022 帝国~宮廷魔導師の憂鬱
「不思議な話でもない、とは?」
「決まっている。ミッシェルの心の傷が癒えていないということだ」
セオドリックは腕を組みながら、そんなことも分からないのかと言わんばかりの侮蔑を込めた視線を送る。
対するカーティスの表情は呆れていたが、セオドリックは最初から相手の反応など興味はなく、そのまま続ける。
「彼女は憎き魔族によって、生まれ故郷を失ったのだぞ。たった数日で、その悲しみを吹き飛ばせるほうが奇跡というものじゃないか」
「それについては否定しませんが、聖女という立場も考慮していただきたい」
「ミッシェルもそれくらいは理解しているさ。頭の中ではいくら割り切ろうとも、心までは誤魔化せない。それはお前にも分かることだろう?」
「…………」
遂にカーティスは押し黙る。言い返せないというよりは、言い返す気力もなくしたと言ったほうが正しいかもしれない。
しかしそれを、セオドリックは都合のいいようにとらえたようだ。
勝ち誇った笑みを浮かべ、カーティスに対してあからさまに見下したような態度を取り始める。
「勘違いしてもらっては困るが、別に私も聖女という使命があることを否定するつもりは毛頭ない。ついでに言えば怒っているわけでもない。ただ、もう少し彼女に対して気を配ってやるよう願っているだけなんだよ」
「……私は心得ているつもりでしたが、どうやら足りなかったようですね」
「あぁ、そのとおりだ」
セオドリックはニヤッと笑う。それくらいは理解できるようだな、という見下しの意味があることはカーティスも分かっていたが、特に指摘するほどでもなかったため黙殺する。
無論、セオドリックからしてみれば、勝ち誇る材料にしかならなかったが。
「ミッシェルは聖女にこそ選ばれてはいるが、大本はか弱い少女に違いないんだ。そこを考慮せずに己の目的だけを達成しようとする考えは、いささかどうなのかと私は思うんだがな」
「私が行っているのは、私個人の目的などではございませんが……分かりました。今後は気を付けるようにいたしましょう」
「ふん。少しだけ言い訳じみたことが聞こえたが、まぁいいだろう」
微妙に不服そうなセオドリックに対し、カーティスはどこまでも冷静な表情を崩すことはなかった。
実際、カーティスの言っていることは正しい。
彼はあくまで、皇帝陛下の命令に従っているだけに過ぎないのだ。
帝国の未来を明るくする聖女を育てよ――その言葉の効力がある以上は、彼も宮廷魔導師として従わざるを得ない。
未熟を通り越して、不安視しかない聖女の卵を見続けるのは、予想以上に気力と体力を使うものだと思い知らされていた。
(この場で潔く放り出せれば、どれだけ楽なことか……私の気持ちなど、この方たちは考えもしたことないのでしょうね)
心の中でひっそりとため息をつくカーティス。決して表には出さないが、彼も彼なりに弱音を吐くことはあるのだ。
そういう点では、彼も普通に人間であると言えるだろう。
不器用な部分が圧倒的に目立つため、如何せんそれを理解している者は決して多くもないが。
(まぁしかし、ここまで来て今更聖女じゃなかったというのも、いささか都合が悪いとは言えますがね……)
既に『新たな聖女が誕生した!』と、セオドリックが勇者として、全世界に向けて正式に発信してしまっている。
無論、皇帝の許可を得た上でのことなので、違反はしていない。
だからこそ、ここで間違いを正すようなことはできない。
そんなことをすれば、帝国の威厳は丸潰れとなり、他国――特に魔界からどんな顔をされるか分かったものではない。
色々と根深い関係がある以上、もう後戻りはできないも同然であった。
つまらないプライドと言われればそれまでだろう。
しかし国の立場を守るためには、自ずと必要になってくることは、カーティスもそれなりに理解はしていた。
宮廷魔導師のトップという立場を経験して、自然と身に染みたことだった。
どちらかというと、知りたくなかった知識という意味で。
「――セオドリック様、そこまでにしてください!」
するとその時、ミッシェルが声を上げた。
「全てはわたしの弱さが原因なのです。わたしが未熟なのがいけないんですっ!」
「あぁ、ミッシェル。キミはなんて健気なんだ」
涙を浮かべて懇願する聖女を、勇者が感極まった素振りを見せつつ抱き締める。
「辛い気持ちは癒えていないはずなのに、こんなことを言わせてしまう自分が、とても恥ずかしくてならないよ」
「そんなことありません。セオドリック様に支えていただければ、わたしはこの試練に耐えられると、そう信じています!」
「あぁ、勿論だとも。私はキミの力を信じている!」
「セオドリック様……!」
ミッシェルは頬を染めて涙ぐむ。セオドリックはそんな彼女に優しく微笑みながら頭を撫でる。
もはや完全に二人の中で、世界が一つ出来上がっている状態であった。
そして――
(……何なんでしょうね、この茶番は?)
そんな彼らに対し、カーティスは心から冷めた表情を浮かべていたのだった。
(この二人が帝国の未来を担う……なんかもう、不安しかありませんね)
カーティスは心から問いかけたくて仕方がなかった。皇帝陛下、あなたは一体何をお考えになられているのですか、と。
彼はおもむろに、傍にある大木を見上げた。
わずかに影が動いたのを見て、彼は小さなため息をついた。
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