041 聖なる島が役目を終えるとき
――オオオオォォォーーーーン!
また、聞こえた。
どこから鳴っているとかではない。『そこ』から聞こえたのだ。モノやヒトとは違うそれは、間違いなくそこに存在している。
アレンはそう感じ取り、ゆっくりと目を開けていく。
真っ白で何もない光景が広がる。なのに不思議と驚きはない。むしろ分かっているかのように落ち着いており、小さな笑みを浮かべていた。
――やぁ。
アレンは口元を動かし、優しく呼びかけた。相手もクスッと小さく笑い、そして彼にこう言った。
――会いたかった。
その瞬間、アレンは呆気に取られるも、すぐにまた穏やかな笑みに戻る。
――もう、苦しくない?
――大丈夫。キミのおかげで元気になったよ。
――それは良かった。
まるで、昔から知っているような暖かさを感じた。疑問も何もない。ただ、ここでこうして話すことが当たり前。考えるようなことはなかった。
初めて会ったのに、何故かそんな気がする。
そしてそれを、アレンは全くもって不思議には思わない。
何故なら『思う必要がない』からだ。
理屈抜きにそう言える。間違いないと断言できる。だから安心して笑い合うことができるのだ。
これは、必然の対面なのだから――
――だから、キミたちとはここでお別れだ。僕は旅立つことにするよ。
そして突然そう言ってきた。呆気に取られるアレンに対し、それは穏やかな笑みを浮かべたままだった。
――キミたちの想いが奇跡を起こし、僕の『役目』を終わらせてくれた。
――役目?
――説明しても分からないよ、きっとね。
――気になるんだけど。
――じゃあ、ヒントだけあげる。
楽しそうに語るそれに対し、アレンは軽く頬を膨らませる。この時だけは、互いに小さな子供の頃に戻ったようであった。
苛立ちも不思議と暖かい。この時間が続いてほしいと願ってしまう。
しかし、アレンには分かってしまっていた――もうすぐ終わってしまうことに。
この時間を終えたら、二度と会えなくなることに。
――今までは、特定の『誰かさん』がそれを使っていた。
――誰かさん?
――でもこれからは、自然界に入り混じる形で使うことになる。
――いや、だから何の話さ?
――言ったでしょ? これはヒントだって。まぁ、ゆっくり考えてみてよ。
――考えてみてよって……何でそもそもクイズ形式?
――そのほうが楽しいでしょ?
――むしろ微妙だよ。
――それは残念。
ため息交じりのアレンに対し、それはどこまでも楽しそうだった。答えを明かすつもりはないようだが、なんとなく分かったような気はした。
――僕が『聖なる神の子』だから、奇跡が起こったということ?
――結果的にね。別にキミじゃなければいけない理由は、どこにもないよ。
その瞬間、アレンは目を見開いた。
どういうことだと聞く前に、それが先に語り出す。
――聖なる神の子は、単なる称号みたいなものさ。
――称号?
――うん。だから特別な意味もないんだ。
――意味がないって……じゃあ、僕と聖なる魔力の関係は?
――そりゃ単純な話だよ。
アレンの問いかけに、あっけらかんと答えが返される。
――キミが聖なる魔力を持つ者から生まれ、その才能を受け継いだんだ。
それを聞いたアレンは、思考が停止した。口はポカンと開いており、傍から見れば間抜けに見えるだろう。
現に相手も、クスクスと笑っている。
――もっともキミの場合、かなり歪な形で受け継いだようだけどね♪
――歪ねぇ。なんとなく分かる気はする。
アレンは苦笑し、肩をすくめる。そして互いに再び笑い出し、暖かな空気が彼らを包み込んでゆく。
しかしそれは、ほんのささやかな時間でしかなかった。
――あ、そろそろお別れみたい。僕はもう行かないと。
音もなく、それは消えようとしていた。
別に驚きはない。その時が来たから受け入れた――それだけの話だ。至極当たり前のことだから、思うこともない。
だから相手も慌てることなく、穏やかに笑っていたのだった。
――最後に一つだけ。キミのおかげで僕は解放されたよ。本当にありがとう。
ニッコリと、確かに笑っていた。少なくともアレンにはそう見えており、彼も嬉しそうに微笑みを返す。
――バイバイ。
――うん。ばいばい。
それを最後に、完全に消えてしまった。同時に、周りの景色も更に白く輝きが増していき、意識もぼんやりとする。
ふんわりと浮かんでいるような気分となり、再び何も考えられなくなった。
白い景色から反転するかのように、黒くて何も見えない景色となる。
「ん……」
風の流れる音が聞こえる。いつも聞いている心地良い音だ。そして暗い視界に眩しさを感じる。
ゆっくり目を開けると、それが明らかとなった。
「――あれん!」
甲高い声が降り注ぐと同時に、嬉しそうな笑顔を浮かべる猫の姿が、視界いっぱいに映り込んできた。
「めがさめたー!」
「アレン……本当に良かったわ」
「クー、それにディアドラも……」
ひしっと首元に抱き着いてくる子猫と、美しい女性の正体に、アレンはたっぷり数秒ほどかけてようやく気付いた。
アレンはディアドラに支えられつつ、ゆっくりと起き上がる。まだ頭がぼんやりしており、自分がどこにいるのかも思い出せない。
「ここは?」
「丘の頂上じゃよ」
ポヨンと弾みながらエンゼルが答えた。
「少しの間、眠っておったんじゃ。騒ぎからはそれほど経っておらんわい」
「そっか……あれ、聖なるコアは……」
「見てのとおりじゃ」
振り向くエンゼルの視線の先には、何もなかった。
あったはずの大きな存在が、本当に影も形もなくなっていた。まるで最初からそうであったかのように。
「お前さんたちが力を合わせたことにより、コアが眩い光を放った。ワシらも気を失ってしまったらしく、目が覚めたらこうなっておったんじゃ」
「しまもおちついたよねー」
「うむ。特に何の問題もなく平穏が戻ったようじゃが……アレン、お前さんは何か知っておるかの?」
エンゼルに問いかけられ、アレンは思い出す。
光の中にいるようなあの感覚は、本当に現実だったのだろうか。夢だったと言えばそれまでのような気がする。
しかし、アレンは何故か断言せずにはいられなかった。
あれは紛れもない『現実』であり、実際にそこで会話をしたのだと。
「コアは……」
だからアレンは、自信を持って答えられると、そう思った。
「役目を終えたって言って、旅に出たよ」
「何それ?」
意味が分からなさそうに、ディアドラが顔をしかめる。
「もしかして、聖なるコアとお話でもしたって言うつもり?」
「そのまさかだよ。信じるかどうかは任せるけどね」
アレンは苦笑しながら、包み隠さずありのままの出来事を明かした。流石に突拍子もなさ過ぎたのか、ディアドラたちは戸惑うばかりであった。
「聖なるコアが、そんなことを……」
「うーむ、にわかには信じられんがのう……」
「ぼくはしんじるよ。あれんがうそをいってるとはおもえないもん!」
「――そうじゃな」
クーの断言に、エンゼルも頷く。
「アレンとディアドラ……二人の若夫婦による奇跡が、島を生まれ変わらせた。今はそう思っておけば、いいのかもしれんのぉ」
生まれ変わった――まさにそういうことなのだろうとアレンは思う。
これまで島に対して感じていた不思議さが、今ではすっかり消え失せており、普通の孤島と何ら変わりがない。
むしろ、今までが普通じゃなかった。
聖なるコアを守るためだけに作り上げられた島は、もうどこにもないのだ。
「コアが消えたせいか、この島の結界も全て解かれたようじゃ。これからは島そのものの環境も大きく変わってくる。ワシらは聖なるコアに、新たなる大きな試練を課せられておるのかもしれんな」
これからは、聖なる魔力に頼らず生きなければならない。しかしそれは、自然界においては当たり前のことだ。
しかし――
「大丈夫だよ」
アレンは断言する。
「今回も乗り越えることができたんだから、これからもきっとできるよ」
「そうね。アレンの言うとおりだわ」
「ぼくもそうおもうー♪」
ディアドラに続いて、クーも嬉しそうに叫ぶ。そんな彼らの姿に、エンゼルも目を閉じながら頷いた。
「うむ。勿論ワシも、そう思っておるぞ」
その言葉に皆が笑顔となり、そして一緒に立ち上がる。
これから島の魔物たちに伝えなければならない。島が生まれ変わった、もう今までの聖なる島とは違うのだと。
でも、きっと大丈夫。
自然界を生き延びる底力は、元々備わっているのだから。
一つ一つの小さな力を合わせる力を、彼らはちゃんと持っているのだから。
なによりここには、最強のおしどり夫婦が暮らしているのだから――
「ねぇ、アレン?」
そっと手を繋ぎながら、ディアドラが小声で囁いてくる。
「ここからが本当の私たちの生活の始まりよ? 一緒に頑張りましょうね♪」
「――あぁ、勿論さ!」
アレンはニッコリと笑い、繋いでいる手をキュッと強めた。そしてディアドラもそれに応えるべく、同じように強く握り返すのだった。
決して解けることがない二人の固い絆を、示し合わせるかのように――
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