015 若夫婦の旅路
「うーん、気持ちいいわねー♪」
流れる潮風を味わうディアドラの表情は、実に晴れやかな笑顔であった。
「広大な海を自由気ままに駆け抜ける――最高だと思わない、アレン?」
「うん、そうだね」
彼女の後ろに掴まるアレンも、笑みは浮かべている。しかしその表情には、若干の戸惑いも存在していた。
「……船じゃなくて『雲』で移動するっていうのは、流石に予想外だったけど」
「それ昨日も聞いたわよ。私と一緒に行動するからには、この程度のことはすぐに慣れてほしいものね」
「あぁ、うん。努力するよ」
ディアドラの言葉にアレンは頷くしかない。紛れもなく正論だからだ。
ただ単に魔王という役職を務めていただけかと思いきや、それこそ大きな間違いであることを、この数日で大いに実感させられた。
通りすがりの飛竜を見かけたら『ちょうどいい素材があるわ♪』と言って、笑顔で意気揚々と一撃で仕留め、それをギルドへ持っていって、あっという間に多額の資金を手に入れたり。
とある暴走した大型の魔物群れを、数分と経たずに落ち着かせ、村を救ったお礼にと旅の物資を大量に頂いたり。
草原を走り回る巨大な暴れ牛を発見した瞬間、『今日はお肉パーティーね♪』とご機嫌よろしく素材を傷つけないよう一撃で仕留め、今までに味わったことのない極上のステーキをたらふく堪能したり。
アレンは変な意味で、『世界の広さ』を肌で味わったような気がしていた。
そしてこれも、まだほんの一握りに過ぎないのだろうと、ディアドラを見ているとなんとなくそう思えてならない。
彼女の力はどこまでも計り知れないと言える。
確かにいちいち驚いていたら、心も体も持たないことは確かだ。そして彼女も、それを抑えるつもりがまるでないということがよく分かる。
(ディアドラの言うとおり、もう慣れるしかないんだろうなぁ……いや、むしろ開き直ったほうがいいと思うべきなのか?)
どちらも間違ってはいない気がすると、アレンは思った。もう既に夫婦という関係になっているのだから、尚更かもしれないと。
(……そうだよな。ちゃんとそこらへんも、しっかり受け入れないといけないな)
そう思いながらアレンは、現在自分が乗っている『雲』に優しく触れる。
これも、ディアドラが起動させている魔法の一種であった。
普通の魔法とは違い、魔法具に似てはいるがそれとも異なる特殊な存在だと、ディアドラは簡単に説明していた。魔法の類を扱ったことがないアレンは、とりあえず便利そうなもの――としか理解できなかったが、どうやらそれだけで十分だったようだとなんとなく思っている。
選ばれた者にしか扱えないと言われており、二人乗りかつ長距離での移動を、涼しい笑顔で難なくコントロールする。
普通ならば絶対にできないことらしいのだが、アレンはあまり驚かなかった。
むしろ『ディアドラって凄いんだなぁ』という認識を、改めて心に深く刻み込んだ程度である。
それはそれで間違っていないため、彼がそう発言しても訂正はなかった。
ついでに言えば、それら全ては周りの反応に過ぎず、当のディアドラは終始涼しい笑顔で、アレンとの新婚旅行を兼ねた旅を心から楽しんでいた。
「――あっ、ねぇ見て見て、アレン!」
「え?」
ディアドラが指をさした方向に視線を向けると、そこには蛇のようなうねりを持った大きな存在が、滑らかな動きとともに海面に潜っていくところであった。
「あんなところに海竜がいるわ。ちょっと寄り道していきましょう!」
「いや、あの、えっ? ちょっとまっ――」
アレンが返事をする前に、雲は動き出した。もはやディアドラは、完全に海竜のことしか頭にない。
一直線に海竜のいた方向へ近づきつつ、ディアドラは右手を伸ばして人差し指を突きつける。
――ピシュウゥンッ!
指先から放たれた魔力が、まるでレーザーの如く一直線の光を作り出し、それは海底へと突き抜ける。
程なくして――
「ギャアアアアアァァァーーーーッ!」
巨大な海竜が、咆哮とともに水面から姿を現した。その凄まじい迫力にアレンは呆気に取られてしまったが、ディアドラは待ってましたと言わんばかりに笑いながら舌なめずりをする。
「へぇ、なかなかの食べ応えがありそうじゃない」
(……食べるんだ)
アレンは心の中で呟くだけだった。危ないとは思っていない。むしろそう思うほうが野暮だろうと思っていた。
下手に口出ししたりするほうが危険なのは間違いない。ここは黙って見守るのが正解だと判断する。
(まぁ、別に誰の迷惑にもなってないもんね)
軽く周囲を見渡してみるが、船などの類はなく、同じように雲などで空を飛ぶ者の姿もなかった。
そもそも、海竜が出てくるような海域を、船が通るはずもない。
ついでに言えば、雲などで空を飛ぶこと自体がレアケースもいいところだ。
そのことにアレンは気付いていない。
山奥から出たことがない世間知らずさと、ディアドラの日常的な破天荒さが、彼の中で構築されていく基準を、世間一般的なそれから大きくずらしてしまっているのであった。
無論、それを指摘する者はおろか、気づく者すらいないということは、言うまでもないだろう。
「グギャアアアァァーーーッ!」
ずどぉん、という重々しい音とともに、海竜の叫び声が聞こえる。アレンが我に返ったそこには、ちょうどゆっくりと海竜の首が倒れ、大海原に勢いよく叩きつけられる姿が披露されていた。
盛大な水しぶきが収まったそこには、プカプカと海竜の首が浮かんでいた。
「あ、倒したんだ?」
「うん。ちょっとは手ごたえあるかと思ったけど、そうでもなかったわ」
涼しい笑顔でそう言ってのけるディアドラ。無理をしている様子はなく、本当に余裕であったことが分かる。
そんな自分の妻を、アレンはまじまじと見つめてしまう。
確かに危ないとは思っていなかったが、よく考えてみればとんでもないことをしたのではないか。
海竜が災厄級という、危険度ナンバーワンにも匹敵する魔物であることは、山奥で暮らしていた時から知ってはいた。飛竜も例外ではないはずなのだ。
近づくだけでも凄まじく危険。万が一出会えば、死あるのみ。
そんなのが相手でも、ディアドラからすれば赤子も同然。たくさんの食材と金になる素材にしか見えていない感じで合った。
それを改めて突きつけられたような気がしたアレンは、改めて思わされる。
「……ディアドラが味方で、本当に良かったよ」
率直な感想が無意識に口から漏れ出た。当然それはディアドラにもしっかりと聞こえており、彼女は不満らしく頬を膨らませている。
「それは嬉しいけど、味方って言うのはどうかと思うなぁ~」
「え?」
「私はあなたの何なのよ? ちゃんと『妻』って言ってほしいところだわ。ただの味方が結婚までするわけないじゃない、全くもう……」
「あー……」
そういうことかと、アレンはようやく納得する。今更何か言葉を取り繕ったところで意味はなさそうだと思った。
とりあえずここは素直に謝ろう――そう思いながら苦笑する。
「ゴメンゴメン。そんな拗ねた顔しないでよ。それはそれで可愛いけど」
「っ! ふ、不意打ちズルい……」
「え、不意打ちって?」
「だからぁ~、もおぉっ!」
ディアドラは顔を真っ赤にしつつ、正面から抱き着いてくる。アレンはアレンで意味が分からず、コテンと首をかしげていた。
単に率直な感想を言っただけなのに、どうして文句みたいに言われなければならないのか。それでいながら本気で怒っている様子でもない。正直なところ、意味は分かる気すらしなかった。
それよりも、アレンは気になることがあった。
「……仕留めた海竜、素材とか確保しなくていいの?」
「あっ、いけない。そうだったわ!」
ディアドラも気づいたのか、すぐさまアレンから離れて海竜の元へ戻る。ちなみにここは海の上だが、魔法でしっかり浮かび上がっていた。
ちなみにその魔法もできるほうが珍しいレベルのものなのだが、当然アレンはそれを知る由もない。
なんとも便利なものだなぁと――感想があるとすればその程度であった。
(やれやれ、今日の夕飯は海竜のお肉祭りってところかな……ん?)
どんなフルコースにしようか考え出したその時、アレンは何かに気づいた。周囲を見渡してみるが、特に変わった様子はない。
魔法により、みるみる解体されていく海竜の様子以外は、本当に何も。
(何だ? 今確かに何かが……気のせい、じゃないな)
それが何なのかは分からない。しかし自分の思い過ごしなどではないと、アレンは何故か妙な自信があった。
特に不穏というものではないのだが、どうにも気になって仕方がない。
ディアドラの作業が終わったら相談してみよう――アレンはそう思いながら、手伝えることはないかどうか考える。
その瞬間、彼女の口から「作業終了♪」とご機嫌な声が上げられるのだった。
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