11. 神官様はお見通し

(シロム視点)



「お早う、シロムさん。」


 とカリーナが声を掛けてくる。彼女の声を聞くといつもホッとする。


「遅刻ギリギリよ、もっと余裕を持って行動すべきだわ。神官になったら遅刻なんて許されないわよ。」


「御免」


カーナに謝って急いで席に着いた途端、1時間目の授業開始を告げる鐘がなった。危ない所だった。


 だけど時間になったのにキルクール先生がやって来ない。先生は昨日御使いみつかい様の姿を見てから神殿に出向いたままだ。何かあったんだろうかと4人で顔を見合わせた時、廊下をバタバタと走る音がしてキルクール先生が教室に飛び込んできた。


「皆さんお早うございます。遅くなってごめんなさい。」


 走って来たのだろう、息を切らしながら謝るキルクール先生。いつも冷静でクールな先生が今日は興奮している様に見える。


「先生どうかしたんですか?」

 

「朝からちょっとした事件があって。そうそう、そのことで皆さんに連絡しておくことがあります。御使いみつかい様についての極秘情報です。本来なら神官だけの秘匿事項ですが皆さんには特別に許可が出ました。ただし、たとえご家族にも口外は厳禁です。約束出来ますか?」


 カーナの質問にそう答えてからキルクール先生は僕達の顔を見回した。皆が頷くと続きを口にする。


「昨日、神殿から『御使いみつかい様がこの町にお越しになっている可能性がある』と発表しましたが、これは皆さんも聞いていますよね。」


「でも先生、御使いみつかい様は昨日確かに門の方向に飛んで行かれましたけど、そのまま門を飛び越えてガニマール帝国を懲らしめに行かれた可能性はありませんか?」


 カーナが疑問を口にする。


「その可能性は低いのです。昨日トマル村から戻った神官達から神の気には気付かなかったとの報告がありました。トマル村はこの町とガニマール帝国の間にあります。もしトマル村の上空を御使いみつかい様が通過されたのなら神官達が気付かなかったはずがありません。となれば、御使いみつかい様はこの町とトマル村の間のどこかで地上に降りられたことになります。この町とトマル村の間に御使いみつかい様が目的とされるような場所は無いことを考えると、門の外で地表に降りられ門を通ってこの町に入られたのではと言うのが神官の総意です。」


「それじゃ、やっぱり御使いみつかい様はこの町に居られるんですね!」


 マークが嬉しそうに叫んだ。だがキルクール先生はそれに答えず話を続ける。


「そしてもうひとつ、お越しになっておられるのは御使いみつかい様以上のお方かもしれません。」


 クラスメイト全員が「えっ!」と言う顔をする。僕も驚いた。神官様達はどこまで知っているのか?


「先生、御使いみつかい様以上のお方と言いますと?」


「皆さんもご存じの様に、私達が献上した食事は翌朝に使われた食器類が返却されます。ですが昨日献上した食事は昼食と夕食が手付かずでした。この様なことは初めてです。」


「それが御使いみつかい様と関係するのですか?」


「昨日、御使いみつかい様が聖なる山からこちらに飛んでこられたのは昼前でした。もし、この町に来られた方が私達が献上する食事を召し上がっておられる方だとすれば、朝食のみ食され昼食と夕食が手付かずだったことの説明が付きます。


 もしそうだとすると、そのお方は300年前に神がカルロ様と契約を結ぶきっかけになり、それ以降私達がお捧げする供物をご利用いただいているお方と言う事になります。聖なる山の神ご本人もしくは神と非常に親しいお方の可能性が高いです。


 私達がお捧げしている衣服は若い女性の物です。サイズから言って、そのお方は恐らくあなた達と同じくらいの年齢の少女の姿ではないかと考えています。」


「先生、少女のお姿だと分かっていて、昨日門から入られたおおよその時間も分かるのであれば、特定することも出来るのではないですか?」


「そうかもしれませんね。マーク君は御使いみつかい様にお会いしたいですか?」


「もちろんです。お会いして感謝の気持ちをお伝えしたいです。」


「 「私も!」 」


とカーナとカリーナが唱和する。


「あなた達の気持ちは良く分かります。私も全く同じ気持ちです。ですが、あなた達には御使いみつかい様との接触を禁止します。一切です。御使いみつかい様をお探しすることも禁止です。昨日門を通ってこの町へ入った人達の記録は既に神殿の機密庫に運び込んであります。神官長の許可が無ければ閲覧できません。」


「 「 「えぇぇぇ~~~~~」 」 」


と言う声が重なる。


「先生、どうしてですか? 」


「理由は簡単です。御使いみつかい様は明らかに正体を隠そうとされています。それが御使いみつかい様のご意思であるならば私達はそれに逆らってはなりません。これは神官長のご命令でもあります。私達神官も御使いみつかい様を探索したり接触したりしません。御使いみつかい様にはこの町でご自由に行動していただきます。このことを伝えたのも皆さんは神気を感じることが出来るからです。神気を辿って御使いみつかい様にご迷惑をお掛けしては大変ですからね。」


「ですので、もし皆さんの誰かがすでに御使いみつかい様とお会いしているのであれば、御使いみつかい様に神殿の決定をお伝えしてください。私達は決して御使いみつかい様の邪魔は致しませんと。」


 流石は神官様達だ。一目だけでもアーシャ様にお会いしたいだろうに自制してくれている。これはアーシャ様には朗報だろう、帰ったらご報告しないと。


「それでは授業を始めましょうか。今日は昨日中断した供物の変遷の続きから始めます。残念なことに、カルロ様がこの地に住み始められてから最初の50年くらいについては詳しい記録が残っていません。カルロ様達遊牧民は文字で記録を残すことに熱心では無かった様です。記録が残り始めたのはカルロ様の定住地に遊牧民以外の人々が加わってからになります。カルロ様の語られたことや当時の神の奇跡についてはもちろん記録として残っていますが、これらはカルロ様の死後何十年も経ってから伝わっていた言い伝えを記したもので、どこまで信頼できるかについては意見が分かれるところです。従って初期の供物の記載については信憑性が疑われている部分もあります。」


「では、カルロ様は人と人とが話すように自由に神と話をされたと言うのも本当では無いのですか?」


「それは本当だと私達は信じています。でなければあれほどの奇跡をお示しになることはできなかったでしょう。ですが、それはあくまで状況証拠でしかありません、証明することは出来ないのです。


 話を戻しますね。神がカルロ様に最初にお命じになられた供物は日々の食事と女性用の衣服でした。言い伝えを纏めた記録では、この衣服は成人女性の物だったとありますが、これも初期の記録の信憑性が疑われている理由でもあります。なぜなら先ほどお話した様に現在献上している衣服は少女用の物で成人女性の物ではないからです。」


 僕達は初めて聞く話に静まり返った。神官であるキルクール先生がカルロ様の伝記の信憑性を言い出すなど開いた口が塞がらない思いだが、僕達が神官候補生だからこそ話してくれたのだろう。


「信憑性が担保され始めた頃の記録にはさらに驚くことが書かれています。カルロ様がこの地に来られてから50年くらい経った時代のものです。当時、神に献上していた服は2~3歳の女児用だったのです。この記述を疑う者もいますが、この時代の記録からは執筆者についても分かっていて記録の信憑性はかなりあると考えられています。すなわち今この町に来られている御使いみつかい様は、当時その様なお姿だったということです。」


「カルロ様のご遺言で10年に1度2種類のサイズの服を献上し、神が選ばれた方のサイズをその後献上することになっています。その様にして、服のサイズは何十年かに1回くらいの割合で大きくなってきました。神ご自身がご成長されているのか、もしくはどなたか大切なお方を育てておられると考えるのが自然でしょう。」


「きっと神域では時間がゆっくりと流れているんだわ。だからご成長もゆっくりなのよ。のんびりと過ごせるところなんでしょうね.....私も行ってみたい。」


カリーナがうっとりとした表情で呟く。


 1時限目の授業が終わり休憩時間になると、クラスメイト達は当然の様に御使いみつかい様の話題で盛り上がった。


御使いみつかい様にお会いするどころかお探しすることも禁止だなんて横暴よ。神様は神官だけのものじゃないわ。」


カーナが強い口調で意見を述べる。


「でも神官様達も御使いみつかい様にはお会いにならないのよね。別に独り占めしているわけではないと思うけど。」


「それはそうだけど......。お会いしたいじゃない。」


御使いみつかい様の邪魔をするなと言うくらいなら、最初から御使いみつかい様がこの町に居らっしゃるなんて発表しなければ良かったのに。そうでなければ私はガニマール帝国に向かわれたと思い込んでいたと思う。」


「その理由は少しわかる気がするよ。御使いみつかい様には町に良い印象を持っていただきたいじゃないか。御使いみつかい様がいらっしゃるという話を流せば、町の皆が気を付けると思うんだ。進んで通りの掃除をしてくれるかもしれないし。つまらないことで喧嘩なんかしなくなるだろう。夜中に酔っぱらって騒ぐのも控えめになるかもしれないよ。」


「なるほどね、やっぱり大人はずるいわ。」


「世の中そんなもんだって。それより俺はキルクール先生の言っていたことが気に掛かるな。まるで俺達の誰かが既に御使いみつかい様にお会いしている様な言い方をしてなかったか?」


「まさか!? マークの勘違いよ。」


「そうか? シロムも御使いみつかい様をお探ししたりしてないよな。」


「し、してないよ。」


探しはしていない。気が付いたら僕の家に居られただけです。





(アーシャ視点)


 仕事が始まるまで部屋でのんびりしていたら、シロムさんから念話が届いた。本人は気付いていない様だが、無意識に念話を発してしまったらしい。どうやら授業中にびっくりすることがあった様だ。盗み聞きするのは悪いかなと思ったが、私に関することなので聞いてしまった。神官達は結構私のことを把握している様だ。私の邪魔はしないと宣言したことと言い中々優秀な人達だ。ありがとう神官達。その代わりこの国への加護はしっかりするからね。


 それにしても町の中央にある学校から入り口近くにある二葉亭まで念話が届くなんて、シロムさんは神力が高いのか? いや、そんな感じは受けなかった。神力が強いのでなければ私との親和性が高いんだ!


 これはすごいかも......。これならシロムさんが神殿の供物の間に入れば確実に神域にいる私と話が出来る。あの部屋は念話が繋がりやすい仕組みになっているからな。そうなればシロムさんは神官ではなくカルロさんみたいに預言者と呼ばれることになるだろう。


 今の神官達は念話を送っても言葉を聞き取ってくれない。私が送ったイメージは神がお与えになった幻として、イメージの意味を一生懸命解釈してくれるけど、頓珍漢な解釈も多い。一度かわいらしい服が欲しいと伝えようとして、服と一緒にかわいらしい動物(リスや小鳥)のイメージを送ったのだが。供物として献上されたのは沢山のリスと鳥の死体だった。おそらく私がそれらを食べたいと思っていると解釈したのだろう。あの時は思わず町を滅ぼしそうになったよ......とうさまが止めてくれなかったら危ない所だった。


 シロムさんが預言者になればそんな不自由な生活からおさらばできる! いや、だめだ。シロムさんはそんな目立つ立場に成ることを望まないだろう。神官になることすら躊躇しているのだから.........。いやいや、簡単にあきらめるな私! すべては私の快適な生活のため、大望のためには少々の犠牲(シロムさん)は止むを得ないのだ。大丈夫、どんなに大変な役職でも慣れれば何とかなるよ。立場が人を作るって言うじゃない。とりあえずはシロムさんに警戒させてはいけない。うまく誘導しないと。

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