037 アレンたちの決意



(あれからもう、何日か経つなぁ)


 洗濯物を干し終えたアレンが、ぼんやりと見上げる。澄み渡る青空は、吸い込まれそうなほど綺麗に見えた。


(聖なるコアも特に暴走してないし、静かで平和な毎日だけど……やっぱりなんか胸騒ぎがするってゆーか……)


 この静けさも、嵐の前を意味しているような気がしてならない。先日の件も、あくまで一時的な措置に成功しただけに過ぎず、再発したりそれ以上の事が起こったとしても不思議ではない。


(とりあえず様子を見るってことだけど、本当にそれだけで大丈夫なのか?)


 不安を表情に出しつつ、アレンはそびえ立つコアに視線を向ける。

 今のところ、大丈夫かと思っていたその時――


「――っ!」


 コアが不自然な光り方をしたような気がした。アレンは思わず身構えるが、特に揺れが発生することはない。

 改めてコアに視線を向けると、いつもの穏やかな光に戻っていた。

 それから数分ほど注目してみるが、特に変化はない。今の光り方も気のせいだったと言われれば、それを信じたくなるほどだ。

 無論、気のせいなんかではないとアレンは思っている。

 だからこそ余計に不安に思えてならず、流石に相談してみるかと考えかけた、その時であった。


「アレンよ、家におったか」


 エンゼルがポヨポヨと弾みながらやってきた。そしてアレンの佇まいを見て、目をスッと細くする。


「……その様子じゃと、今の『アレ』を見たようじゃな?」

「うん。しっかりと見たよ」


 コアに視線を向けるエンゼルに、アレンは頷く。


「やっぱり気になってしょうがないから、エンゼルじいちゃんに相談してみようかと思ってたところだった」

「そうか。いや実は、ワシも改めて話そうかと思っていたところでな」

「だったら好都合だね。早速話そう」

「そうじゃな」


 嬉しそうに笑うアレンに対し、エンゼルもフッと小さな笑みを浮かべる。

 アレンが家の扉を開け、エンゼルがお邪魔しようとしたその時、ようやくあることに気づく。


「ディアドラは、出かけておるのか?」

「朝ごはん食べた後、ガトーと見回りがてら、狩りに出かけたよ」

「そうか。まぁあの娘ならば、何かあっても大丈夫じゃろ」

「僕も同感」


 アレンも小さな笑みを浮かべてみせ、一緒に家に入る。そして温かいお茶とエンゼル用の果実水を用意し、話す準備を整えた。


「――とりあえず、僕が思っていることを話してもいいかな?」

「うむ。聞かせてくれ」


 エンゼルが頷いたのを見て、アレンは今しがた考えていたことも含めて、コアに対する見解を述べる。

 それを黙って聞いていたエンゼルの表情は、段々と重々しくなってきていた。


「やはりお前さんも、そう思っておったか」


 エンゼルは深いため息をついた。


「じいちゃんがそんな反応するってことは……」

「うむ。あのコアは、またいつ暴走してもおかしくない。日に日に乱れが大きくなってきておる」

「え、そんなにだったの?」

「ここからでは微妙に分からんよ。それこそ近くで見ていない限りは、な」


 要するにエンゼルは、あれからずっとコアの傍にいたのだった。島の長としての責任感がそうさせていることは間違いなく、アレンはそれを聞いて軽く尊敬の念を抱いたほどである。


「コアが乱れているってことは、誰かが聖なる魔力を無理に使っている?」

「それ以外に考えられん。そして恐らくその人物は……」

「ミッシェル」


 アレンが幼なじみの少女の名を呟くと、エンゼルも無言で頷いた。

 他にも聖なる魔力を扱える人物がいないとも限らない。しかしミッシェルが聖女になったタイミングと、聖なるコアが乱れるようになったタイミングが、妙に一致していることも確かであった。

 ミッシェルが関係していると考えるのが妥当だと、早々に結論付けられた。

 故にアレンは、より深いため息をつきたくなってきている。


「……ちょっとマジで対策練ったほうがいいかもなぁ。昔からそれで、僕にもたくさんのしわ寄せが来たもんだし」


 アレンは重々しく言いながら、温かいお茶を一口飲む。


「できないことは明らかなのに続けようとする。信じていれば必ずできるようになるからと、口癖のように言ってたもんだよ」

「言っていることに、さして間違いはないように思えるんじゃが……」

「信じるだけで努力はしないけどね」

「それは……良くないな」

「でしょ?」


 怪訝な表情を浮かべるエンゼルに、アレンは小さく笑う。


「成功したとしても、それの九割五分は誰かのサポートがあってこそ。借り物の力がなければ、何もできないも同然なのがミッシェルの特徴なんだ。今でもそれは全く変わってないと思うよ」

「……やけに確信めいたように言ってきたな?」

「小さい頃から十年以上も変化がなかったからね。むしろ悪化している可能性のほうが高いかも」

「うーむ……それがこの胸騒ぎの正体にも繋がっておると?」

「僕はそう思ってる」

「なるほどな」


 あくまでアレンの個人的な推測の域を出ていないとはいえ、今の話が全くの的外れだとは、エンゼルも思えなかった。

 むしろ大当たりなのだが、それは流石に彼らも知る由のないことである。


「とにかく、こっちはこっちで対策を考えないと」


 アレンは表情を引き締め、真剣な口調で言う。


「こないだみたいなのが頻繁に起こるようになったら、この島もボロボロになる。そんなのは絶対イヤだからね!」

「そうじゃな。しかし策を練るにしても、具体的なのがなければ……」

「それなら一つあるよ」


 悩むエンゼルに、アレンがニヤリと笑いながら人差し指を立てる。


「僕なら、あのコアを止めることができる。だったら次に暴走した時も、僕を使えばなんとかなるかもしれない」

「それは確かに言えるじゃろうし、ワシも考えはしたが……本当にいいのか?」

「構わないさ」


 本気で心配するエンゼルに、アレンは迷いなく頷いてみせた。


「これまで僕は、ディアドラや長老たちに助けられっぱなしだった。今度は僕がみんなを助ける番だと思うんだ」

「別に、ワシらはお前さんに恩を着せようとは……いや、そんなことを言っても、話が進まんだけじゃな」


 エンゼルがフルフルと左右に顔を振り、そして真剣な表情で見上げてくる。


「アレンよ。島の長として頼む。騒ぎを収束させるために協力してくれ」

「うん、分かった!」


 力強い笑みとともに、アレンは申し出を受け入れる。


「本当に僕が『聖なる神の子』ならば、きっとコアも応えてくれる――いや、必ず応えさせてみせるよ」

「――うむ、そう言ってくれて、ワシは嬉しく思うぞ」

「えぇ。妻としても誇りに思うわ♪」


 ナチュラルに入り込んできた、ここにはいないはずの女性の声。アレンとエンゼルは表情をピタリと止め、そのままゆっくりと振り向く。

 そこには――


「デ、ディアドラ! いつの間に……」

「話は聞かせてもらったわ」


 狩りに出かけていたはずの、アレンの妻がそこに立っていた。そしてすかさず、彼女のほうから威勢よく宣言してくる。


「私もアレンのサポート役として、参加するからね!」

「でも……」

「夫が頑張るのを支えない妻がどこにいるってのよ? あなたが何を言おうと、私は強引にでもついて行くんだから。それに――」


 迷いを見せるアレンに畳みかけつつ、ディアドラは外を促す。

 何か多くの気配を感じた。アレンとエンゼルが眩しく光る外に出てみると、そこには島中の魔物たちが集結していた。


「あれんー! ぼくたちもあれんをてつだうよー!」

「オレたちに黙ってるなんて、そんな水くせぇことはナシってもんだぜ?」


 アレンに駆け寄ってくるクーに続いて、ガトーもニヤリと笑う。クーを受けとめながらも呆然とするアレンの肩に、ディアドラがポンと優しく手を置いた。


「みんな、やる気満々みたいよ?」

「……そうだね」

「うむ。そのようじゃな」


 アレンに続いて頷いたエンゼルがフッと笑い、そして真剣な表情に切り替えつつポヨンと弾み、前に出る。


「――皆の者! 島の平和のため、今こそ心を一つにするのじゃ!」


 その掛け声が放たれた瞬間、威勢のいい魔物たちの声が島中に響き渡る。

 これぞまさに一丸――アレンはクーの背中を撫でつつも、軽く胸に何かがこみ上げてくるような気持ちを抱くのだった。


 そして数日後。遂に恐れていたことが、動き出してしまった――


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