006 故郷をあっさりと捨てた
ミッシェルが聖女に選ばれた――そのニュースは瞬く間に村中を駆け巡り、村人全員に知れ渡るのに、時間を必要とはしなかった。
まさかこんな山奥の村から聖女が選ばれるとは――誰しもがそう驚き、そして喜びの声を上げた。
無論、アレンもその一人ではあった。
しかし不安にも思っていた。
――私が聖女として帝国へ? 嬉しいですわ、神官さまっ!
ミッシェルは両手を組み、うっとりと頬を染めて喜んでいたのだ。まるで天から眩い光が差し込んできたかのように。
そして彼女は、神官に連れられて村を出ていった。
挨拶もそこそこに――肝心のアレンには、わずかな一言すらないまま。
「それって、なんてゆーか……」
「まぁ、ずっと抱いていた嫌な予感が、そこで一気に弾け飛んだってところかな」
なんとか言葉を見つけようとするディアドラに、アレンは腕を組みながらしれっと言い放つ。
まるでそれは、どうしようもない家族に呆れる世話焼きな兄のように見えた。
否――実際そのような関係に等しかったのではと、ディアドラは思う。実際にこの目で見てきたわけではないため、なんとも言えないのも確かだが、どうにも的外れには思えてこなかった。
「それから一年くらい帰っては来なかった。まぁ最初は手紙をよこしていたけど、半年も経った頃には、届かないのが当たり前になってたね」
――勇者セオドリック様がとても優しいのよ。もう惚れ惚れしちゃう♪
最後に届いた手紙に、そう書かれていた。それを読んだ瞬間、アレンは自分の中で何かがスッと抜け落ちていった。
それでもまだ、希望を捨てるには早いとも思った。
十五年以上という長い時間が、たった数ヶ月に負けるわけがないと。
しかし――
「結果は、さっき話したとおりさ」
「わずか一年で村に対する心を失った、というわけね?」
「そーゆーこと」
アレンは苦笑しながら肩をすくめる。
「今回のスタンピードも、前兆みたいなものは一応あったらしい。帝国から手紙が届いたんだ。気をつけろってな」
「……それだけ?」
「うん。たったそれだけ」
若干の動揺を込めてディアドラが尋ねるも、アレンはしれっと頷くばかり。それによりディアドラは、流石に冗談だろうと思いたくなってきていた。
「それって、勇者や聖女には知らされてなかったとか? こんな山奥の村が滅んだところで痛くも痒くもないとか……」
「むしろそれなら、どれだけマシだっただろうね」
「えっ?」
遠い目をするアレンに、ディアドラはきょとんとする。
同時になんとも嫌な予感がした。故郷を放り出したとはいえ、いくらなんでもそれはないだろうと思った。
しかし次の瞬間、悪い意味で予想が当たってしまう。
「ミッシェルは見て見ぬフリをしたんだよ。手紙の字は、間違いなくミッシェルのだった。真似て書いたにしては、字の勢い的に自然過ぎたよ。どう考えても本人が書いたとしか思えなかった」
「幼なじみさんは、最初から故郷を助けるつもりなんてなかったと?」
「だろうね」
アレンの笑みには、もはや苛立ちすら込められていない。諦めからなのか、それとも怒りを通り越したが故なのか。はたまた開き直らなければ、やってられないと思っているのか。
これも長い付き合いだからこそだとしたら、なんとも皮肉な話である。
「聖女に選ばれ、しかも勇者の腕の中に納まった。そして華やかな帝国で暮らせるという結果を手に入れたミッシェルは、こんな山奥の故郷なんて、邪魔以外の何物でもなかったんだろうさ」
「それで故郷をあっさりと見捨てた?」
「ミッシェルが望んでいたのは、何一つ不自由のない夢のような生活であって、村の存続なんか、最初からどうでも良かったんだよ」
アレンは足を投げ出して、木々に囲まれている空に向かって息を吐いた。まるで溜め込んでいたものを、全て体の中から放出するかのように。
「少し考えれば分かることだった。ミッシェルは諦めながらも諦めきれず、僕の気持ちを利用してたんだ」
「それが、アレンにとっての『裏切り』であると?」
「少なくとも僕はそう思ってる。まぁ、勝手に期待して損しただけ、と言われればそれまでだけど」
アレンは自虐的な笑みを浮かべる。無駄な期待をしていた自分が馬鹿だったと、割と本気で思っていた。
しかし――
「私は否定しないわ」
ディアドラの凛とした声が響き渡る。アレンが顔を上げて振り向くと、真剣な目つきを彼女は向けてきていた。
「あなたはストレートに、その幼なじみさんに話したのでしょう? 故郷でどうしていきたいとか、どんな思いを抱いているのかを」
「ま、まぁ……余計な解釈をされたくないってのはあったし」
「でしょうね。話を聞く限り……あっ!」
腕を組んで頷いたその時、ディアドラは気づいた。
「アレンが割とストレートにものを言うのって、もしかしてその影響かしら?」
「……さぁ?」
「いえ、絶対そうね。幼なじみさんに誤解されないために、変にカッコつけて言葉を作ることもしなかったんじゃないかしら?」
「それはまぁ、あると思う」
「やっぱり」
アレンが頷くと、ディアドラはため息交じりに呟く。
「どーりで私にあれだけのことを言って、照れたりしなかったわけだわ」
「あれだけのことって?」
「気にしないで。些細なことだから」
「んー?」
明らかにはぐらかされた感じはしていたが、あまりにもさっぱりとし過ぎた物言いであったため、アレンもそれ以上追及しようとはしなかった。
するとディアドラが、コホンと仕切り直しを込めた咳ばらいを一つする。
「ちなみにだけど……あなた、村の人たちからもいいように使われてたみたいね」
「……はぁ?」
一気にアレンの表情が疑いと苛立ちの込められたそれに切り替わる。
「急に何を言い出すのさ? そもそもディアドラは、僕の故郷とは何の関係もないじゃないか。テキトーなことを言うのも――」
「適当じゃないわよ。ちゃんとした証拠を持っているわ」
「証拠って……」
あからさまに信用していない口振りのアレン。しかしディアドラがすぐさま水晶玉のような『何か』を取り出して、それを彼の前に掲げてくる。
真剣な表情を見せる彼女に、見たことがないその物体。
謎の圧を感じて、アレンは思わず閉口してしまう。その隙を突いて、ディアドラは口を開いた。
「実は私、何ヶ月か前にあなたの村に来ていてね。そこで話した内容を、この魔法具に全て記録しているわ」
「えっ? いや、ちょっとまっ……」
「色々と言いたいことはあるでしょうけど、まずは聞いてちょうだい」
戸惑うアレンの言葉を遮りつつ、ディアドラは魔法具を起動させるのだった。
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