026 追放の真実



「この島には、普通とは違う特殊な魔法で、気配を消せる魔物がいるんだって。聖なる魔力が宿っている影響らしいよ」

「そ、そうなのね……」


 アレンからの説明で、ディアドラは大体のことを察した。


「私たちがこの島に来た時、お爺ちゃんがいきなり現れたのもそれだったのね?」

「ホッホッホッ、そのとおりじゃ」


 エンゼルは愉快そうに笑いながら認める。


「ワシを含め、この島にはそう言った特殊な魔法や能力を持つ魔物がおる。聖なる魔力による突然変異みたいなものじゃと、ワシは睨んでおるよ」

「……なるほどね。それならあり得そうだわ」


 実際、聖なる魔力に関しては、まだまだ発覚していない部分も多い。王族だったディアドラでも、ありふれた情報以外は知らないも同然であり、驚きこそすれど信じられないことはなかった。

 そもそも伝説と言われている聖なる島にいるのだから、『この手』のことはいくつもあるだろうと。


「その魔法か何かをアレンにもかけて、ずっと気配を消していたってことね?」

「スマンのう。お前さんには騙すようなマネをしてしまって……」


 笑っていたエンゼルも、ここで少し申し訳なさそうな表情を見せる。そこにアレンが苦笑しながら、一歩前に出てきた。


「実は、僕のほうからエンゼルじいちゃんに頼んだんだよ」

「アレンから?」

「ディアドラの隠していることを、少し明らかにしておきたいと思ってね」


 そんな彼の言葉に、ディアドラも驚きを示す。


「あなたも気づいてたの?」

「全部じゃないけどね。少なくとも、ディアドラの追放話には、何か裏があるとは思っていたよ」


 そこのところは、エンゼルと同じ感想であった。あれだけの強さがありながら、まんまと追放されるのはおかしいと。


「やっぱりディアドラは、わざと追放される形を取ったんだね?」

「出奔したのをそう見せかけた、といったところかの」

「……えぇ、そうよ」


 ディアドラは肩をすくめ、苦笑する。もうこれ以上は言い訳のしようがないと、そう思ったのだった。


「弟のジェロームに協力してもらったのよ。私の後釜であるあの子に、活躍する姿を披露させておこうと思ってね」

「なんでまた?」

「ただ私が出奔するだけだと、新しく魔王となったあの子についてくる人がどれだけいるか、不安定にも程があるもの。流石に私も、魔界の未来をガタガタにさせたいとまでは思ってないからね」


 ディアドラは語りながら、再び手を動かし始める。鉈に付着した血を拭き取り、取り分けた肉を整理していった。


「ただ単に冠を引き継いで、王座に就くだけじゃダメ。ちゃんと魔界の人たちから支持されなければ、魔王は絶対に務まらない」

「まさか、そのためにお前さんは、わざと『敵』になったというのか?」

「手っ取り早くするには、そうする以外になかったもの」


 ディアドラは語りながら、アレンたちとともに解体した物を運んでいく。貯蔵庫へ肉を仕舞い込む。


「おかげで追放に見せかけた出奔は、見事に大成功を収めたわ。そして私は、大手を振ってアレンを迎えに行けたってことよ」

「そうだったんだ……てゆーか、僕たちって小さい頃に会ってたんだ?」

「あらら、やっぱり覚えてなかったのね」

「申し訳ない」


 アレンは苦笑しつつ、ディアドラが解体に使った鉈を手に取り、二人で家の裏にある小川へ向かう。

 そこで軽く鉈を水洗いし、日の光で乾燥させていく。


「むしろ、よくディアドラはずっと覚えてたね。もう十年以上前の話だよ?」

「そりゃ覚えてるわよ。誰だって初恋くらいは大切にしたいもの」


 川の水でしっかりと手を洗うディアドラ。流石に照れくさくなったのか、少しだけ頬を染めている。

 一方、そんな彼女の様子に、アレンは呆けた表情を浮かべた。


「……初恋だったんだ?」

「なぁに? 私が初恋しちゃいけないって言うの?」

「別にそんなこと言ってないじゃんか」


 拗ねた表情を浮かべるディアドラに、アレンは思わず吹き出すように苦笑する。こんな姿も見せるんだなぁと、珍しく感じてしまったのだ。

 しかし、ディアドラからすれば、単に笑われたも同然であり、不貞腐れたように頬を膨らませる。


「大体あなたも、ずっと初恋募らせてきたクチなんじゃない?」

「僕が?」

「ずーっと一緒だったっていう、幼なじみさんのこ・と!」


 まるで当てつけのように強調しながら、ディアドラは言った。若干の迫力を感じたアレンとエンゼルは、軽く表情を引きつらせる。

 正直、どう返答したものかと、アレンは戸惑っていた。

 何でそこで苛立つのか、別に何も悪いことはしていないはずなのに、と。

 そんな彼の様子に大した返答は期待できないと思ったのか、ディアドラは諦めたようにため息をつく。


「あなた、その幼なじみさんのことをなんだかんだ言ってたけど……それなりの気持ちくらいはあったように、私は思えるわよ?」

「それなりの、ねぇ……」


 ディアドラに言われたアレンは、少しだけ思い出してみる。やはり長い年月を共に過ごしたせいだろうか、すぐにその顔は浮かんできた。

 色々と思うところはあるが、決して憎たらしい気持ちは一切なかった。


「まぁ、確かに全くないと言えば――」


 頬を掻きながら、アレンが答えようとしたその時であった。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 いきなり発生した凄まじい地響きに、アレンたちは一瞬、何が起こったのか分からなくなる。

 バランスを崩して立っていられなくなり、二人は思わず尻餅をついてしまう。


「な、何だこれ! 地震!?」

「この揺れは尋常じゃないわよ! 何かが起きているとしか思えないわ!」

「まさか――!」


 エンゼルが表情を強張らせ、島の中心部に視線を向ける。

 アレンたちも合わせて視線を向けてみると――


「なっ!」

「え、ちょっと待って! 何よあれ!?」


 さっきまでは確かになかったものが、遠くに見えていた。

 島の中心部に、まるで雲を突き抜けるように伸びているそれは、強い光を断続的に発している。

 緊急事態が発生していますよと、周りに知らせているかのように。


「……やはり『コア』に何かがあったということか」


 アレンとディアドラが呆然とする傍らで、エンゼルが厳しい表情を浮かべた。


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