもなかった。


「分かったわ。私たち夫婦の共同作業、必ず成功させてみせるわよ!」

「あぁ、必ずだ!」


 そして二人は更に集中力を高める。

 流し込む魔力の量を増やす。殆ど無尽蔵に等しいディアドラの魔力は、衰える様子がないどころか、むしろ更に勢いが上がっているほどだった。


(必ず助ける!)

(聖なるコアを助けて、島の平和を――!)


 二人の気持ちは、ここにきて完全に一つとなっていた。

 純粋な願いが魔力にも影響する。アレンの中で生まれ変わる聖なる魔力が、聖なるコアに溶け込んでゆく。

 そして――


 ――ォォオオオオオオォォォーーーーンッ!


 コアの音が、アレンたちの耳の中に、共鳴するかのように響き渡ってきた。


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